3連目 メインヒロインとガチャ
「むーっ! むむむむぅーッ……!!!」
「どうしようこの子……」
ログボのポテチとコーラを食べきってから数刻、クロエは女神様にお伺いを立てることにした。
なんたって女神様いわくの《めいんひろいん》だ。猿ぐつわとロープでギチギチに拘束されているが、本当にメインヒロインなら結構重要なキーパーソンのはずである。
「むむむーむ!」
「おーい、女神ー。女神様ー」
「むーむむむー!?」
だが女神様の返事はない。宣言通りアマプラに夢中なのだろう。あるいは明らかに犯罪行為なので、雲隠れならぬ青空隠れなのかもしれない。
――だったら出てきてもらうまでだ。
「むむむーむ! むーむむむむむ!」
「おいクソ女神、今すぐ出てこーい」
「むむむむむーッ!!! むむっむっむむむー!!!」
「女神様かわいー。抱いてー」
「むむむむむむむむむーっ! むむっむむむー!」
「アンタむーむーうるさいな!?」
「むむむむむむむむむむむむーっ!!!」
女神はテコでも動かないつもりだろう。こうなったらアレしかない。
クロエは「むーむー」静かに息を「むむー!」吸って、思いきり「むむーむむむむ!」叫ぼうとしてやめた。
「あーもう! 助けてやるからちょっと黙ってろ!」
「むっ!」
返事はいい。とはいえ今はメインヒロインよりも女神だ。
名案を閃いたクロエは、天に向かって声を上げる。
ガチャでもなんでも、押してダメなら引いてみるものだ。
「そりすぎてー?」
『反町隆史になったwwいや反りすぎて反町ってwwwwww反らない町もあるのかよwwwwwwブフォww』
「はい出てきた。あんた今日から反町な」
『ハッ! しまった!? ポイズン!』
お手軽に女神・反町を召喚してから、クロエは《めいんひろいん》の拘束を解いた。拘束を解いている最中も「むーむー」うるさかったが、自由になった途端クロエに抱きついてくる。
「たっ、助かりました! ありがとうございますありがとうございますっ! このご恩は一生忘れません! むしろ一生そばに居ます! この身をもって全身全霊あなたのために尽くす奴隷になります!!!」
「いやメインヒロイン重いな!?」
『おほー! 早速の百合展開キマシタワー! うっわー、女神様も拝んじゃうレベルでめっちゃ尊いー! 間に挟まりてェー!』
「どっちも寄ってくんなーッ!」
「ぎゃあああああああッ!?」
すがりついてくるメインヒロインを投げ飛ばす。たまたま下半身がいい感じの角度で飛んだのだろう、女神様は『おっひょー!』と気持ち悪い悲鳴をあげた。
『ふぁんつ! おふぁんつ見えた! 今メインヒロインのおふぁんつ見えたよふぁんつ!』
頭に血が上って大興奮している女神をよそに、クロエは投げ飛ばしたメインヒロインに目をやった。
「……生きてる? 勢いあまって死んじゃったりしてない?」
「ご、ご主人様…………」
「その呼び方やめて、クロエでいいから」
「で、では……クロエ様……。お話を、聞いていただけますか……?」
「まあ、いいけど……」
いちおう意識はあるようだ。
他に外傷がないか確認していると、メインヒロインはクロエの肩を掴んで言った。瞳がガンギマっている。
「私を!
「死ね!」
クロエ、メインヒロインの下腹部へ一撃! クリーンヒットだ。
「ぐひょえ」と珍妙な悲鳴を上げて転がるメインヒロインのおふぁんつに今度は女神様が反応し『わっしょーい!』と歓喜の声が上がった。
収拾が付かない。深刻なツッコミ不足だった。
「あんたらマジメにやれ! こっちは生き延びなきゃいけないんだぞ!?」
「私はイきたいです!」
「そのまま死ねド変態がァッ!」
「ぐへァ!?」
再びのクリーンヒット。
もはやメインヒロインの面影などない、単なるド変態に成り下がった女がクロエの隣で身体をヒクつかせていた。
途端、今度は女神の風上にも置けない女神・通称反町が声を上げる。
『キャンペーンミッション、クリアおめでとー!』
「あ!?」
クロエの眼前に、またしてもひらひらと《がちゃちけ》が降ってきた。
初心者応援キャンペーンのご褒美だろう。クロエは子どもがおままごとで作ったみたいな《がちゃちけ》を一応拾った。
もらった理由が分からなくても、ガチャは回したいのが人の情である。
『なんとなんと、「クリティカルヒットを2回出す」ミッションを達成したのです! やーこれ難しいと思ってたんだけどまさか素手で! しかもメインヒロイン殴って達成するとは! よっ! さすがクロエっち! 人の顔をした悪魔!』
「……あんたブッ飛ばして達成したかったトコだね」
『ハッハーン? やれるモンならやってみなよ! 掛かってこいよ、こっちこっち! ベロベロバー! ピッチャービビってる! ヘイヘイヘイ!!!』
相変わらず小学生レベルの煽りを繰り返す女神を無視して、クロエはガチャガチャに向き合った――ところで足が止まった。
クロエの両足を、メインヒロインがガッシリ掴んでいる。容姿だけはメインヒロイン感漂う長い髪を振り乱しているところなど、なんとも言いがたい執念を感じさせる。ハッキリ言ってホラーだ。
「待ってください。マジメに……マジメにやりますから殴らないで……」
「……本当? ちゃんと状況分かってる?」
『ウッソぴょーん!』
「……あの反町は無視していいから」
「あの……。クロエ様はさっきからどなたと喋っているんですか……?」
「え?」
クロエは直感した。
このメインヒロインには女神様を認識できないのである。自身を拉致してガチャのカプセルに詰め込む鬼畜の所業を行った女神に対して、文句のひとつも言うことができないのだ。
「マジで? あんた女神様見えないの、ヨシヒコ方式の」
「ヨシヒコは分かりますけど……。あれは女神様じゃなくて佐藤二朗ですよね?」
『誰が佐藤二朗だ。ま、確かにね? 適当が過ぎるトコあるな? ちょっとアドリブ効かせすぎてるトコがあるなってのはね、うん、自覚してる。自覚してるけどね? でもね、美女捕まえて佐藤二朗はないよ? うん、それ美女に対しても佐藤二朗に対しても失礼だからね。そもそもね、佐藤二朗にも佐藤二朗なりの良さがね』
「……これを聞き流せるあんたがうらやましいよ」
「え? 私がうらやましい? それって好きってことですか!?」
『キャッ! さっそく積極的ー! メインヒロインっぽーい! 今の台詞RTふぁぼしてスクショ撮っとこ! ってこれゲームじゃなくて現実だったわwwwwww草wwwwww』
「わかったわかった、マジメにやる気ないんだな! だったらあたしだけでもマジメにやってやる!」
クロエはメインヒロインの腕も女神様も振り切って、《がちゃちけ》を筐体に挿入した。白く光ったハンドルを回すと、やはりあっけなくカプセルが出た。
カプセルの爪に指をかけ、例の無駄に壮絶なガチャ演出に呑み込まれる。
空にヨシヒコ方式で浮かぶ女神様は雷雲に包まれて噎せた。
その辺に倒れているメインヒロインは、突然の嵐に吹き飛ばされないよう必死で下草を掴んでいる。
正直、どっちも飛んでいってほしい気分だったクロエだが、目の前のガチャに集中した。
周りの人物は誰ひとり頼りにならない。最低限の食糧くらいはログボで手に入るにしても、あれだけでは圧倒的に足りない。メインヒロインの分も手に入れなければならないのだ。
ならば、手に入れたガチャスキルでどうにか生き残るしかない。
となれば、まず必要なのは健康で文化的な最低限の生活を送るための衣食住。
――まっとうなアイテム、来い!
カパッ、とカプセルが開く。カプセルを突き破らんほどの勢いで漏れ出した白い光は、クロエの手を離れて大地に突き刺さる。
その途端、大地が揺れた。おそらくガチャ演出の一環だろう。相変わらずの過剰演出だが、これまでの2回のガチャとは違う演出だ。すなわち――
「これキたんじゃない? かなりのレア来たんじゃない!?」
『うわヤバ、クロエっちこれ激レア演出じゃん! 無課金でこんなの引かれたらマジ困るんですけどー!?』
大地に突き刺さった白の光がきらめいた。
瞬間、眩い閃光がクロエも女神もメインヒロインも包み込み――
「あっはははは! ざまあ! クソ運営ざまあ! 今度こそチートアイテム一発ピックだ! さあ、来い――!」
――クロエの目の前に、ガチャの中身が登場した。
一見すると、それは小さな家のようであった。屋根がついているのだ。薄く透けたシルク地のカーテンが屋根から垂れており、さながら壁のように周囲を囲んでいる。
壁の内側は、これまた柔らかそうなシルクの床が見えている。高床だ。この異世界に生息しているかは分からないが、ネズミや毛虫のような害虫を寄せつけないのはありがたい。
だが、これは家ではない。なぜなら。
クロエは《天蓋つきベッド》を手にいれた。
新婚カップルにもやさしい、ふたりで寝てもゆったりのキングサイズである。おまけに、クラシカルな雰囲気にはまったくそぐわないYES/NOとプリントされた枕がご丁寧にも2つ鎮座していた。
「激レアがベッドかよ!?」
『はあ何言ってんの超激レアじゃん!? これ女神様が「いつかニャンニャンできればいいなー?」ってアマでポチったんだよしかも自腹で! 使う機会なんて一度もなかったけど! って言わせんな恥ずかしい! ……いやマジでホントに恥ずかしい、ウチなんで買ったのベッド、相手も居ないのに……』
しかも、どうやら女神様の私物らしい。
この性格だ、未使用なのは予想の範疇だろう。
「こんなモンでどうスローライフ送りゃいいのか聞いてんだけど?」
『いいじゃん、クロエっち家欲しがってたっしょ? 屋根あるし壁あるし寝れるしメインヒロインも居るし! このクソリア充! 陽キャ! パリピ!』
「この女のどこがメインヒロインだ! だいたいイロモノ三流ヒロイン拉致っただけじゃん!」
クロエが指した先に、メインヒロインは居なかった。
なぜなら彼女はすでに、天蓋つきベッドにおさまっていたのである。彼女からすれば、突如出現したばかりの得体も知れないベッドだというのに、一切の躊躇すらない。恐るべき順応性だ。
『ほらほらクロエっちー。女の子待たせちゃいけないんだゾ☆ さあ、ベッドにルパンよろしくダイブ!』
「誰が――」
ツッコもうとした途端、メインヒロインが目を見開いて叫んだ。瞳は血走り、泳いでいた。ガンギマっている。
「これもうプロポーズってことでは!? ベッドはセックスの暗喩では!? スローライフじゃなくてスローセックスしましょうっていうお誘いでは!?」
『そり! そりすぎて――』
「んがああああああああッ!!!」
クロエは悶絶した。
ツッコミが追いつかなかった。アホが多すぎる。
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