4連目 清々しい朝のガチャ
クロエは異世界生活はじめての夜を天蓋付きベッドでやり過ごした。
もちろん、ベッドで眠ったのはクロエだけだ。どうにかこうにか潜り込んでこようとするメインヒロインは、布団で簀巻きにされその辺に転がされている。
さすがにメインヒロインに悪いかもしれないとは思った。
良心を3ミリグラムしか持ち得ないクロエでも思うところはあったのだ。だが「逆にご褒美です!」と泣いて喜ばれてしまったので、容赦なく切り捨てることにした。
朝。異世界であっても、小鳥たちはチュンチュンと鳴いている。
寝心地だけは最高のベッドから起き出したクロエは、目覚めて早々うんざりした。
女神・反町が、スポーツウェア姿で空に浮かんでいるからだ。清々しい青空を返してほしい。
『フフフ。朝と言えば何かな、クロエっち?』
「ログボ」
『大正解! ラジオ体操だ! ようつべ動画見せてあげるからレッツダンシン!』
反町が人の話を聞かないのは今に始まったことじゃないからもうどうでもよかった。
それより問題は、空に浮かぶヨシヒコ方式とやらで、ラジオ体操の映像が流れ始めたことだ。それも異世界の空に、である。この世界の青空は、反町が自由に使えるモニタか何かなのか。
そして、子どもの頃にイヤほど聞いたピアノの音色が聞こえてきた。
『やんないと連続ログイン切れちゃうぞー? いいのかなー? 無課金ガチ勢クロエッちは~』
ログボを人質に取られてはひとたまりもない。いつか反町に叛逆してやると唇を噛み締め、クロエは音に合わせて両腕を高く上げた。
『さあ、腕を上げて大きく背伸びの運動ー!』
「あ、私もやります! 血行がよくないといざって時に、ね☆」
クロエの動作で何をしているのか理解したのだろう、簀巻きから這い出したメインヒロインも腕を振り始めた。「いざって時に」の部分をすっぱり無視して、クロエはふと脳裏を過ぎった疑問をぶつける。
「あんたは見えてないんだよね? あの空に浮かんでんだけど」
「ああ、ヨシヒコ方式の女神様って話ですか。仰る通り、私には何も」
『そーそー。淫乱ヒロインちゃんには認識できないんだなー、これが。ま、女神様ガチ神だしー?』
「……つーことはさ、あんたもあたしと同じなワケ?」
「それは共通点を見出して共感するタイプの口説き文句ですね!? はわわ……まさかクロエ様に口説かれるなんて……! 今がいざって時ですね!?」
お空に映し出されているラジオ体操がちょうど両手を左右に振る動作にさしかかったので、隣の年中発情女に向けて思いきり裏拳をかました。
「ぐへあっ! 愛の鞭ありがとうございマッ――ぶひゃっ!」
「お前の名前、変態な。分かったら返事しな、変態」
「あはぁ、クロエ様ぁ……! そんな素晴らしい名前――をぶッ!? 与えていただ――ぎぃっ!? あり――がぁッ!?」
『草wwこのメインヒロイン頭おかしいwwwwウケるwwww』
「お前が言うな」
リズミカルにメインヒロインこと変態を何度か殴ると、クロエの頭もいい具合に冴えてきた。
何だかんだラジオ体操には効果があるのかもしれない。などと悠長なことを考えているうちにラジオ体操が終わり、空から食糧が落ちてきた。ログボだ。
反町は滅茶苦茶な女神だが、約束は守るらしい。
『でさあ、クロエッち。何する? 何する!? クロエっちは異世界でどんな物語を紡いで女神様を抱腹絶倒させてくれるの!?』
ログボのコンビニおにぎりをメインヒロインとせこせこ食べながら、クロエは考える。
確かに「スローライフしたい」とは言った。
だがそれは悪役令嬢やハードモードと比べたら、という次元の話だ。人類を支える農業の厳しさは、社会科の授業で芋掘り体験をしたことくらいしかないクロエでも身に染みて知っている。
クロエがやりたいことと言えば、生前思う存分ガチャを回せなかった無念を異世界で晴らすことくらいなのだ。
「ガチャだけ回して生きていきたい」
『はいそれ世の配信者みーんなやってるくらいありふれたことだからダメー。ラクなことにばかり逃げちゃいつまで経っても底辺配信者だゾ☆ ……いやマジでさ女神様もね、パズ
いつもの聞き流しの姿勢を取り、ため息をついた。
隣おにぎりを頬張るヒロインも、反応だけでおおかた察したのだろう、ハリウッド映画に出てくるおどけた黒人俳優みたいに「困ったもんだぜ」と肩をすくませた。
理解が早くて助かる。けど煽られているようでムカつく。
「とにかく、あたしは冒険とか陰謀劇とか農業とか全部やりたくないの。ガチャだけ回して暮らせるようになんとかして!」
『え? 冒険戦闘陰謀策謀外交戦略内政ぜんぶ乗せしたい!? えーマジクロエっちそれガチで最高じゃん! じゃ、クロエっちの異世界生活はそれで決まりー!』
「一言も言ってねーよ!?」
途端。ブオオと身体を震わせる重低音が響き渡った。
「何、今の音……」
「私の下のお耳にも聞こえました! こう、膜を震わせるような……!」
「下に耳なんてついてねえから! ちょっと反町、あんた今なにやったの!?」
『あれ? またウチなんかやっちゃいました~?wwwwww』
「異世界モノのテンプレ台詞吐いてんじゃ――」
音のほうへ視線を送った。
人影だ。こちらへ向かって全速力で走ってきている。
「説明しろこの状況を! 何が起こったの!?」
『デデン! これからクロエっちには、農業やりながらはぐれ盗賊と戦闘してもらいまーす!』
「はあ!?」
「く、クロエ様! あの人たち武器っぽいもの持ってますよ!? 私ムチと蝋燭以外はNGなんです助けてください!」
クロエの目もようやく事態を把握した。
簡素な鎧と手斧で武装した盗賊が3名、体型から察するに男2、女1。この世界がゲームなら序盤も序盤の雑魚敵だろうが、おあいにく様現実である。17歳の女子クロエと同じくらいの年頃の変態ヒロインが敵う相手ではない。
「いや、あんたが戦えよ!? 奴隷がご主人様に助けを求めんな!」
「えっ!? 今私のこと奴隷と認めてくださいました!? 性奴隷と!? 肉便器と認めてくださいましたね!?」
クロエの頭脳が、瞬時に盗賊3名とヒロインを天秤にかけた。
相手にするならどちらがいいか。悩みに悩んだが、天秤はわずかの差で傾いた。
「ああもう! 盗賊3人くらいどうにかしたらあッ!!!」
盗賊に組み伏せられ犯されるほうが、変態ヒロインに嬲り続けられるよりナンボかマシ。
それがクロエの答えだった。
「そんな……私を守るために戦ってくれるなんてご主人様ステキ……!」
『ほらほらクロエっちー。戦うだけじゃなくて農業もしなきゃダメじゃーん?』
「道具がないのに農業なんてできるか!」
『――道具ならあります!!!』
はた、と。普段の反町とは比べものにならないような威厳に満ちた声が轟いた。
クロエは昂ぶって動転した気分を抑え、わずかに芽生えた畏敬の念をもって天を見上げる。
反町は――いや、女神様がそこに居た。遙か高みから万物を見守る、慈愛に満ちた表情だ。何人たりとて犯すことのできない神性。見目麗しい姿で、クロエを見下ろしている。
「道具なんてどこにあんのよ……!」
『お気づきにならないのですか、クロエさん』
芝居がかった調子で女神様は質問に質問を返した。
反町は、悪態も奇行もありとあらゆる暴言の数々すべてを無視さえすれば、とにかく美しい女神なのだ。そして今、クロエの前に顕現している彼女はまさに、慈愛に満ちた万能の女神。
そう、言うなれば
だが、態度があまりにも様変わりしすぎて、クロエとしてはどうにもやりにくい。
「気づくって……」
『……実はあなたはもう、初心者応援キャンペーンの農業ミッションを達成しているのですよ』
「んなワケあるか! あたしは農業なんて一度も――」
『足元をご覧なさい』
言われるがままにクロエは視線を下げた。
大草原は、短い下草に覆われていた。レンゲにも似た小さな花が咲き乱れ、シロツメクサがいくつもコロニーを作っている。その他は、名も知らぬ雑草だ。
だが、よく目を凝らすと。
緑色の絨毯の中に、茶色くゴツゴツしたものがめり込んでいる。
これは――
「クロエ様!? 盗賊が来ますよ!? このままじゃ三日三晩のレイプ三昧ですよ!? 私はむしろバッチこいですけど、クロエ様が犯されるのなんて見たくありません私NTRはまだダメなんです!」
「んなモン一生ダメでいいわ! ていうかスカしてないで説明しろクソ女神!」
『クロエ、貴女は農家の星の下に生まれた者。農業王クロエ。自らの権威を証明したければ、チカラを示しなさい。大地から、剣を引き抜くのです!』
「ああもう! どうなっても知らないから!」
半ばヤケを起こしたクロエは、大地にめり込んだ茶色い物体を鷲掴みした。
ざらつく表皮には覚えがあった。
スーパーの野菜売り場へおつかいに行った時、家庭科の授業で皮を剥いた時、課外学習で体験した時。そして――
――ふざけた女神に投げつけた時。
クロエは万感の思いを込めて。
かのブリテンの地を治めた伝説的英雄アーサー・ペンドラゴンが自らの王位を証明したように、茶色い物体を大地から引き抜いた。
それは――《芽が出たじゃがいも》だった。
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