第4話 帰り道での疑問

 殿里さんのおかげで無事犯人を懲らしめる目処がついた。

 ただグレムリンは日本語がわからないので依頼者の名前等はわからない。

 グレムリンを現場に配置した妖術師は『ジョン・スミス』と名乗っていたらしい。

 でもこれは殿里さんによると、

「多分偽名ですよ。日本で言うところの山田太郎みたいな名前ものですから」

だそうである。

 どうも殿里さんは英語に関しては教科書以上に詳しいようだ。


「殿里さんはひょっとして帰国子女か?」

「ダーリンは愛梨と読んで下さい」

「殿里さん」

「愛梨です!」

 話が進まないので妥協する。

「愛梨さんは英語が得意みたいだけれど、帰国子女か何かなのか?」


「さん、が余分ですがまあいいでしょう。私は日本生まれの日本育ちですよ。ただこの眼の能力を調べるために色々英語の本も読みあさったんです。気がついたらほぼ読むのは大丈夫になりましたね。話すのはあまり得意じゃ無いからさっきみたいな簡単な会話になっちゃいますけれど」

 その割には早口の英語も聞き取れていたよな。

 まあどっちにしろ、だ。


「結構苦労しているんだな」

「そうでもないですよ。でも実は高校デビューをするつもりだったのに同じクラスに同じ中学校おなちゅうが5人もいて勘弁して状態なんです。髪も染めたし目もコンタクトにしたのに台無しです。でもダーリンと出会えたから結果的にはハッピーですよ」

 何かそう聞くと微妙に同情してしまいそうになる。

 駄目だぞ俺、愛梨は勉学の邪魔をする敵だ。

 俺がこの学校でなすべき事は学力の向上とそれによる一流大学への合格。

 長い長い老後の為に利子で生活出来るくらいにお金を稼いで貯めなければならないのだ。

 でも。


「何も高校デビューなんてしなくてもいいだろうに」

 よく見ると顔はそれなりに整っていて可愛い感じでもある。

 普通にしていればそれで充分だと思うのだ。

 でも殿里さんは……

「愛梨です!」


 どうもこの部屋の皆さんは俺の表情か思考を読むようだ。

 真面目に考えるとぞっとしないが気にしてもどうしようもないだろう。

 どうしようもない事は無視するのが俺の方針だ。

 さて、これ以上話が進まないのも問題だから俺の思考の方も愛梨で統一しよう。

 年齢が近い女子を名前で呼ぶのは正直抵抗があるけれど。


「これでも中学時代は完全なぼっちだったのですよ。私に近づくと不幸がうつるというのでイジメこそ無いまでも徹底的に無視されたのです。まああまりに気に入らない奴は実際に不幸になって貰ったのですけれど。あと先生も3人ほど入院されてしまいましたね」

 これもどっちが悪いかは正直わからない。

 あまりに気に入らないという表現がついたという事は、無視とか以上の何かがあったのだろう。

 公立の教師なんてのも往々にして変なのが多いからな。

 性格がねじくれていたり独善的だったり、犯罪者レベルの奴だっていたりする。


「そんな訳でダーリンも逃げようとしたら怖い目に遭いますよお。だから諦めて私と付き合って下さい」

 おいおい。

「脅しか注意か微妙だなそれは」

「両方ですよ。ダーリンには恩もあるし好きだから怖い目にはあって欲しくないです。でも折角ダーリンを捕まえたのに逃げられるのは嫌だから脅してもおきます」

 何だかなあ。

 でも何となくわかった。

 こいつは……

「愛梨です!」


 愛梨は邪視 イーヴィルアイ持ちだし言動にも最初ちょっと面食らった。

 でもきっと愛梨自身は嫌な奴では無い。

 むしろ基本は真面目で大人しい性格のような気もする。

 だいたい英語なんて面倒いものが得意な奴は根本的に真面目な奴だ。

 数学なんかと違って覚えなければいけない事が山ほどある。

 それにうちの学校、一応進学校なので特待以外のクラスもその辺の並の公立よりは難しい。

 その辺も色々踏まえると決して嫌な奴でも悪い奴でも無いような気がする。

 少なくともそこにいる背の高い貧乳よりはよっぽどマシだ。

 ん、来たな!

 俺は飛んできたシャープペンをまた弾き返し、ついでに教室でキャッチしたボープペンも投擲する。

「ちょうどいいのでもう1本も返しておきます」

「なかなかいい心がけだ」

 何だかなあ。


 さて、これで今度こそ今日ここに居なければならない理由は無くなったよな。

 ならばだ。

「それじゃこれで終わりという事で、失礼させていただきます」

「おうお疲れ」

 おっと許可が出たぞ。

 これで帰って勉強が出来る。

 そう思った直後だ。


「ダーリン、駅までは自転車ですかバスですか」

 そうだ愛梨がいたんだった。

「朝はバスだけれど帰りは歩くつもりだ。節約した分で自転車を買おうと思ってさ」

 毎日180円を100回節約すれば1万8千円。

 安い自転車なら買える。

 そうすれば混んでいるバスに乗ったり雨の日にバスを待ったりしないで済む訳だ。

 まあ100回分と考えると実質夏休み前全部くらいかかるけれども。

「遠いし無理して付き合わなくてもいいぞ」

 何せ駅まで2キロちょっとある。

 ゆっくり歩いて30分弱だ。


「私もいつも帰りは歩きなんです。やっぱり気が合うんですね」

 言われて気づく。

 そう言えば昨日も歩いていたなと。

 まあ仕方無いか。

 そんな訳で愛梨と2人で帰る羽目になる。


 正直女の子と一緒に歩くのなんてはじめてだ。

 何を話したらいいかわからない。

 自然無口になってしまう。

 いや別に愛梨を意識する必要は無い。

 そう思い直してもだ。


「ダーリンは何故この学校に来たんですか」

 愛梨から話題を振ってくれた。

 あまり触れたくない話題だが無言なのも何だし話すとするか。

土子園どこぞの高校に落ちて滑り止め」

「特待なら進学実績は同じ位じゃ無いですか」

「授業料が違うしさ」

 確かに進学実績は人数比にしたら大して変わらない。

 ただ家は普通のサラリーマンで妹もいる。

 だから出来るだけ家計に負担はかけたくない。

 でも結果的には私立で結構お金がかかる事になってしまった。

 そんな事情までは愛梨には話さないけれど。


「私の場合、本当は高校デビューの為でしたね。失敗しましたけれど。どうも中学で周りと色々馴染めなくて。ぼっちはぼっちで気楽なんですけれど少しはリア充に憧れたりもするじゃないですか。だから心機一転、高校では彼氏作ってリア充になるぞとうちの中学から志望者が少ない高校を選んだんです。まあ公立落ちた組がごそっと来て思惑が外れてしまいましたけれどね。でもダーリンと会えたし目標は半分以上達成できたかなと」

 なるほど。


「でも俺は一緒にいてあまり面白いタイプじゃ無いぞ」

「自分が面白いと思っている奴で本当に面白いのってあんまり無いと思うんですよ。その見本が見たければ底辺ユーチューバーをネットで見てみればいいのです」

 何だそりゃ。

「それって時間の無駄遣いだろ」

「貴重な時間をこんなつまらないものに使った上でPVを恵んでやったという優越感に浸れます。ちょっとだけおすすめですよ」

 うわあ、なかなか毒だが面白い。


「大体私を助けてくれただけでもう充分です。出会い直後にお姫様抱っこなんて、これはもう運命ですよ」

「しまった。お米様抱っこにすればよかったか」

 思わず彼女の調子に釣られてそんな軽口まで出てしまう。

 愛梨は疑問符というような表情をして俺の方を向いた。

「その単語は初耳ですけれど、参考までにどんなスタイルなんですか」

「米俵のように肩に担ぐ」

「人さらいスタイルですね。うーん、ダーリンにならさらわれてもいいかも」

 おいおい。


「ところであの時ダーリンはどうして鉄骨が落ちてくるのに気づいたんですか。あんな上の方を見上げている人はそういないと思います」

「川口先輩が予知したんだ。あの場所であの時間何かが起きるって」

「なるほど、そう言えば今日もタロットカードを並べていましたね。

 そういえばあのサークル、何をする処なんですか。ダーリンが不死者ノスフェラトゥだって当たり前の事のように言っていましたし、私が邪視持ちだってすぐにバレましたし」

「大和先輩は魔女だ。比喩じゃ無くて文字撮りの。俺があのサークルに誘われた時は俺以外の動きを魔法で止めていた」

「魔女に不死者ノスフェラトゥに占い師ですか。一体何をするところなんですか、あのサークルは?」

 確かにそうだよな。

 戦闘要員が1人しかいないとか敵は鬼か妖怪かなんて言っていたけれど。

 昨日も用事があると呼ばれただけだったし。

 待てよ、鉄骨が落ちる前に何か言っていたな。


「妖怪だの怪物だのといった何かが絡む事案の被害から一般の皆様を救う。そんな正義の味方みたいな事を大和先輩が言っていたけれど」

「そんな事案ってサークルを作って活動するほどあるんですか?」

 確かにそう言われると変だよな。

 謎だ。

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