第5話 昼休みの憂鬱
鐘の音が響いて4時間目が終わる。
起立、礼をした後、ゆっくりとカバンから財布を取り出す。
「真鍋は今日もパンか」
前席の住人、
「ああ。共働きで忙しいからさ」
俺が私立高校に進学したのが原因かどうかは不明だが、この4月から母は仕事に出ている。
弁当を作ってもいいとは言われているのだが申し訳無いので昼は大体パンだ。
気分によっては登校途中にコンビニ弁当を買うこともある。
でもパンの方が圧倒的に安い。
学校の購買で買えばだいたい3個200円強でそこそこお腹を満たせる。
弁当だと500円強はかかるしな。
「パンなら早く行かないと無くなるだろう」
「人気がないのはそこそこ残る。急いで行ってもどうせ待つしな」
特待クラス、つまり1組の教室は何故か専門教室棟にある。
一般クラスの2~10組は一般教室棟だ。
そして売店は一般教室棟の2階中程。
故に俺達が行く頃には一般クラスの生徒が既に長蛇の列を作っている。
なので列が程良くはけた頃を狙ってゆっくり目に行くのがいい。
勿論買える種類がぐっと少なくなるが別に構わない。
要は腹を満たせればいいのだ。
それじゃ行こうかな、そう思って顔を上げた処で。
このクラスじゃない女子が教室の前扉から顔を覗かせたのが見えた。
一瞬何処かで見たような気がするが思い出せない。
まあ同じ学校だから入学式の時にでも見たのだろうと思った時だ。
彼女の視線が俺を捉えた。
「ダーリン発見!」
えっ! 一瞬ぎょっとした後気づく。
間違いない。
髪の毛の色は黒いし肩までさらっとしたストレートだけれど間違いない。
「殿里さん、どうして」
「愛梨ですよダーリン」
愛梨は俺の席までやってきてにっこり笑う。
皆のいるところでダーリンはやめてくれ。
「毎日パンだと聞いてお弁当を作ってきたんですよ。一緒に食べましょう」
やばい。
周りの視線が集まっているような気がする。
多分気のせいじゃ無い。
こういう場合は逃げるが勝ちだ。
ささっと愛梨を連れて教室を出る。
「他人がいる場所ではダーリンはやめてくれ」
「でもダーリンはダーリンですよ。それとも正利さん、と呼んだ方がいいですか」
うっ、何かぞぞっとした。
同世代の女子にこんな呼ばれ方をしたことが無いせいだろう。
「真鍋でいい。もしくは真鍋君で」
「でも同じ名字になったらそれも変ですよね」
同じ名字って……おいおい!
十年早い!
「とりあえず高校では名字で呼んでくれ」
「でも先輩は名前で呼んでいましたよね」
そうだった。
「なら正利でいい。呼び捨てで」
「それじゃ呼びにくいです。ダーリンかせめて正利さんで」
うむむ……
とりあえず保留して別の話題にしよう。
「ところで弁当、何処で食べようか」
「屋上はどうでしょうか」
「生憎ここの屋上は立ち入り禁止だ」
「なら教室棟の屋上は?」
向こうの屋上は確かに出入り可能だ。
でも俺は昼休み屋上がどうなっているかを知っている。
先日木田余が偵察に行って目撃したのだ。
カップルばかりだと。
ラブラブでシングルヘルな状態だと。
万が一ラブラブな雰囲気が俺達にうつったらまずい。
確かに俺だって彼女が欲しくない訳じゃ無い。
でも俺が欲しいのは普通の彼女だ。
出来れば勉学の邪魔にならず、むしろ一緒に励みになるような。
だから向こうの屋上は断固として拒否。
となると残った場所は……そうだ。
「第1化学準備室にしよう。あそこの鍵も持っているし」
理科の先生は第1物理準備室と第2化学実験室。
助手の先生もそっちにいる。
だから第1化学準備室は空の筈だ。
それにここから近い。
そんな訳で第1化学準備室へ。
鍵は不用心なことに開いていた。
なので入ってみたら……おっと。
「失礼しました」
回れ右をして去ろうとしたところで呼び止められる。
「問題無い。どうぞ」
川口先輩だ。
いつものようにカードを並べつつ固形バランス栄養食を頬張っている。
確かにここを出たら他に行く場所が無い。
校庭にベンチがある場所なんて無いしちょうどいい芝生も無かったと思う。
よし、仕方無い。
「おじゃまします」
部屋の中へ。
大机、川口先輩と反対側に陣取ろうとしたら、
「こっち側がいいです」
何故か愛梨に川口先輩と同じ側に引っ張られた。
幸い机は非常に大きいので邪魔にはならない。
部屋の奥窓側から先輩、愛梨、俺という感じに座る。
「それじゃお昼にしましょう。飲み物は紅茶を用意したんですよ」
愛梨は持っていた巾着袋から弁当箱3つと水筒を取り出す。
何故弁当箱が3つあるんだろう。
開けられてわかった。
2つは俺と愛梨それぞれのご飯。
ご飯の上に糊が敷いてあり隅に梅干しがある典型的なタイプだ。
そして1つはおかずの弁当箱。
2人の間に置いたところを見るとどうもおかずは共用の模様だ。
おかずはなかなか豪華。
唐揚げ、ほうれん草の卵とじ、ウインナー、カリフラワー、海藻系の何かの佃煮なんて感じで点数が多めでしかも色とりどりという感じで並んでいる。
「凄いな、色々入っている」
「でも本当の処を言うと冷凍食品が半分以上です。朝は作る時間があまりないので」
という事はだ。
「愛梨が作っているのか」
「実質一人暮らしですからね」
それは何か理由があるのだろうか。
例えば邪視が理由でとか。
聞いては申し訳無い事かもしれないから聞かないけれど。
「だからダーリンがその気ならいつでも同棲できますよ。どうですか、今週末にお試しでも」
その台詞から思わず色々怪しげな妄想が……
いかんいかん、それは健全な高校生の発想じゃない!
いや健全な高校生だからこそそんな発想になるのだけれど。
でもとにかくまずいって。
だいたいこのまま恋人路線に流れてどうする!
俺の目的はあくまで一流大学合格だ。
「あとコップ代わりの水筒のカップは1つしかないので共用です。遠慮せずに飲んで下さい」
それは間接キス推奨という事だろうか。
何かどんどん追い詰められているような気がするな。
でも弁当そのものはなかなか美味しそうだ。
「それじゃ食べましょう、いただきます」
「いただきます」
味はまあ、冷凍食品と言っているだけあって普通の美味しさだ。
でも売店売れ残りのパンよりは間違いなく美味しい。
ご飯もただ海苔が敷いてあるだけで無く、海苔の裏におかかと昆布の佃煮、ツナマヨなんて潜めてあったりする。
「美味しいな」
「これから毎日作ってきますからね」
それはちょっと。
「申し訳無いだろ。費用も時間もかかっているし」
「自分の分を作るのと手間は同じですから。それに生活費は余る位もらっています」
どういう生活をしているのだろう。
色々可能性があるので聞けないけれど。
「ダーリンはお昼、お弁当はご飯とパンどっちがいいですか」
「割とどっちも好きだな」
「なら今度はサンドイッチも作ってきますね」
あ、いかんいかん。
完全に愛梨のペースにのせられている。
「あとお茶もどうぞ」
ついつい喉が渇いていたので口元へ。
ほどよい熱さで薫りもいいし美味しい。
そう思って飲んでから気づく。
間接キス、現行犯だなこれは。
ただ意識しているのは俺だけの模様。
「そう言えば髪の毛、黒に戻したんだけれどどうですか」
「そっちの方が似合っていると思うな」
つい本音を言ってしまう。
「良かった。でも染め直したから結構痛んじゃったんです。トリートメントでごまかしています」
「でもいいのか」
「ダーリンがこっちがいいならこれがいいんです。元々真っ黒ですし」
ああいかん、流されているな俺。
ここらで断固として……
でもその前に話題を変えるか。
「そう言えば先輩はタロットカード、何種類持っているんですか」
話を先輩に振る。
このままでは愛梨に色々流されてしまう気がして。
「使うのは5種類。ライダー・スタンダード、ライダー系のユニバーサル、タロット・オブ・マルセイユ、カモワン、トートタロット。今並べているのはライダー・ユニバーサル」
俺には全然わからない。
「何か違いがあるんですか」
「カードには個性がある。絵柄もそうだし得意分野も違う」
なるほど。わからん。
「そう言えばこのサークル、本当の目的は何なんですか?。ダーリンは正義の味方って聞いたようですけれど」
そういえばそれも聞いてみたかったな。
「目的は無い。ここはただの場」
そうだった。
川口先輩の言葉は端的すぎてわけがわからないんだった。
でも愛梨には何かわかったようだ。
「つまり私がいてもいい場だという事ですか」
俺にはよくわからない質問を投げ返す。
「その通り」
川口先輩は頷く。
うん、俺にはやっぱりわからない。
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