第3話 聞き分けのいい妖精さん
「むっ……仕方無いですね。ダーリンもここの部員のようですし、入部させていただきます。ダーリンにへんな虫がつかないか監視しなければいけませんから」
「よし、それでは入部届を書いてくれ」
大和先輩は引き出しから入部届の紙を出して殿里と名乗った女子に差し出す。
「わかりました……これでいいですか」
「よし、それでは代わりにこのデータを授けよう」
大和先輩は入学式の日の放課後に書かされた俺の入部届を渡す。
「ふむふむ、これがダーリンのデータですか。うーん、射手座のA型だと相性は余り良くないですね。でも大丈夫、私の大きな愛でつつんであげます! 私は隣の宇佐久駅ですから電車で一緒に通学出来ますね。得意科目は数学、いいなあ、いかにも理知的という感じです。おっとSNSを入力しないと……」
何でこうなったんだろう、ふと思う。
やっぱりこの研究会に来てしまったのが悪かったんだろうか。
大和先輩に何を言われても無視しておくのが正解だったのだろうか。
それとも昨日、殿里さんを……救ったのは仕方無いよな、やっぱり。
確かに俺も彼女が欲しくない訳じゃない。
でも出来れば普通の女の子がいいのだ。
できれば同じ大学を受験出来るくらいの成績の子が。
それなら勉学の励みにもなるしさ。
あと髪は茶色より黒で出来れば長髪がいい。
他は……まあ身長は高くも低くも無くちょうどいいか。
でも
万が一不満を持たれたら俺の命が危ない。
「大丈夫だ。
相変わらず魔女には俺の考えは筒抜けの模様。
でもそれだと少しは効くという事だろ。
「そうそう……ってダーリン
おいさらっと今怖いこと言っていないか。
「参考までに無事でなければどうなるんだ?」
「ちょっと車にはねられて2ヶ月とか、ちょっと電車が脱線して4週間とか程度です。みんな根性が足りないのです。でもダーリンは
本当に大丈夫なのだろうか、俺。
「いいじゃないか。入学早々に可愛い彼女が出来るなんて滅多に無いぞ」
「そんな、可愛いだなんて……。でもダーリンもし好みがあるなら幾らでも変えますよ。髪はもっと明るいほうがいいですか、それとも黒の方がいいですか? 今日はリップ薄いピンクですけれど無色の方がいいですか?」
どうしようかと考え、そして決断する。
邪視を恐れて彼女に迎合したらこの先ずっとつきまとわれかねない。
ここは厳しく拒絶して後顧の憂いを絶つべきだろう。
だから俺は正直に言う事にした。
「俺は大学合格の為にここで学力向上を図るつもりだ。だから彼女もその手助けになるようなタイプがいい。出来れば同じ大学を受験する感じだとお互いやる気になっていいな。
あと外見的好みは中肉中背、髪は黒色で出来れば長髪」
「ふむふむ、勉強が出来て髪は黒色長髪ですね。ところで同じ大学と言っていましたが、どの辺を志望予定なのですか?」
「出来るだけ難しい処と言いたいが、最低でも憑馬大かな」
ここからそう遠くないところにある名門国立大だ。
「なるほど、最低でも憑馬大ですか。わかりました。それでは明日からはダーリン好みの美少女になってあげます」
おいおいそう来たかよと思う。
でもこれで彼女を堂々と振れる前提条件が出来た。
「ところで早速だが愛梨にお願いがある。実は昨日愛梨が鉄骨の下敷きになりかけた件の事だ」
大和先輩は話題を変える。
「あ、あの私がダーリンと劇的な出会いをした事案ですね」
俺は色々後悔しているのだが、まあそれは置いておこう。
「その事だが実は英国の飛行機にしか普通つかないグレムリンの仕業だった。とっ捕まえたが私や香織では言う事を聞かない。こいつから何とかして犯人の情報を調べられないか」
ちなみに俺も無理だ。
そもそも妖精なんてものは話が通じない代物だしな。
俺の持つ古の知識ではそうなっている。
「それなら簡単ですよ。妖精さん相手は得意なんです」
おいおい大丈夫かよと思う。
大体グレムリンって妖精さんと呼ぶような可愛らしい代物では無い。
でもこれで決着がつくなら儲けものだ。
無駄な捜査に時間を潰すことも無い。
大和先輩は早速あの箱を取り出し机の上に置いた。
「開けるとすぐ逃げようとするが大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。妖精さん相手は得意なんです」
「あとまあ普通に座れ。正利の横を開けてやるから」
大和先輩はひとつ横にずれる。
「サンキュー先輩。それじゃダーリンの横にお邪魔してと」
背後から殿里さんが横に移動する。
背後の温かさが無くなってふと気づいた。
さっきまで背中に感じていたのは殿里さんの胸だ!
ちらりと確認するとそこそこ大きい。
大和先輩と比べると雲泥の差……おっと。
飛んできたシャープペンをいつものようにさっと上に跳ね上げる。
今回は先輩もいつもの台詞は言わなかったようだ。
それにしても毎回こうやって何か攻撃されるのはたまったもんじゃない。
まあ一応
殿里さんはその辺のやりとりに気づいているのか気づいていないのか。
銀の箱を回しながら観察している。
「これはなかなか厳重な箱ですね。私の視力も通さないです」
「ああ、多分本職の魔術師が作ったんだろう。日本では滅多にお目にかからないような代物だ」
そうなのか。
俺にはよくわからないけれど。
「それじゃ妖精さんとご対面~っと」
殿里さんは箱を開く。
いた。
確かにいた。
妖精なんて見た事が無い俺でもしっかりわかる位に見える。
ただどう見ても妖精さんというような可愛い代物では無い。
緑色の小鬼といった感じだ。
どういう訳か箱の隅でガタガタ震えている。
あたかも恐怖から必死で遠ざかろうととしている感じだ。
「いた~妖精さん。質問があるけれど、私の言葉、わかるかな?」
グレムリンは箱の隅で震えたままで反応は無い。
「やっぱり日本語じゃ無理かな。なら英語で。Good afternoon,Fairy.Do you understand my words?」
簡単だがスムーズな英語だ。
思わず殿里さんを見直す。
今度はグレムリンも言葉を理解した模様だ。
何か焦ったようにはいはいと頷いて何か言っている。
多分英語だが小声かつ早口すぎて俺には聞き取れない。
「Who took you that high place? Can you explain who it is?」
英語そのものは簡単な単語と文法なのだがとにかくスムーズだし発音がいい。
殿里さん、なかなかやるな。
俺だとどうしても考えながらでないと英語は話せない。
それとも殿里さんは帰国子女なのだろうか。
特に何も考えずにスムーズに話している感じだ。
グレムリンの早口な英語も理解しているようだし。
その後色々英語で会話して、そして殿里さんは頷いた。
「わかりました。あの現場にこの子を連れて行った人も、それを依頼した人も知っているそうです。もしこの場で解放してくれるなら、もう二度とこんな事をしないようこらしめてやると言っています」
「でもこの場で離したらそのまま逃げないか?」
「大丈夫ですよ。ねえ妖精さん」
グレムリンは相変わらず焦った様子でコクコクと頷く。
そしてまた何か殿里さんに話した。
「仕事をしたらここにちゃんと戻ってくるそうです。ただ出来ればその後は国に帰りたいと言っています。もし自分がこれからする仕事に満足してくれれば、英国行きの飛行機の近くまで送って欲しいとの事です」
大和先輩は頷く。
「いいだろう。ただ相手の命までは取るなよ。もう二度とこんな事をしないと思う程度に脅かせばいい」
「わかりました」
再び英語での会話。
緑色の小鬼はウンウンと頷いて、そしてささっと姿を消した。
「どうも再開発事業が気にくわない地主の一人が、知り合いを通じて英国から妖術師を呼んだようです。でも妖術師といっても大した奴じゃないみたいで、相手が油断している今なら復讐をするのも簡単だって言っていました。聞き分けのいい子で本当良かったです」
聞き分けがいいというのだろうか。
単に酷く怯えていたような……
そうか。俺は理解した。
グレムリン程度の小妖精にとって殿里さんの邪視は圧倒的だったのだろう。
ちょっとでも機嫌を損なえば抹殺される。
そう感じていたに違いない。
そして邪視の力は一度直接見ておけば後々に効かせる事も出来る。
命が惜しい以上あのグレムリンも必死になって殿里さんの意向に沿うようにするだろう。
何かグレムリンが哀れに思えたのは俺だけだろうか。
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