第6話 グレちゃんの帰還
教室に戻った後、質問攻めにあったのはまあ残念ながら予定通り。
「誰なんだよさっきの子。可愛いけれどどうやって捕まえたんだ」
木田余だけでなく若松や板谷にまで取り囲まれて尋問実施中。
でもまさか実際にあった事を言う訳にもいかない。
「課外活動が同じだけだ。それ以上じゃない」
「でもダーリンなんてそれ以上じゃないと呼ばないだろう。吐け! 吐くんだ!」
「単にからかっているだけだ。そんな関係じゃない」
「で本当はどこまでやった。おい、答えろ!」
特進クラスと言えども健康な男子はこんなものである。
そりゃ俺だって色々やりたくない訳じゃない。
しかし俺は長い老後の為、金を稼がなければならないんだ。
その為には遊んでいる余裕は無い。
それにあいつは邪視持ちだぞ。
運悪く喧嘩したら最後だ。
洒落にならない。
「あくまで課外活動が同じだけでそれ以上じゃない。だいたいダーリンなんて今時マジで使う奴なんていないだろ。単なる冗談だ冗談」
「いや、あれはマジと見た。いーよな最初から勝ち組は」
「そう言えば課外活動何やっているんだ。他に女の子がいれば紹介しろ」
「1年は俺と奴だけだぞ」
「つまり美人の先輩がいるという事か」
くぞ木田余め鋭いな。
「そんないいものいない」
今回はペン類は飛んでこなかった。
流石に大和先輩もそこまで無茶な事はしないようだ。
それとも今のはセーフなのだろうか。
試してみたい気もするが巻き添えで怪我人が出るとまずいのでやめておこう。
ガラガラガラ
前の扉が開き先生が入ってくる。
「うお時間切れ」
若松や板谷がささっと自席に戻り木田余も前を向く。
何とかセーフだ。
それにしても毎時間これが続くならやっていられないぞ。
次の休み時間までに奴らがこの話題を忘れるか飽きるかすれば助かるのだが。
そう思いつつ俺は教科書とノート、辞書を出す。
「起立」
当番がそう声をあげた。
◇◇◇
「起立、礼、解散!」
6時間目が終了する。
ここは掃除は業者がしてくれる。
だから6時間目終了後はフリー。
俺は終了と同時にカバンに教科書ノートその他を入れ、立ち上がる。
「じゃあな」
授業終了後ダッシュをかます。
今日こそは妙なのに掴まらず帰るつもりだ。
ちなみに妙なのとは木田余たちの追及、愛梨や大和先輩達全てを含む。
そりゃ愛梨には弁当も御馳走になった。
色々聞いていて何となく情がうつりそうになる部分もある。
でも俺の目的はあくまで受験合格。
何も無ければさっさと帰って家で勉強!
何とか色々掴まらずに昇降口まで来た。
よし、帰れる。
そう思ったところで、だ。
「ダーリン発見!」
しまった。
既に張られていたか。
何せ昇降口は教室棟にある。
売店と同じく普通コースの方が圧倒的有利だ。
「ダーリン行きますよ。グレちゃんがそろそろ帰ってきていると思いますから」
グレちゃんって……ああグレムリンか。
アレはちゃん付けで呼ぶような可愛い代物じゃないよな。
そう思いつつ俺は愛梨にひっぱられるように連行される。
視界端で木田余たちが手を振っているのが見えた。
「お幸せに~」
こりゃ明日も追及されるな、きっと。
俺は諦めの境地で第一化学準備室へ。
準備室はいつも通りだ。
川口先輩がカードを並べ、大和先輩がスマホを見ている。
「先輩、グレちゃん帰ってきましたか」
「私はまだ見ていないな」
そう大和先輩が言った直後。
大机の向こう側から緑の小人がよいしょと端を昇って現れた。
そして愛梨に両手を振ってアピールし始める。
愛梨はささっと英語らしき言葉で何か会話。
「グレちゃんは任務完了したと言っています。何か情報ありますか」
「これ」
川口先輩がポケットからスマホを取り出して、何か操作してから愛梨に渡した。
どうやら既に把握済みらしい。
「おお、この交通事故がそうですか。単独事故で乗車していた2名以外は怪我人なしと。いい子ですね、グレちゃん」
グレムリン、もっともっと褒めてというように右手を上げて振る。
こうやって見ると案外可愛らしくも見えるから不思議だ。
造型は緑色の小鬼以外の何物でもないのだけれども。
俺も覗き込んでみる。
地元新聞社のニュースサイト。
写真付きのニュースが表示されている。
『昨日午後8時ごろ、●●市●●の市道で、乗用車が道路脇の水田に突っ込んでいるとの通行人からの110番通報があった。運転席にいた同市●●、無職男性(69)と同乗の英国籍の男性(35)が救助されたがいずれも2ヶ月の重傷。●●署が事故原因を調べている……』
この無職男性(69)が地主で依頼者、英国籍の男性がおそらく妖術師だろう。
「どれ」
大和先輩がスマホ画面を覗き込もうとしたので俺はちょいと離れる。
どうやら知っていたのは川口先輩だけだったようだ。
「なるほど。2人とも重傷で最新型ベンツは大破か。ちょうどいい具合だな。これで奴らも懲りただろう」
でも俺には疑問がある。
「この事故があの鉄骨落下と関係している事、こいつらにもわかりますかね」
俺の疑問に大和先輩は頷く。
「わかるさ、妖術師ならな。この同乗していた英国人ってのが妖術師だろう」
「同意」
川口先輩も愛梨も頷いている。
そんなものなのか。
「それじゃグレちゃんも任務達成したことですし、明日か明後日にグレちゃんを飛行場に連れて行ってやらなきゃですね」
ちなみに今日は金曜日だ。
「そうだな。明日、全員で行くか」
ちょっと待った。
「明日も授業がありますよね。お昼までですけれど」
うちの高校は土曜日も午前中は授業なのだ。
「だからちょうどいいだろう。皆で集まって行くにはさ」
「駅からJRで1時間、片道900円位だね」
ああ、小遣いと勉強時間が削られると思う。
勉強時間もそうだが俺の小遣いも結構厳しいのだ。
生徒の中には学校帰りにマックなんて寄る金持ちもいる。
でもそんな余裕が無い程度に俺の懐は貧しい。
「電車の必要は無い。人外専用の短絡路があるからな。アレなら全国何処でも20分歩けば着く」
大和先輩がそんな事を言った。
それは初耳だ。
「そんな便利なものがあるんですか」
「霊道なんて呼ぶ人もいるけれどな。厳密には古くから妖怪なんかが使っていた空間のねじれだ。そのうち愛梨や正利にも見えるようになると思うぞ」
「便利ですね。学校から駅までより近い」
「本当は学校から駅までも5分で行けるけれどな」
「なら何故昨日は使わなかったんですか」
「普通に歩ける範囲の時は極力使わないようにしているだけだ。自分ルールだがな」
なるほど。
「何なら全員分のお弁当作ってきましょうか」
「いいな。グレムリンが乗った飛行機が飛んでいくのを見ながらお弁当か」
おいおいちょい待て。
学校帰りだと問題があるぞ。
「制服で行くんですか」
「着替えを持ってきて私の家で着替えればいい。
「ちょうどいいですね」
そう来たか。
俺の小遣いはともかく勉強時間が削られるのは確定の模様。
「ん、正利、何か不満そうだな。ひょっとして愛梨と2人だけの方がいいか?」
「ダーリンと2人で初デート、それもいいかも」
おいちょっと待った。
そういう展開もアリなのかよ。
双方のリスクを一瞬検討する。
うん、仕方ない。
「全員で行きましょうか、今回は」
「愛梨はそれでいいか」
「ダーリンがそう言うなら仕方無いです」
「香織もそれでいいか」
川口先輩も頷いている。
「ちょっとお昼が遅くなるがいいよな」
「どうせなら皆で向こうで食べた方がいいですよね」
「同意」
「空港でどこかお弁当広げるいい場所ありますか」
「室内でも屋外でも色々あるぞ。問題無い」
俺以外の3人で着々と計画は具体化していく。
既に俺に拒否権は無い模様だ。
仕方無い。
なるようになれと思いつつ、俺はカバンから教科書とノートを取り出す。
せめて今の時間は無駄にならないよう、今日の復習をさせて貰うとしよう。
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