5連目 盗賊ちゃんとガチャ

 アーサー王よろしく地面から引き抜いた《芽が出たじゃがいも》を天高く掲げ、クロエは叫んだ。


「あたしはじゃがいもの! これは立派な農業だ!」

「すみません何言ってるかぜんぜん分からないんですけど! 頭でもおかしくなっちゃったんですか!?」

「あんたが言うな! ほら反町、判定は!」

『認めましょう、貴女を農業王クロエだと』


 瞬間、クロエは風のように身を翻した。

 頭上を見上げると、予想通り。コピー用紙製の安っぽい《がちゃちけ》がひらひらと宙を舞っていた。

 女神・反町の設定した農業ミッションのご褒美だ。


「間に合って!」


 跳躍し、《がちゃちけ》に手を伸ばす。しっかりと手中に収め、脇目も振らずガチャガチャへ手を突き出した。

 ジジジ、と壊れかけの自販機が旧千円札を呑み込むように、《がちゃちけ》は筐体に吸い込まれていく。「焦れったい!」。準備完了の白い光が灯るまで待つなんて悠長なことをしてはいられない。

 クロエは手早くガチャを回し、取り出したカプセルを一切の迷いなくこじ開けた。


 ガチャ演出。

 それは天変地異と見紛うばかりの巨大な嵐だ。天はかき曇り、周囲の草花は暴風で吹き飛ばされる。

 安全圏はクロエの――カプセルを空けた場所の周辺だけ。


「そこの変態ヒロイン! 助かりたかったらあたしと来い!」

「そっ、そんな!? こんな時にそんな熱烈プロポーズされちゃったら私の子宮がキュンキュンして想像妊娠しちゃいますよ! 私、とうとうママになっちゃうんだぁ♪」

「もういい全員吹き飛べやァッ!!!」


 嵐が吹き荒れた。

 無数の稲妻が天から降り注ぎ、大地を貫く。頭上高く武器を掲げていたふたりの盗賊はあえなく光に飲まれた。その後、すべてを押し流す暴風が吹き荒れ、下草を根こそぎひっくり返していく。


 嵐は去った。

 手元に残ったのは《芽が出たじゃがいも》と、先のカプセルから出たもうひとつの――


 ――《じゃがいも》。


『草wwいや芋wwwwちなさっきの盗賊ふたり元居た場所に戻っただけだからwwww実質バシルーラwwwwww』

「ダブりかよ!?」


 クロエはふたつのじゃがいもを地面に叩きつけた。

 先の嵐のおかげで、大地はいい感じに耕されていたらしい。ふかふかの土の上に、じゃがいもは収まった。


『じゃがいもだけに収まるww草ww』

「草も生えんわ! てゆーかさっきの何!? なんか意味ありげな威厳たっぷりの女神モード! ああいうのやれるなら最初からやれ!」

『それ無理wwww言葉ムズいしwwできてたら日商女神検定3級取れるwwwwwwフォカヌポォwwwwww』

「日商手広いな!」


 まさか異世界まで来て簿記で有名な日商の話をするとは思わなかったクロエだが、一応助かったのは事実だ。女神に感謝の言葉を告げるべきか逡巡したが――


『ファーwwwwww』


 ――アホ面のヒキ笑いを青空に浮かべる女神に感謝するという行為があまりにもアホくさかったのでやめた。


「クロエ様ご無事ですか!? 痛いところはないですか? 唾液には殺菌成分があるんです! 傷は舐めて治すべきです! むしろ傷以外の亀裂は!? 秘裂は!? ペッティングは間に合ってますか!?」

「黙れ」

「わあっ! く、クロエ様が……! クロエ様がとうとうわたしに命令してくれたぁ~っ! えへへえへぇ~♪」

「マジでどうすりゃいいのこの変態……」


 天にも地にも、クソ野郎だ。どちらを向いてもろくな連中が居ない。

 ベロベロ舌を出して無言の猛アピールする変態ヒロインを無視して、ガチャ演出の惨状を見渡す。どうやら、ガチャ筐体とガチャから出たものは吹き飛ばさないらしい。天蓋付きベッドの中は安全圏ということになるのだろう。

 この世界とガチャのルールをクロエが考察していると、見知らぬ顔が増えていることに気づいた。


「ひっ……ま、魔法…………!」


 先の盗賊の生き残りだろう。そう言えば、雷撃を受けて吹き飛んだのは男性2名だけだった。その背後で少し出遅れていたこの少女は、運よく難を逃れたらしい。


「あんたさぁ、この世界の人?」

「ま、魔女に話しかけられた……! こっ、殺されるぅ~……!」

「魔女って……」


 盗賊の少女は腰を抜かしていた。足と歯をガタガタ鳴らして怯えに怯えている。あと少女の足元がちょっと湿っている。まともに話ができる状態ではない。

 考えてみればそれもそのはず。女神の存在もガチャ演出も知らないのなら、突如巻き起こり仲間を吹き飛ばしたあの嵐は、クロエが使った魔法だと思い込んで然るべきだろう。

 魔法を使うもの、すなわち魔女だ。


「反町ー。この世界って魔法あんのー?」

『あるよー』

「うーい」


 事実確認終了。この異世界には魔法がある。

 この事実を踏まえ、妙案を閃いたクロエは悪い顔をした。


「さて、と。あたしの根城を襲った罪、どう落とし前つけてくれんのかなァ?」

「ひぃっ!? ぼっ、ボクはやめようって言ったんです! なのに親分と兄貴分が生きるためなら分かるよなって言って……!」


 クロエの恫喝で、盗賊の少女はガタガタ奥歯を鳴らした。

 これでは、どちらが盗賊なのか分からない。


「こっ、殺さないでくださいっ! ボクが居ないと、妹は生きていけないから……!」


 泣きながら懇願されると、良心3ミリグラムのクロエでもさすがに心が痛んだ。弱者をいたぶる趣味はないのだ。くわえて、恐怖を植え付けてから放逐すれば、少なくともしばらくは彼女の仲間が押し寄せてくることもない。

 クロエはあくまでも、平和にガチャを回して生きていきたいのだ。


「命までは取らないからもう帰んな。妹が待ってんでしょ?」

「は……はひ…………。ありがとう……ございます…………」

「そういやアンタ親は?」

「い……いまは…………いまッ、せん…………」


 現代日本ではそこまで耳にすることはないにしても、途上国などではよく聞く話だ。スラムに暮らす親なしの子ども、いわゆるストリートチルドレン。


「妹のために、盗みに手を染めたと。悪いコトと分かっていながら」

「だってそうでもしないと…………! 親の借金……返せなくて…………」

「借金か……」

『おっと! ここでクロエっちにとっては聞き捨てならない言葉が飛び出した! 親の借金!!! それはクロエっちにとって何よりも許しがたいもの! 借金さえなければクロエっちが怪しいバイトに手を染める必要はなかったのに! 怪しいバイトで死んで、めちゃシコな女神様に異世界の手ほどきを受ける必要もなかったのに!!!』

「勝手に代弁すんな」

「す、すみませんっ……」

「あーいや、こっちの話。気にしないで」


 とは言え、とクロエは思い直す。すべては女神反町の言う通りだ。

 借金さえなければ、クロエがこんな――クソ野郎ばかりに囲まれて――気苦労をする必要はなかったのだ。


『んふ♪ なんとかしてあげたくなっちゃった? 貧困から救ってあげたくなっちゃった!? ってコトは異世界モノでも王道な英雄ルート入っちゃう!? 重税と暴政の限りを尽くす極悪非道な独裁政権ブッ倒しちゃうフラグ立てちゃう!?』

「ごめん、イヤなら言わなくていいんだけどさ。親の借金って何が原因?」

「風俗です、両親ともに……」

「は……?」

「法律で禁止されてる違法風俗店に通い詰めてたんです……。「法律を破ってるって気分が最高なんだ」って言って……気づいた時にはボクや妹まで売りに出されそうになって……」

『はい王道フラグ消えたー! もうそれ政治関係ないやつー』


 あまりにも救いがない。

 クロエは悪い顔をすることも忘れ、バカみたいな顔で呆けてしまった。


「……ていうかクロエ様。この子、両親ともに風俗狂いってことは、親姉妹きょうだい全員血が繋がってない可能性もあるのでは?」

「それな。ごめん、ちなみに妹はあんたと似てんの?」

「いえ、妹は……ハーフエルフなので……」

「ハーフエルフかあーっ!!!」

「いいですねハーフエルフの妹! まだ抱いたことはありません! 味見したい!」

「あんたそれ以上言ったら本気で軽蔑するからな」

「やーん! まだ軽蔑しないでいてくれるクロエ様ステキ♪」


 変態は無視するとして。だんだんこの盗賊少女が不憫に思えてきた。

 クロエ自身、自らの境遇はかなり不幸なほうだと思ってはいた。だが、上には――というより下には下が居るものである。同じ家族の作った借金地獄といえど、ここまで救いのない話もそうそうない。


「なんかこの子の両親見つけてブン殴りたくなってきたな……」

『ということは異世界人情モノ、フーテンの異世界寅さんルートですな!wwいいですぞおwwww拙者、心の触れ合いすここ侍でござるwwwwwwすここここここwwwwww』


 冗談めいたクロエのつぶやきに、盗賊少女は顔を曇らせ俯いた。

 そうだった、とクロエは気づく。

 この少女は、クロエを嵐を起こせる魔女だと思い込んでいるのだ。その魔女が「ブン殴る」と言えば、すなわち殺戮も同義である。


「あ、別に物騒な話じゃないよ。会って「娘たちが困ってるよ」って言うだけ。殴って性根直せって矯正するワケじゃない」

「……いいえ、むしろ殴ってほしいです。魔女さんに怒られたら、さすがに応えると思うから」

「んー……」


 言った手前、引っ込みがつかなくなってしまう。クロエはどうにかこうにか言い訳をして難を逃れようとするも遅かった。


「いいじゃないですかクロエ様、やりましょう! この盗賊ちゃんスッゴく困ってますよ?」

『うわー、変態ちゃんがなんかメインヒロインっぽいー。女神様ひそかにメインヒロインとか呼んじゃったんだよね、ごめんねー!』

「困っているところに手を差し伸べて堕とすんです! そして身も心もデロッデロに溶かしてクロエ様の百合ハーレムを作りましょう!」

『わはー、やっぱメインヒロインだったかー』

「いやまあ、うん。しょうがないか……」


 どうせこの異世界では、ガチャを回すくらいしかやることがないのだ。それに女神・反町から《がちゃちけ》を貰うには、反町の用意する判定ガバガバなミッションをクリアしていく他ない。

 クロエはガチャ中毒者なのである。


「反町、今からこの盗賊ちゃんの住んでる街に行って、両親見つけてブン殴る。全部クリアしたら何回ガチャ回せる?」

『んー。女神様が用意したミッション的には、5回ってトコかな』

「よし、行くよ。盗賊ちゃん、変態。ガチャを回す冒険の旅へ」


 そしてクロエは、効率厨でもあった。


「が、ガチャってなに……?」

「クロエ様のひとり言は気にしなくてもよいですからねー」


 かくしてクロエの、異世界らしい異世界生活がようやく始まるのだった。

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