1話 morning glow -5

5時半を知らせるチャイムの音が聞こえてくる。もう少しで最終下校時刻を知らせるチャイムもなるだろう。


職員室から下駄箱のある通用口までは20メートルもないであろうほど近い。自分の下駄箱から靴を取り出し、駐輪場へ向かう。遠くのグラウンドからは野球小僧たちの掛け声と、キーンという甲高い音と、ボンッというようなボールを蹴る音が聞こえてくる。大会が近づいているのだろうか、活気に溢れた音たちが駐輪場まで響いていた。まだ空は明るさを残しており、綺麗な朱色で生徒たちを照らしていた。


頑張れ、若人たちよ。などと、ジジ臭そうなことを考えながら、自分の自転車を探す。太陽がまぶしく照らし、視界を塞いでくるのをウザったく受けながら、辺りをキョロキョロしてると、1人眩しそうに太陽を見ていた女子を見かけた。あれは…確か


「あ、さっきの子か?」


声に出てしまった。


「ん、あ。真田くん…。」


彼女が気づいて話し掛けてきた(端からみたら、俺が話をかけ始めたのだが)。


「あー、今、帰り?」


目線があったらバトルなのはポケモンで予習してあるはずだ。落ち着け、落ち着くんだ。


「うん。ちょっと用事で残ってたら、こんな時間になっちゃって…」


「そうか、色々と忙しいんだな。大変だな。」


「そんなことない…です。必要なことだからやってただけで…。真田くんはこの時間に帰りですか?」


「ん、ああ、ずっと板垣先生のお話に付き合っててね。四時くらいに職員室に入ったのに、職員室から出たのは五時だったんだよ。軽いタイムスリップを経験したから、これはこれで貴重だよね。」


「あはは、板垣先生は話が長いって友達が言ってたけど、本当だったんだね。真田くんこそ大変だったね。」


俺の初めてのウィットに富んだ話はなかなかウケたようだ。


あれ、これいけるんじゃね?初めての女子との下校、いけるんじゃね?あると思いまぁーす!!


「あ…もし、よ」


「あ、ごめんなさい。ちょっとこれから予定が入っちゃってて。もう行かなくちゃ…。じゃあね。」


「あ、うん。じゃあ。」


そう言うと、彼女は自転車に乗って帰って行った。


用事、か。まあ、彼女は彼女で忙しいんだろう。忙しない彼女を目で追う。事故に合わないように、とただただ祈るばかりだ。


それにしても、今日は良くも悪くも貴重な1日だったな。まず、女子の名前をたくさん聞く日だった。まずは風羽なんちゃらだろ?そして、神田…雨音。廊下でぶつかった彼女はなんて言う名前何だろうか。同じクラスらしいから、明日確認してみるか。


あとは板垣先生の話もたくさん聞いた日だったな…。


そんなことを思い返しながら自転車に乗り、家までの道のりを走る。


さっきまで生徒達を照らしていた朱色もなりを潜め、もう夜の幾分かは顔を見せ始めていた。


点々とした星が弱々しく光っている。


眩しそうな顔で太陽を見ていた彼女の横顔をふと思い出す。どんな気持ちであの朱色をその身に写していたのだろうか。柄にもなくそんなことを考えてしまうのは、空に飲み込まれてしまったからか、ただの気まぐれか。


家路を辿る途中、空に一筋の星が流れた。


いつもよりも長い尾を引いて空の彼方に消えていった。


星が地球の温度を少し奪ったような気がした。春も半ばだが、夜は冷える。


ペダルにかかる足に力をこめ、帰りを急いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る