第7話 研究会の目的
当日。
第一化学準備室に集合した後、まずは普通に歩いて先輩宅へ。
先輩宅は駅からほど近いマンションの8階だった。
「いいですね、便利だし綺麗だし」
「私としては一戸建ての方が好みなのだがな。土地に色々仕掛けられるし」
魔女はどんな物を仕掛けるのだろう。
怖いものみたさで聞いておきたい気もするが、一応やめておく。
藪をつついて蛇くらいならまだいい。
大和先輩だと
「何か思ったか」
「いや別に」
今回は攻撃を仕掛けられなかった。
「さて、着替えるとするか」
リビングでいきなりボタンを外しはじめたので慌てて俺は玄関方向へ逃げる。
扉を閉めてささっと玄関で着替え。
本日は暖かかったので制服系はワイシャツとズボンだけ。
チノパンとポロシャツに着替え、パーカーを羽織れば完了だ。
ズボンは家に帰ったらアイロンしておこう。
そう思いつつディパックの中に丸めて入れる。
全部終わって女性陣はまだかなと思った時だ。
「じゃーん、着替え終わりだ」
思ったより早かった。
女子の着替えは時間がかかる物だと思ったのだけれど。
それにしても三者三様。
協調性のないスタイルだ。
黒パーカーに黒スラックスという細長さが際立つ大和先輩。
生成りゆるふわ系川口先輩。
やや短めのスカートにカーディガンという愛梨。
「で、誰が好みだ」
この中では愛梨かな、高校生らしいし。
そう思いかけて慌てて頭の中をクリアする。
違う、そうじゃない。
確かに制服で見慣れていても私服だとちょい目を奪われたりするけれど。
「とりあえず行きましょう。で、どこにそんな通路があるんですか」
こういう場合は誤魔化すに限る。
「結構あちこちにあるものでな。今回はまあ初心者向けの通路を使おう」
エレベーターで降りて玄関ホールから外に出て2分も歩かないところにある小さな神社に入る。
「こういった神社はえてしてそういう連中の通り道になっていたりする。古い神社に限らずともな。さて、私や香織は自由に通れるが愛梨や正利には見えるか。手水場の奥左側に入口があるんだが」
言われた方を見て見る。
何となく違和感があるのだがはっきりとしない。
「俺には無理ですね」
「私も」
大和先輩はわざとらしくため息をつく。
「仕方無い。手を繋いでいこう。ほれ」
出された手は愛梨が左手で握り、そして右手を俺に差し出す。
「ダーリンは私の手をしっかり握って下さい」
「でもそれ、歩きにくくないか」
「大丈夫です」
との事なので愛梨の右手を仕方無く握る。
そう言えば女の子の手を握るなんて強烈に久しぶりだ。
おそらく幼稚園くらい以降無かったように思う。
小学校5年の時のフォークダンスでは人数調整で女子の方に入れられ、ずーっと相手は男子だった。
なので相手が愛梨でも思わず意識をしてしまう。
手に汗をかいているけれど愛梨は気にしないかとか。
別に好かれたいとかじゃないけれど、気になるから仕方無い。
「それじゃ行くぞ。手を離すなよ」
との事で、ちょうど俺が微妙な違和感を感じた部分目指して歩き始める。
一瞬であたりの風景が変わった。
何と言うか、取り敢えず足元だけはしっかりしている。
ただ周りは何か焦点がさだまらないというか意識しにくい感じだ。
「もう手を離しても大丈夫だ。あとここの歩き方は簡単。行きたい場所をしっかり思い浮かべて歩くだけ。まあ今日は私が先頭で歩くからついてくればいい」
「でも念の為、ダーリンはしっかり私の手を繋いでいて下さい」
愛梨にぎゅっと手を握られたままだ。
何か熱いというか熱く感じるというか。
周りは見にくいが俺達そのものはしっかり見える。
大和先輩も川口先輩も、勿論手を繋いでいる愛梨もだ。
「じゃあ行くぞ」
歩いていても時間とか距離感覚とかがわかりにくい。
「これで世界中何処にでも行けるんですか?」
「理論上は月にも行ける筈だ。まあ空気が無いから行ったら死ぬと思うけれどな。あと実世界で遠い場所はそれなりに移動距離も遠いぞ。慣れてくればこの道をバイクや自転車で走ることも出来るけれどな。ちなみにハワイに行った時は自転車で1時間かかった」
何だそりゃ。
「ハワイにも行けるんですか」
「ああ。ホノルルの出雲大社裏に出るメジャーな道がある」
ホノルルに出雲大社があるのか。
それもまた何と言うべきか。
そんな事を言いながら歩いて行って、そして先輩は立ち止まる。
「ここから外に出る。念の為手を繋げ」
愛梨が先輩と手を繋ぐ。
俺の手は愛梨に握られたままだ。
数歩でまた景色が変わった。
ここも神社らしい。
背後に数本大きな木が茂っていて、前には神社らしい建物、右側に鳥居が見える。
「本当ならターミナルビル内に出る道もあるんだけれどな。今日は初心者が2人いるから安全な道から出てみた」
「安全な道ってどういう事ですか?」
「慣れていないと道を間違えたり突然とんでもない場所に出たりする事もある訳だ。そういう意味では神社に出る道というのは大体安全で外れにくいな。
さて、ここから5分も歩けば成田空港第3ターミナルだ」
そんな訳でだだっ広い歩道を4人で歩いて行く。
俺としては愛梨と繋いでいた手が離れてちょっとほっとした感じだ。
何気なくパーカーのポケットに手を入れて手汗を拭く。
「撫子先輩はどうやってこんな道のことを知ったんですか」
「この研究会の先輩からだ。私も親は魔女じゃなかったから何も知らなくてな。香織は占いや能力等である程度知っていたそうだが」
「カードを通じてアーカーシャを読むのも能力の一部」
なるほど。
知識特化型だけにその辺は色々知っていると。
「ところで空港で何処か行く宛てはあるんですか」
「まずはグレムリンを英国行きにのせてやらないとな」
「グレちゃんは英国行きの飛行機が見える処まで連れて行ってくれと言っています。見える範囲ならある程度自由に移動出来るそうです」
愛梨のディパックから小鬼が顔だけだしてキイキイ行っている。
「第三ターミナルは取り敢えず近場のLCC中心。だから最低第二ターミナルまでは行かないとな。中に入ってから結構歩くぞ」
この時俺は気づかなかった。
この先どれだけ歩くことになるかを。
「第三ターミナルと第二ターミナルの間がこんなに遠いとは思いませんでしたよ」
陸上競技場よろしく白線が引かれたコースを延々歩くこと10分強。
「実を言うと連絡バスがあるのだがな。待っているよりは歩いた方が早い」
「でも帰りはバスに乗りましょうね」
「同意」
それくらい長かった。
そして更に悲しいお知らせが。
「ロンドンへの直行便、今調べたら次は第一ターミナルだ。アエロフロート」
なんとまだ歩くのか。
どっと疲れる。
でもそこで助け船が。
「グレちゃんによれば香港行きでいいそうです。香港からはイギリス行きが数多く出ているので問題無いと言っています。あとロシアの航空会社は個人的に好きじゃないそうです」
何だそりゃ。
「うむ、ならば午後2時20分発があるな。キャセイパシフィック航空だ。機材はA350」
「それがいいそうです。ボーイングよりエアバスの方が好みだし、キャセイはヒースローにもよく飛んでくるので馴染みがあると言っています」
グレムリンにも高空会社や飛行機の好みがあるのか。
何だかな。
そんな訳で第二ターミナル3階の出発ロビーへ。
既にCカウンターで香港行きのチェックが始まっていた。
「ここでいいそうです。英語と数字は読めるので心配いらないと言っています」
緑色の小鬼が愛梨のディパックから飛び出し、ひょこひょこ歩いて行った。
チェックカウンター前で振り返りこっちに手をふり、そして奥へと姿を消す。
「さて、奴も行った事だし飯にするとしよう」
「どこかいい場所がありますか」
「ああ。こっちだ」
エスカレーターで4階にあがり、店が並ぶ区画を抜けて見学デッキへ。
「今日は暖かいからここでいいだろう」
確かにテーブル付きのベンチもあるしちょうどいい。
ただ愛梨がちょっと何か微妙な表情をする。
「出来れば横に4人座れるベンチの方が良くないですか。私は……」
「心配無い」
愛梨の台詞の途中で大和先輩がそうぶった切る。
「私も香織も正利も愛梨の正面に座ったからってどうという事は無い。だいたい邪視は発動させる意思がなければ問題無いだろう。違うか」
ふと俺は思い出す。
そう言えば昨日昼、大机にあえて川口先輩と並ぶように座った事を。
その辺愛梨に何かトラウマがあるのだろうか。
過去に何かあったのかなとも思う。
「まあ発動させても問題無い位の自信もあるけれどな。それなら全員でテーブルを囲んだ方が食べやすいだろう。違うか」
「そうですね」
「だから前は私と正利で座ろう。さて飯だ。まだグレムリンの乗る飛行機は飛び立たないが腹が減った」
そんな訳で愛梨の前に俺がくる形でテーブルにつく。
愛梨が自分のバッグから巾着袋を取り出した。
中からタッパーが何個も何個も出てくる。
「凄い量だな」
「今日はちょっと気合いを入れて作ってみました」
愛梨の笑顔を見てふと川口先輩の台詞を思い出す。
『目的は無い。ここはただの場』
この研究会の目的を聞いた時の台詞だ。
その意味が少しだけわかったような気がした。
あ、でも別件でちょい気になった事があるので聞いてみる。
「ところでグレムリンが乗った飛行機って、大丈夫なんですか?」
大和先輩が頷く。
「ああ。グレムリンは飛行機が落ちるほどの悪戯はしない。飛行能力が無いからな。落ちたら自分達もアウトだからその辺は色々気を付けているらしい」
「でも会社や機種によってはちょっといじっただけで落ちそうで怖いそうです。ですから乗る飛行機は選ぶんだってグレちゃんが言っていました」
おいおい。
何だかなと思ったがとりあえず気にしない事にした。
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