第1章 物語あるいは邪魔者に囲まれた高校生活の始まり
第1話 鉄骨落下事案
「それにしても普通の人と違う力を持つ人って、研究会を作るほどいるんですか?」
暇なので明日分の予習をやりながら俺は聞いてみる。
「いるかと言っても現にいるじゃないか。私もそうだし正利もそうだ」
「それはそうですけれどね」
確かにここには2人いるけれど。
「実際30人に1人程度はいるものさ。だいたい正体は隠しているがな。例えば香織はロマ族の末裔で占いと加護の能力を持っているカード使いだ。ロマ族はわかるな」
世界史でやったな。
「いわゆるジプシーの末裔って事ですね」
「そういう事だ」
大和先輩は頷く。
今話に出た川口香織先輩は大和先輩と違って小柄。
更に言うと大和先輩がモデル体型なら彼女はロリ巨乳体型。
顔も目が大きめでやや垂れ目で可愛い系。
一部の性的嗜好を持つ方々にはたまらないかもしれない。
俺は普通体型の方が好みだけれども。
彼女は今日は昨日とは違った絵柄の、でもやはりタロットカードを操っている。
彼女は何枚も広げたカードを見て、更に地図を確認して口を開いた。
「場所と時間はわかった」
カードに一礼して、そして机の上を片付ける。
「行こう」
彼女は立ち上がる。
「何が起こるんだ?」
「わからない」
あっさりそう言われて俺は思わずコケかけた。
「何だそりゃ」
「わかったのは時間と場所。それと事象を妨げる可能性の高い配置」
「まあいいじゃないか。行けばわかるだろう」
大和先輩は大雑把だ。
「だいたいいつもこんな感じなんですか」
「場合による」
川口先輩の台詞では短すぎて状況を把握出来ない。
「カードでわかる事は往々にして限界がある訳だ。あとは私達が現地に行って臨機応変に対処するという訳さ」
大和先輩はカバンを持って立ち上がる。
「さあ行こうか。今回は正利のデビュー戦だ。敵は鬼か妖怪か、楽しみだな」
「そんな物が出るんですか」
「たまにはな」
冗談じゃ無い!
「そんな戦いに命を曝すつもりも時間を奪われるつもりも無いのですけれど。今日はこの後出来れば明日以降の予習をさっさとやりたいのですが」
「安心しろ。予習をやらない位で人間は死なない」
そりゃそうだけれどさ。
「特待の授業は進度が早いと聞いています。出来れば最初のうちは完璧にしておきたいんです」
「安心しろ。私も香織も特待だ。それでも問題無い」
そう言えば1組だと自己紹介していたな。
うちの高校では1組は特待クラスだ。
「それに私達が何とかしないと死者や怪我人が出るかもしれない。そう思うと行かなければならない気持ちにもなるだろう」
「意識出来ない事は存在しない事と同義です。少なくとも僕の頭では」
「反実在論だな。適用範囲によっては物理屋によるコペンハーゲンあたりの怪談になりそうだ」
大和先輩、時々インテリっぽい発言をするんだよな。
知識の広さだけは認める。
言い回しが時に古いことと併せ、やはり魔女らしく実年齢は大分上では……
おっと!
「今、私の年齢が詐称じゃ無いかと思っただろう」
跳び蹴りをささっと背後に下がって避けて俺は反論する。
「博識だと思っただけですよ」
嘘では無い。
◇◇◇
仕方無く2人と学校を出て20分ちょっと歩く。
場所は駅近くの路地というか歩行者専用道路。
片側は線路でもう片側はマンション建設現場だ。
表側は工事車両等の行き来が結構あるがこっちは裏側。
たまに通る人以外は静かなものである。
「もう少し先。そう、ここで待機」
見た限りでは単なる路地的歩行者専用道路以外の何物でもない。
片側は線路の高架、もう片側は工事現場を仕切る鋼板の塀という殺風景な場所だ。
「ここで何をするんですか」
「何か事故なり何なり起こるのを防ぐという事だな。香織が気づいたという事は妖怪だの怪物だのといった何かが絡む事案が起こる訳だ。そんな被害から一般の皆様を救うのが私達西洋民俗学研究会の任務。どうだ正義の味方みたいで格好いいだろう」
「そういうのにロマンを感じる年齢は過ぎてしまいましてね」
元々ヒーローもののTVとかは好きでは無い。
それにあの手の番組は暴力は暴力でしか解決出来ないと示しているようなものだ。
そこにロマンを感じる事は俺の場合は全く無かった。
餓鬼の頃であってもだ。
「でもここだと何が起きるんだ。車は通らないから電車が飛び込んでくるとか工事現場から何か落ちてくるとか」
「この辺は線路も直線ですから電車が飛び出してくる可能性は低いですね。工事現場もクレーンが反対側を向いているようですしあまり問題無いかなと」
「占いの結果ではあと3分20秒以内」
3分20秒か。
「何も無ければこのまま帰りますよ」
「占いの結果は絶対」
川口先輩は自分の占いの腕には自信を持っているようだ。
さて、それでは何が起こるのだろうか。
誰も通らない状況で少し待ってみる。
あ、一人だけ歩いてきた。
服装から見て俺達の学校の生徒だ。
やや明るい髪色と短いスカート、カバンはバッチ付き。
ちょいギャル系の女子、知らない顔だ。
ギャルは通常群れているものだが何故か彼女は一人で歩いている。
スマホを見ながら。
何だろう、そう思った時だった。
「魔物の反応だ」
大和先輩の台詞だ。
何だ、彼女が妖怪か。
確かに黒ギャルなんかは時として妖怪じみたのもいる。
でも彼女はそこまでには見えない。
「上だ。マンション建築現場の上の方。この感じは多分グレムリンだな」
あのペットに水をかけるとなる奴か。
いや違う、それは昔の映画だ。
本来のグレムリンは飛行機に取り憑くという妖怪というか妖精だ。
確か機械の調子を狂わす奴だよな。
嫌な予感がする。
「ちょっと上に行って捕まえてくる」
大和先輩はそう言ってふっと姿を消した。
いや、すぐ近くの塀の隙間から工事現場の中に入ったのだ。
高校の制服を着て工事現場に入ったらすぐ追い出されないだろうか。
まあ多分何か魔法的手段があるのだろう。
そんな事を思いながら俺は工事現場の上の方を観察し続ける。
ギイイィィ……
何か嫌な音が聞こえたような気がした。
誰かが叫んだ声。
俺の耳は人の数倍以上よく聞こえる。
「何だ、クレーンが変だぞ!」
そんなクレーン操縦士の声だって遙か下から聞こえる。
俺は理解した。
何が起こるのかを。
「川口先輩、駅の方へ走って逃げて下さい! 急いで!」
「理解」
川口先輩はクレーンとは逆の方向に走り出す。
これで川口先輩は安全な場所まで移動出来るだろう。
問題は歩行中のあのギャル風だ。
俺は上を見ながら走り始める。
クレーンが不自然に回転してアームがこっちを向いたのが見えた。
ワイヤーで吊り下げている鉄骨が急な回転で揺れる。
そしてワイヤーが不自然に緩んだ。
まさにあのギャル風目がけて鉄骨が落ち始める。
俺は既に最大加速で走り始めている。
無理矢理加速するので慣性が酷く重く感じる。
あと重力が低い。
もっと重力があれば思い切り足を蹴り上げられるのに。
俺の本気モードだと普通のフォームでは飛び上がってしまう。
もどかしい加速。
俺の特別製の動体視力が落下しはじめた鉄骨の加速を読む。
大丈夫、ぎりぎり間に合う。
ぎりぎりだけれど。
あのギャルの体重が70kgより重いことは無いだろう。
カバンの中に石でもつめていない限り。
ギャル風はまだ上に気づいていない。
スマホの画面だけを見ながら歩いている。
「上だ、上!」
俺の声で彼女ははじめて自分以外の存在に気づいたようだ。
ゆっくりとした動作で上を見て、
「えっ、あれ、あ……」
彼女が状況を理解するより俺の足の方が早かった。
俺は彼女を掬い上げるように抱える。
幸い彼女はそこまで重くない。
でも彼女を加速させる際にかかる慣性が邪魔。
まあこれも体重というか質量なのだけれども。
腕だけでは無く胸も使って彼女を抱えそのまま全速力で走る。
背後で激しい音と振動がしたけれどまだ振り返らない。
完全に安全圏まで突っ走って、そして。
背後の轟音と地響きが止まったところで俺は止まる。
振り返ると一通り終わっていた。
落ちている鉄骨。
鉄骨落下の衝撃でへこんでいる塀やアスファルト舗装。
これ以上それらが動く気配は無い。
固まっている彼女を下ろす。
固まりすぎていて下ろしたら転びかかった。
仕方無く自分で立てるまで腕を掴んで支える。
「怪我はないよな」
彼女は頷いた。
なら結構だ。
これ以上関わり合いになるつもりはない。
俺のこの異常な身体能力もあまり人に覚えられたくないからな。
「じゃ、な」
俺はそれだけ言ってその場を離れる。
もうこれで事件は終わったから先輩達と合流しなくていいだろう。
鉄骨の方に行くのが本当は駅に近いのだけれど事情を聞かれたりすると面倒だ。
なのでささっと反対側の方へ歩いて行って線路下ガードをくぐる。
素知らぬ顔をして反対側から帰るつもりだ。
今からならまだ家に帰ってもそこそこ時間がある。
夕食前にあと1教科くらいは予習出来るだろう。
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