第2話 証拠品と邪眼持ち

 昨日の件があのギャル風女子等からバレたらまずい。

 朝からずっとその事が心配だった。

 でも今のところ何も無い。

 よく考えれば鉄骨落下で死にそうになった衝撃の方が大きいだろう。

 だから俺の人相なんて忘れている筈だ。

 頼むからそうあって欲しい。

 憶測と願望を交えてそう思う。


 無事に迎えた放課後。

 今日こそは帰って勉強するぞと思った直後、スマホにSNSメッセージ着信音。

 特に来るようなメッセージはない筈だけれどな。

 強いて言えば某出版社の大学受験情報位だろうか。

 一応お気に入りに登録したからな。

 そう思ってメッセージを見たのが運の尽きだった。


『さっさと部室へ来い。さもなくば迎えに行く』

 大和先輩からだ。

 とっさに無視して大急ぎで逃げようかと考える。

 そこで再び着信音。

『迎えに行っていなければ教室である事無い事色々言いふらす』

 洒落になっていない。

 まったくあの貧乳先輩は……むむっ!

 何処からか猛速度でボールペンが飛んできた。

 級友に見られないよう何気なく受けてそのままポケットに仕舞う。

 どうやら大和先輩てきは近くで監視中のようだ。

 仕方無い。

 俺は時間の無駄を嘆きつつ第一化学準備室へ。


 科学準備室の扉を開けた途端。

「さっき私の事を胸が無いと思っただろう!」

 背後から大和先輩にそんな事を言われる。

 さては魔法で姿と気配と隠したままついてきていたな。

「昨日の今日では何も無いでしょう。何もない日くらいさっさと帰らして下さい」

 事実だったのであえて先輩の台詞を無視。


「いや、まずは昨日の事件の調査結果を教えないとな。まあ座れや」

 仕方無い。

 取り敢えず大机を囲むように置いてある椅子に腰掛ける。

 ん、待てよ。

「昨日の件、確かグレムリンが工事現場にいたのが原因ですよね」

 それは昨日聞いているし間違いないだろう。

 それ以上調べる事があるのだろうか。

「グレムリンは普通飛行機にしか出ない妖精だ。しかも本場は英国。だから主に欧州、それも飛行機内以外で出てくる事はまず無い代物だ。いくら高い処が好きだとはいえ、日本の工事現場に出てくるような代物じゃ無い」


 という事はだ。

「誰かが人為的にやったという事ですか。こんな何も無いような町のどうってことのないマンション工事現場をわざわざ狙って」

「偶然だろう、そう言いたいようだな」

 俺が言いたい事は大和先輩に無事伝わったようだ。

「その通りです。必然性が感じられない」


 しかし大和先輩やつはにやりと嗤う。

「そう言うだろうと思って現場を調べてみた。結果、これがクレーン内に潜ませてあった」

 そう言って先輩はカバンからよくあるコンビニの袋に入った何かを取り出した。

「証拠物品だ。昨日指紋採取を試みたので少々アルミ粉で汚れているけれどな」

 やや黒ずんだ金属製の小さな箱だ。

 何か怪しい文字らしきものが彫り込まれている。


「何ですかこれは」

「銀製の箱だな。魔力ある物や者を封じるのに使う典型的な代物だ。妖精を捕まえておくにもちょうどいいよな」

 何が言いたいのかはわかる。

「つまりその箱の中にグレムリンが閉じ込められていて、そこから出たグレムリンであの事故が起こったと」

「そういう訳だよワトソン君。なおグレムリンはとっ捕まえて再び中に閉じ込めた。でも開けるなよ。すぐ逃げる。捕まえるのは結構大変だからな」


 困った。

 犯罪捜査なんてものは警察に任せておけばいい。

 そう言いたいのだが妖精なんて絡んだ事件、警察では扱わないだろう。

 グレムリンなんて多分普通人が見ても見えないし。

 そうなると結論はひとつだ。

 俺達の貴重な時間を使って犯罪捜査なんて危険な事をしなければならなくなる。

 勘弁してくれと言いたいがそうもいかない。

 次回なんて事があるかもしれないからだ。

 たまたま今回は被害者が出なくて済んだ。

 でも次もそうだとは限らない。

 つまりは……ん、待てよ。


「それって川口先輩の力で犯人はわからないんですか」

「既にやった」

 川口先輩の前にまた絵柄が違う、でもやっぱりタロットカードが展開されている。

 この人は同じようなタロットカードを何セット持っているのだろう。

 いや今の問題はそこじゃない。


「わかったのは犯人のいる方向と距離。犯行現場から磁北を0度として225度から270度の方向。距離は1キロ以上2キロ未満」

 頭の中に地図を描いて場所を確認。

「思い切り住宅地ですね、それは」

「特定は困難」

 悲しいお知らせだ。


「他に手がかりは無いんですか」

「無い」

 大和先輩はきっぱり断言する。

 という事はだ。

「今現在調べるような事は何も無いんですね」

「まあ、そういう事になるな」

 なるほど。

 なら俺的には結論は1つだ。

「それでは用がないようなので帰らせていただきます」

 カバンを持って立ち上がろうとするのを大和先輩の手に制された。

「まあ待て。これからちょっと面白い事が起こる予定だ」


 何だそりゃと思って気づく。

 ここで相手のペースに乗ったら負けだ。

「別にいいです。それより帰って今日の復習と明日の予習をやりたいですから」

「生憎正利がいないと面白く無いんだな。それに残念ながらもう手遅れだ」

 何だと!

 そう思った時だ。

 トントントン。

 入口の扉がノックされる。


「入っています」

「こちらは西洋民俗学研究会で宜しいでしょうか」

 俺の消極的応答を全く気にせずノックの主はそう確かめる。

 何処かで聞いた憶えのある声だ。

 嫌な予感をひしひし感じさせる。


「新聞なら間に合っています。NHKならテレビはうちにありません」

「どうぞ」

 折角俺が非友好的に応答しているのに大和先輩がそう言って扉を開けてしまう。

 そして……


 見覚えある女子生徒が入ってきた。

 彼女は室内をぐるりと見回し、そして俺に焦点を定めて……

「こんな処にいたんですかダーリン! 探したんですよ!」

 次の瞬間彼女は背後から俺にクリンチ……いや違う!

 背後からのスリーパーホールドだ。

 思った以上に力は強い。

 いくら不死者ノスフェラトゥでも首の血管や気管までは強化されてはいない。

 だから待て、ギブ、ギブ……


「その位にしておけ。正利が意識を失いそうだ」

「もう女子に名前呼びされているんですか! 私という者がありながら」

 ちょい待て!

 そんな存在俺にはいない。

 過去に遡ったってそんな存在はいないぞ!

 何せ彼女いない歴=年齢だからな……やばい本当に苦しい!


「おいおい。それだと正利にも何が何だかわからないだろう。それにそのままでは窒息死するぞ」

「あらいやだ、私としたことが……」

 やっと呼吸出来るようになった。

 慌てて深呼吸する。

 視界が反転しかけていたぞまったく。


「どうも初めまして。殿里とのさと愛梨あいりです。B型蟹座、1年3組32番。ダーリンを探してここまで辿り着きました!」

 昨日助けてしまったギャル風。

 間違いなく本人だ。


「参考までにどうやって正利を探したんだ?」

 大和先輩が彼女に尋ねる。

「正利さんって言うんですか。いいお名前です」

「それで真鍋まなべ正利まさとし1年1組自宅はJRで2駅先の咲樹駅から徒歩7分を探した方法は?」

 こら大和先輩何気に俺の情報を流すんじゃない!


「ふむふむ、自宅は咲樹駅から徒歩7分ですか。メモメモっと。探した方法は簡単ですよ。休み時間で1年の一般クラス全部確認して、図書室で2年以上をアルバムで確認しただけです。残念ながら何処にもいらっしゃらなかったのですが、アルバムに昨日あの現場でお見かけしたこちらの先輩お二方を確認しました。ですのでこの研究会の関係者かなと思って来て見たらビンゴ! やったねという感じです」

 そんな説明をしながらスマホを操作している。

 何かと思えばさっき聞いた俺の情報をスマホに入力していた。


「ふむ、なかなかの調査能力だな」

 大和先輩はもっともらしく頷く。

「それであとダーリンの個人情報はないですか?」

「SNSのアカウント情報もあるがおいそれとは譲れないな」

 おいおい人の個人情報で取引するんじゃ無い。


「むっ……条件は?」

「この西洋民俗学研究会に入会してくれ。何なら住所と家電話とスマホの電話番号も付けよう」

「いいんですか?」

 思わず俺は大和先輩に尋ねる。

 別に俺の個人情報がバレるのが嫌なわけじゃ無い……嫌だけれども。

 ここは魔女だの占い師だのが集まる特殊な課外活動では無かったのか!


「なあに、愛梨なら心配いらない。彼女も仲間だ。邪視 イーヴィルアイ持ちだな」

邪視 イーヴィルアイだなんて。ただ嫌な奴だなと思って見た人が不幸になるだけですから」

 おいちょっと待ったそれ!

 それ本物の邪視なり邪眼だろ!

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