第4話
「まいどー」
「ありがとうございましたっ」
威勢のいい掛け声が、調理場からも店内からも飛んで行く。
ジャーッ。
具材を炒める音。
ニンニクの鼻孔に届く、しびれるような美味しい香り。
客足が引いてきた頃に、
「おい、まかない食ってきていいぞ」
「はい」
先輩に言われ、俺と聖也は奥へ引っ込む。
「おーい、大丈夫なんか?ユキ。例の子」
テーブルにつくなり、聖也が聞いて来た。俺と聖也は大学が同じで、バイトでこの店に入ったのもほぼ同じ頃だ。入った頃はべつに友だちではなかったのだが、店で顔を合せているうちになんとなく親しくなった。俺は目を上げて聖也の顔を見た。がっちり固太りで縦にも横にもある彼は、俺が見上げないと視線が合わない。
「大丈夫って、何が?」
俺はまず一口ラーメンのスープを口へ運んだ。ああ、うまい。温かいスープがふくいくとしたうまみを含んで、俺の胃の中へ流れていった。
「その、なんとかって外国人みたいな名前の女の子だよ。付き合ってんのかよ?」
絵美里のことだな、とピンと来た。絵美里が俺に接触しているのを知っているんだろう。でも、同じ大学とはいえ、学部が違うのになぜ?
「あの子のことか。付き合ってるなんて、全然。それよりなんで聖也はそんな情報を知ってんだ?」
ズズー。
聖也は丼を持ち上げて、器から直接スープを飲み、「ああ、うめえ」と感に堪えぬようにつぶやいた。
すべてがダイナミックな男だ。色が白くて体の線が割と細くてゴツくなく、名前をもじって「ユキちゃん」と女呼ばわりされる俺とは大違いの大男なんだ、聖也は。
「噂に、なってっからよ。第講義室で授業を受けてる時に、下から上がって来てるチャラい連中が噂しとった」
下とは、大学の付属高校からという意味だ。この大学は付属が幼稚園からあり、本人と家族が希望し、成績も学校内の基準を収めていれば、無試験で大学へ進学できる。いわゆるエスカレーター方式というやつだ。この方式で入学した学生を「内部進学生」と呼び、俺や聖也のように試験を受けて入学した学生を「外部進学生」と呼ぶ。先に説明した通り、この大学は私立の大学だから、内部進学生は余裕のある家庭の息子や娘だ。だからいきおい、服装も派手だし、持ち物も、遊びも派手でお金を使う連中ばかりだ。絵美里は本来、彼らの中にいた。最近そこから抜け出して俺にちょっかいをかけているので、古巣の内部連中が騒ぎ出したのだろう。
「絵美里に俺は釣り合わない、そう言ってんだろ?どうせ、そんなことだろ」
俺がチャーハンの山を崩しながら聞くと聖也は「そうだ」と短く言った。
「そりゃ、そうだろうな。大事なお姫様を取られそうになってんだから。しかも、どこの誰だかわかんない俺に。そりゃあ騒ぐと思うよ」
俺はいたって冷静に答えた。チャーハンに細かく刻んで入れられているなるとが、思いのほかいい仕事をしている。
(こりゃ、うまい。マジでイケるわ)
「知ってんなら、いいんだ」
聖也は静かに答え、皿に残ったチャーハンの最後の一口を大きなスプーンですくい取り、口へ放り込んだ。彼の食事はめっちゃ早い。
俺は感心するのが半分、呆れるのが半分の気持ちで彼の最後の一口を見届けた。
そして、あることを思い出した。
「なあ、聖也」
俺は一瞬間の逡巡の後、聖也に聞いた。
「俺の故郷の話を、絵美里にするべきかな」
聞いたか聞かないかのタイミングで、聖也は立ち上がった。
「仕事に戻るぞ」
その夜、店から出る時に、暗い空からはらはらと白いものが舞い降りるのを見た。
「雪、か」
聖也は手のひらを差しだして、舞い降りてくる雪を受けながらつぶやいた。
「さっ、帰るぞ。ユキ、お疲れさん」
聖也は笑顔を見せてから、ふっと真顔になって言った。
「あのなあ、ユキ。お前の思うように生きてみろよ。それでダメだったら別の道を探せばいいだろ。最初っから諦めちゃあかん」
「せ、聖也」
突然のアドバイスに幸宏は面食らってしまった。が、次の瞬間笑顔になった。
「うん。わかった。そうすらあ。サンキュー、聖也」
「おう。どのみち、頑張れよ」
二人の若者は手を振り合い、夜の街角へ消えて行った。
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