第12話 水を得る方法

 井戸らしき石垣の中を俺は覗き込む。

 残念、既に中は埋まっていた。

 底の方は真っ暗だが不死者ノスフェラトゥの視力でわかる。

 でもそうなるとだ。

 井戸で水を得ていたという事は、他に水場が無いなんて可能性がある。

 更にあちこち調べる。

 明らかに他の場所に比べ急激にくぼんだそこそこの広さの場所があった。

 しかも石だの粘土だのできっちり水が漏らないよう処理されている。

 多分これは貯水池だ。

 雨が降った際真水を貯めるための。

 つまりここには川とか湧き水とか便利な場所は無い。

 だから貴重な雨水をここで溜めて、そしてさっきの井戸も併用していたと。


 結論だ。

 この島には現在使える水は無い。

 ならば俺達はどうすればいいのだろうか。

 雨水をあてにするのだろうか。

 でも確か3日間は雨は降らないなんて言っていた。

 ならばあの木の実とかから水分を得るのだろうか。

 それも何か違うような気がする。

 うーん、わからない。

 そう思った時だ。


 何かの気配が近づいている。

 ここの住民はまだいるのか。

 そう一瞬思ってすぐに気配の正体に気づく。

 この気配は憶えがある。

 桜さんだ。

 彼女も海岸から同じルートを辿ってここに到着した模様。

「どうですか、水はありそうでしょうか?」

「いや、逆にこの島には無さそうな証拠があった」

 俺がここで見たものや考えた結果を桜さんに話す。


「それならきっとこの島には水は無いのでしょう。でしたらきっと他の場所へ水を取りに行く必要があるのだろうと思います」

 その通りだ。

 でもその方法が思いつかない。

 まさか泳ぐか舟を作るかしてこの島を脱出するのが答え……ではないと思う。

 先輩達もテントを張っていたし。

 他の島そのものは一応遠くに見えなくもないけれど。

 でも待てよ。

 何か桜さんの様子を見ると……


「桜さん、何か思いついた?」

 彼女は頷く。

「おそらくですけれど。来るときに通ったような短絡路を探して水を取りに行く。それが正解なのではないでしょうか」

 そうか。

 言われてみれば確かにそうだし納得出来る。

 訓練内容も『短絡路の基本的な通行方法、気配の隠し方といったまあ人外の基本』と言っていたし。


「なら短絡路を探さないとな」

「少なくとも1箇所は道が開いている場所があると思います。あの砂浜です」

 確かに車で来た時に短絡路を通ったものな。

 逆に言うとあの車の位置近くに間違いなく入口がある。

「なら戻るか。でも」

 その前にちょっとやっておきたい事がある。


「でも、何でしょうか」

「ここは元畑の跡地であの木もあのヤシも多分植えた物。だからおそらく食べられるだろうと思う。あとこの蔓、多分イモだ。イモはまだ季節的に大きくなっていないかもしれないけれど、あの木の実やヤシの実は食べられるんじゃないか」

 

「そうですね。なら持って帰りましょうか」

「ああ。ディパックだと1個ずつしか入らないと思うけれど、あれが食べられるなら少しは夕食もましになるだろ」

「そうですね。でもあの木の上にあるものをどうやって獲るんですか」

「まあ何とかやってみる」

 実はちょっと自信がある。


 まずは木の真下まで行ってみる。

 ちょうどいい実が落ちていないかと思ったが、残念ながら無い。

 落ちているのは既に中身が散乱している。

 でもいい、それも予測済みだ。

 俺はポケットからナイフを出し、念の為軍手をはめる。


「それじゃ不死者ノスフェラトゥの体力任せな採取方法、行くぞ」

 色がやや茶色に近づいている大きい熟してそうな実を狙って、本気の垂直跳び!

 ちょっと力みすぎたか。

 目標より上に行ってしまいそうになる。

 何とか目的の実を掴むと、ナイフで切るまでも無く実が木から外れた。

 そのまま地上へ着地して採取成功だ。

「調理方法がわからないからもう1個だけ採っておこう」

 同じくらい熟していそうなのを探して再ジャンプ。

 よくわからないけれど大きい木の実、ゲット成功だ。


「どうやって食べるのでしょうか。見かけはドリアンに少し似ているような気もします。でも匂いがしませんね」

 桜さんが実を色々な角度で見ながら首を捻る。

 桜さんはブルジョアなのだろうか。

 普通の人はドリアンなんて見た事が無いと思うぞ。

「とりあえず持ち帰ってテントで試して見よう。でも次はヤシの実だ」

 同じ方法でやろうとした時だ。

「今度は私がやってみてもいいでしょうか。面白そうですから」

 そう言えば狼女なんだよな、桜さんは。

 俺と同じくらい体力がある筈だ。


「なら任せた」

 上からヤシの実に爆撃されないよう少し離れて見学する。

「うーんと、この木の実が色が熟してそうな感じがします。それでは、と」

 ジャンプかと思ったら違った。

 桜さん、5メートルくらい加速して勢いでヤシの木を走るようにのぼる。

 おいおいそんなのありかよ。

 そう思ったが上まで一気に辿り着き、2個ほど実を外して抱えて落ちる。

 そのまま膝のクッションを効かせて着地成功。


「凄いな今の」

 桜さんはにっこり笑う。

「身の軽さには自信があります。でもこの実は何でしょうか。ココナッツって確かこんな感じですよね」

 だから何故ココナッツってこんな感じだと知っているのだ。

 よっぽど南の島に行き慣れているブルジョアなのか。

 気になるので聞いてみる。

「桜さんはこういう植物、詳しいの?」

「母が南方系のフルーツとか木の実とか好きでよく注文するんです。他にもドラゴンフルーツとかポメロとかジャックフルーツとかマンゴスチンとか」

 俺の知らない、あるいは知っていても高そうな果実の名前が出てきた。

 やはりブルジョアだった模様だ。


 もしココナッツだったら中の水分も飲めるかもしれない。

 なら多少水の確保に手間かかっても何とかなるだろう。

 そんな事を考えながらディパックの中に実を2つずつ入れる。

 その分入りきらなかったポリタンクはロープでディパックにぶら下げた。

「じゃ戻ろうか」

「そうですね。収穫もありましたし」

 俺達は来た道を戻りはじめる。


 ◇◇◇


「ただいま」

「どうだった、水あった?」

 テントの陰から愛梨が出てきて顔をしかめる。

「ダーリン、私という者がありながら桜さんと逢い引きですか」

 やばい。

 返答を間違えたら邪視の威力で以降不運ハードラックダンスっちまう。

「だったら愛梨にわかるように一緒に帰ってこない。水探しの途中で合流したんだ。結局それらしい場所は1箇所しか無かったから」

「そうです。結局入れる場所は1箇所だけで、そこで合流しました」

 俺と桜さんで説明。

「そうだったんだ。じゃ水はあった? ポリは空だけれど」

 どうやら納得してくれたらしい。

「水場は無かった。でも方法は多分わかったと思う。あとこれはお土産」

 ディパックからでっかい実を取り出す。


「何これ。食べられるの?」

「わからない。でも畑っぽい処にあったし多分食料だと思う」

「畑って誰か住んでいるの?」

「住んでいた跡かな」

 俺と桜さんで今行ってきて見たことや考えた事を一通り愛梨に話す。

「なるほど、そう言われればそうだね。全然思いつかなかった」

「それで愛梨は何をしていたんだ? テントで休んでいたって感じじゃ無いけれど」


「そうそう、これを見て」

 テントの裏、日陰部分に案内された。

 何だこれ。

 細引きに魚を開いたものが吊り下げられている。

「どうしたんだこの魚」

「浅いところで貝を採っていたらちょっと先を魚の群れが通ってね。ダメもとで邪視を浴びせてみたら浮いてきたの。でもこの気温だと傷みそうだから、開いてちょっと海水に浸けた後干してみた。干物くらいにはなるかなと思って。本当はお刺身で食べても美味しそうだったんだけれどね」

 長さ15センチ位までの細いイワシ風の魚だ。

 でも砂抜きしていない貝しか無かった昼食と比べると大進歩。

 それに怪しい木の実とココナッツっぽいヤシの実もあるし。

「あと貝もそこそこ採っておいたよ。今は砂抜き中」

「凄いな、大活躍だ」

「これで大分美味しい夕食が食べられそうですね」

 かなり安心。


「それじゃ水を汲みに行こう。全員で行った方がいいだろ。ポリタンクだけじゃなくて空いたバケツも持って」

「そうですね。霊道の場所と水場までの行き方が全員わかれば便利ですし」

 全員で空の水ポリとバケツを持って自動車の処へ。

 下は砂地なのでタイヤの跡が残っている。

 それを反対に辿っていくと10メートルもしないうちに跡が無くなった。

 砂地なのはそのままなので、おそらくこの辺に短絡路の入口があるのだろう。


「どうだ、誰か見てわかるか」

 俺にはよくわからない。

 微妙にその付近の風景がちらつく場所があるような気がする。

 でもその場所をしっかり見ると他と変わらなく感じるのだ。

「何となく見える気がする。けれどちょっと自信無いな」

「なら3人で手を繋いで行きましょうか」

「桜ちゃんは見えたの?」

 愛梨の質問に桜さんは小さく頷く。

「多分。でも今まで1人で入った事が無いから少し自信無いです」


「なら大丈夫だよ。私も見えている気がするし。ダーリンも何となく見えているんでしょ、本当は」

「ああ」

 確かになんとなくはわかっている。

 あのちらついて見える場所だ。

「タイヤ跡が無くなるほんの30センチくらい手前、上側あたりの風景がちらついて見える気がする」

「私もそこだと思う。桜ちゃんは」

「私も」


「でもその範囲にどうやって入ればいいんだ。3人も入れるような大きな範囲には見えないけれど」

「それは大丈夫だと思います。そこに入口があって入る意思があれば、多少場所がずれても問題は無いと以前聞きましたから」

「確かにそうじゃなきゃ車で出入りとか出来ないよね。じゃ行こうか。3人で手を繋いで。先頭は多分一番よく見えている桜ちゃんお願い」

「わかりました」

 桜さん、愛梨、俺と手をつないで一歩踏み出した。

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