2連目 初心者応援ガチャ

 「ヒネりのない死因だな」とクソみてーな不謹慎発言をカマした女神様にガチャスキルをもらった転生者クロエ。

 ただし、チュートリアルガチャの結果は《じゃがいも》でした。


「はーマジじゃがいも1個で何しろっての? 食うの? 植えんの? ぶつけんの?」


 クロエが叫んでも、答えは返ってこない。

 女神様曰くのである世界の終わりみたいな天変地異も、いつの間にか収まっている。見渡す限りの大草原とはるかに高い青い空だ。


 ――これからどうするべきか。


 クロエはまず、異世界転生モノの作法に則って、自己分析を試みた。

 口はひどく悪いが、クロエは17歳の女子高生だ。

 外見はうら若い乙女だが、容姿は平均的。特別な技能もなければ成績も平均、運動もまあそこそこ得意くらい程度である。

 手に職ついてもいなければ、特筆すべき個人スキルがあるわけでもない。


「英検3級じゃ無双できないよなあ……」

『それなー!』


 忌々しい声が頭上から聞こえた。

 見上げると、青空の中に半透明な女神様の姿が浮かんでいる。マンガやドラマで、死んだ仲間が空から主人公を見下ろしてる的なよくあるアレだ。


「……何その登場。死んだの?」

『いやー、よく考えたら女神様、地上降りちゃいけないんだったわ。だから今後は方式でお送りしたいと思います。って誰が佐藤二朗だ、あれか? キミあれか? とりあえず口悪いフリしとけばカワイイだろって思ってるあれか? あれだよね?』

「どうでもいいけど。ん」

『いや、んって。何、んって? 手突き出してどうしたん? あっ、もしかして強請ゆすりり? おねだりロリ!? キャーおまわりさーん! この子公然カワイイ罪で逮捕してー!」

「ログボちょうだい」

『えー?』


 ログボ。ログインボーナスの略である。

 ほぼすべてのソシャゲに実装されている運営からのプレゼントだ。数日間ほど連続でログインするとガチャ1回分くらいの石がもらえる機能である。


「無課金勢だったあたしの生命線はログボなの! ていうか生活基盤もカネもないのにどうやって生きてけっていうの? じゃがいも生で食うぞ!?」

『今どきの若者はゲーム脳だなあ。ほいログボ実装! デデン! 1日目ボーナスお待ち!』


 ひゅーん、とクロエの頭に何かが落ちてきた。

 《ポテチ》と《コーラ》を手に入れた。


「いやなんかこう……文句言いづらいラインナップだな!」

『そり! そりすぎて――』

「反町はもういいから!」

『言いたいことも言わせてもらえないこんなこの中じゃポイズン。ってやかましいわwwwwww』


 女神様のひと世代古めなクソノリツッコミを聞き流して、クロエはポテチをコーラで流し込んだ。

 どこで食べてもポテチとコーラは美味い。ド安定の味。


「でさ、これからあたし何すればいいの?」

『他人に聞く前に汗水垂らして自分で見つけんしゃい! って言う人居るじゃん? あれクッソ非効率で非合理的だよね」

「……うん。あたしの話聞いてた?」

『もち聞いてた聞いてた。女神様の教え、聞きたい? 聞きたい?』

「聞かせて」

『教えてやんねー!!!』


 クロエはじゃがいもをブン投げた。


『へー! そんなモン届くかよへエエエーッ! バーカバァーッカ! ヴァァァァァーッカ!!!』

「ムカつく……」


 神様には人間の価値観が通じない、という話をクロエは思い出した。

 だから人間には神の考えを理解できず、その行動のすべてが不条理なものに見えるらしい。

 それにしたところで、いまの煽りは小学生男子並の低レベルである。曲がりなりにも美しく、異世界に転生させてチートスキルも与えてくれるような女神様なのに、どうしてこんな畜生じみた仕上がりになってしまったのか。


『あーもう話が進まん! デデン! 初心者応援キャンペーン、実装ーっ!』

「誰のせいで――え? 初心者応援?」

『そ! クソザコクロエっちでもなんとなーく異世界転生やれるよーに、女神様直々に丹精込めて作ってあげました! はい拍手~』


 初心者応援キャンペーンもソシャゲにはつきものだ。

 簡単にクリアできるミッションを達成すればアイテムが貰えるという、右も左も分からない初心者にはありがたい機能だ。


「てことは、石とかガチャチケも貰えたりするワケ?」

『マ? マ!? って思うよね! ガチでーす! キャンペーンミッションをクリアしたら、ガチャチケたくさんプレゼント!』

「ガチで!?」


 クロエは思わず立ち上がって喜んだ。

 ついでに先ほどの非を謝ろうと思ったが、どう考えてもこちらには非がないので今後絶対女神様には謝らないと決めた。


『しかも最初のミッションは、ガチャ回すだけ! つまりもうクロエっちは達成してまーす! 女神様マジ天使!』

「マジで? すごいじゃん……」

『フッフッフ。でさぁ、最初のご褒美は何だと思う? クソザコナメクジクロエっちは何もらえたら嬉しい?』

「それは――」


 言いかけて、クロエは考え込む。

 異世界転生モノの素養がある程度あるクロエとしては、どうしても避けたいルートが2つある。

 ひとつは悪役令嬢ルート。このルートに進めば気狂い女神のオモチャにされてしまう。

 もうひとつはハードモードルート。言わずもがな、クロエには絶対に無理である。


 ――ならば、スローライフ。

 異世界スローライフものは拠点生産系がほとんどだ。農業なり何なりで自給自足しなければならないのがキツいけれども、他の2ルートよりはまだ現実的に思える。となれば必要なものは。


「――まずは住むトコでしょ、家くれ」

『アァン!? 異世界ナメてんのかこの野郎! イチバン重要なのはメインヒロインじゃろがい!!!』

「は!?」


 途端、クロエの頭上に例の紙切れが降ってきた。

 女神様お手製の笑っちゃうような《がちゃちけ》だ。しかも今回はA4コピー用紙製ではなく、いろがみの金色に黒のマジックで文字が書かれている。


 《めいんひろいんがちゃちけ》と。


 女神様は急にしおらしい態度を取ると、目元にハンカチを当てて涙を拭った。


『女神様ね、思ったんです。遠い異世界、親類縁者も友達もいない天涯孤独のクロエっち……。そんなの絶対悲しいよね、女神様も友達いないから分かるんだ……』

「女神様……」

『でさ、「ぼっち女神だけど質問ある?」って女神小町にスレ立てしたらさ? 「陰キャ乙」とか「同じ女神として恥ずかしい」とか「カマドウマに転生してトイレの神様になれば?」とか「それ草wwいや臭ww」「誰うまww」とかテンメーあのクソ女神ども絶対特定して片っ端から凸ってやっからな腐れマンコサノバビッチどもが!!!』


 感情の起伏激しめな女神様を無視して、クロエは金の《めいんひろいんがちゃちけ》をバンダイのガチャガチャ筐体に突っ込んだ。ジジジ、とのんびりした動作でチケットが吸い込まれ、今度はハンドルが金色に光る。


「ねー、回していい?」

『ああそうだまわしてやる! 犯して姦して滅茶苦茶にして信者達の前に晒してやる……アヘ顔ダブピー快楽堕ちさせて信者ドン引きアーンド全宇宙からシコネタ扱いされるドスケベ女神にしてやるわ……! ヒヒ、ウヒヒヒヒ……!!!』

「カプセル空けるねー?」


 流れるようにガチャを回し、カプセルに手をかけた。

 途端、やはり先ほどのような強烈なガチャ演出が吹き荒れる。絶対今出す演出じゃないだろうと思いつつも、クロエはカプセルの爪に指を突き立てて力を入れた。


 ――とりあえず、レアこい!


 パカッ、とカプセルが空き、今度は手元ではなくクロエの足元が光った。見たところ人間のシルエットだ。

 さすがは《めいんひろいんがちゃちけ》である。ガチャから人が出るのはどうなんだろうとは思ったが、クロエは特に考えないことにした。

 無課金勢のクロエにとって、タダほど嬉しいガチャはないのである。


『……あれ、もう回したの? まったくクロエっちってば乞食~♪』

「てへー☆ それより、そろそろ演出終わるよ!」

『よーっし! 出でよ、メインヒロインーッ!!!』


 ガチャ演出の嵐が止み、クロエの足元の光が消えた。

 姿を現したのは、人間大の少女――


「むーっ……! むーむーっ……!!!」


 ――が猿ぐつわを咬まされ、両手両足をロープでギチギチに縛られている。

 とてもコンパクトだ。

 ズタ袋やスーツケースの中に収納すれば、簡単に持ち運べちゃいそうなほどに。


「…………アンタこれさ、拉致――」

『は、はーい! メインヒロインゲットおめでとー! じゃあ女神様アマプラでウォーキングデッド見るのに忙しいからばいばーい!』


 ヨシヒコ方式とやらで空に浮かんでいた女神様は、スッと消えてなくなった。

 見えているのは清々しい、綺麗な青空だ。清々せいせいした。


「いやこれどうすんのよ……」


 クロエはとりあえず、少女の猿ぐつわを外す――のは説明が面倒なので後回しにして、ログボのポテチとコーラを食べきることにした。


 クロエはガチャで《めいんひろいん》を手に入れた。

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