第6話

 「ユキ、帰って来たんだってー?」

 活きのいい声がして、続いて庭の生け垣の間から女の子の顔が覗いた。

 「なん?美穂かー。ビックリさせんな」

 あっはっは。

 女の子にしては豪快な笑い声がして、続いて

 「今、そっち行くわ」

 と言ったかと思うまもなく、

 「こんにちはー」

 という挨拶と共に美穂が門から入ってきて幸宏の隣にいた。

 「ユキ、元気やった?」

 寒さのために頬を赤くして、長い黒髪を後ろで一つに束ねている美穂を見て、幸宏は苦笑いした。

 「何?何がおかしいん?」

 「いや、そのさ、子どもの頃と変わらんなって」

 「ええ?マジー?しっつれいやね、アンタって人は」

 家の中から大きな窓のサッシ越しに様子をうかがっていた祖父が、庭へ出て来た。

 「誰かと思ったら、美穂ちゃんやの」

 「あっ、お邪魔してます、お祖父ちゃん」

 そのやり取りを聞いて、幸宏は腰を抜かさんばかりに驚いた。

 「なんやお前、そんなにうちの祖父ちゃんと親しかったっけ?」

 美穂はおかしそうに笑った。

 「あんたんち、カズ君とユキ二人とも家から離れてもうて。お母さんから、祖父ちゃんが寂しがってるいう話を聞いて、ちょこちょこ遊びに来とんの」

 「あれ?お前、地元に進学したんだっけ?」

 「うん、看護学校。今に助産師になるん」

 「へえ」

 「少子化言うとるけど、産ませてくれる所がないから余計に女の人は困ってまうがね。だから、看護師になって助産師も目指すことにしたん」

 それに私、大学へ行くほど勉強出来へんし。

 ぺろっと舌を出す仕草は、昔のままだ。水の底へ沈んだ村を出てから、次の居住地も一緒だったのだけれど、親しくなったのは中学へ上がってからだ。それまでは学校で同じクラスになったことが一度もなかった。かえって子どもたちより大人たちの方が結束が強くて、OB会のようなノリでの付き合いがある。

 「ユキは何してん?」

 「庭の草むしり。おかんに頼まれて」

 「ふうん。ねえ、大学で彼女、出来た?」

 ギクリとした。そんな様子を見て、美穂はさらに突っ込んでくる。

 「いねえよ」

 「ウソ。じゃ、なんで目を白黒させとんのよ」

 「う。彼女、って、付き合ってなんかいねえよ」

 「あっれー、もしかして片思い?大学生になっても?初々しいっていうか、ユキってそういうとこあるよね」

 あっ、寒椿ー。

 うれしそうに生け垣に咲いている赤い花に目を留めている。

 「まあ、お姉さんに任せなさい」

 誰がお姉さんじゃ、と心の中で文句を言いつつ、幸宏はおそるおそる聞いてみた。

 「あんさ。俺たちって、元々の家がダムの底に沈んでるやろ」

 「うん?」

 「それを、女の子に言うべきなんかな。それと、今住んどる所もこんな山の麓だか谷だかわからんような山深い所だっていうことも」

 「ははあ」

 美穂は気の抜けたような返事をして、幸宏の顔をつくづくと見ている。穴の開くほど眺めてから、突然叫んだ。

 「わかった!」

 幸宏は驚きのあまり、のけぞった。

 「な、何が」

 「ユキ、それを言うか言うまいかで女の子に告白出来へんのやろ。そんなん、さっさと言ったらええわ」

 「ほんまに?」

 驚きのあまり、地元の言葉丸出しになって喋っている幸宏を見て、美穂はニヤニヤ笑っている。

 「ユキ、アンタ、街の学校へ行ってかしこまっとるのとちがう?」

 「う」

 言われてみれば、当たっているかもしれない。確かに、帰省して親や兄たちと喋るのとは、相手に対しての壁の高さが違うような気がした。

 「そのさ、ありのままの自分を見せて、故郷のことも教えて、それで相手がサヨナラだったら、それでいいんじゃね?」

 美穂の言い方は口が悪いけれど、真実だ。

 (大学へまで出してもろうて、俺はまだまだアカンな)

 幸宏が頭をかいていると、美穂は寒々として庭でクルクル回りながら踊っている。

 「ありのーままのー」

 と歌いながら。

 庭は冬なので、母が丹精する花は何も咲いておらず、庭の片隅の畑に祖父ちゃんが作っている大根が生えているだけだ。

 花といったら、生け垣の赤い寒椿くらい。

 しみじみと美穂が踊る光景を見ていた幸宏は、そこであることに気がついた。

 「おい、人んちの庭だぞ」

 こんなに伸び伸びしていいものか。

 「いいって、いいって」

 美穂は意にも介さない。祖父ちゃんがリビングの、足下まである大きなサッシを開けて呼んでいる。

 「おーい、美穂ちゃん。お茶にしねえかあ。体冷えたんちゃう」

 「ほーらね」

 美穂は得意げに俺を振り返った。

 おかんがドアを開けて出てくる。

 「美穂ちゃん、いつもうちの息子たちがお世話になって。さあ、こっちさ来て、皆でお茶にせん?」

 美穂は喜々としておかんと連れだって歩き出した。と思ったら、

 「あ」

 と言って振り返った。

 「街の女の子に振られたら、アタシが拾うてあげてもええよ」

 「はあ?」

 「あ、誤解せんといてね。アタシはカズ君派やから」

 (な、何?あいつ)

 幸宏は呆然として女性陣の後ろ姿を見送っていた。

 「おお、寒」

 おかんがつぶやく。

 「あっ、雪」

 空からは真っ白な綿毛のような雪が舞い降りてきた。


                              ( 終 )

 


 


 

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とまどい   ー水の村、谷の村ー @satoyomi

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