よりみちごはん
一ノ清カズスケ
プロローグ
病院にて at病院食
「あ・・・・・・。」
白い天井と、ツンと僅かに鼻を掠める消毒液の臭い。
なんだろ、ここ。
それに・・・・・・私、汗をかいてたのかな。服が少し湿ってる。
「目が醒めた?上原っち。」
高校の友達の渡辺さんが私の顔を覗き込んでいる。
ふかふかとした感触に頭が沈み込む感覚。指からはシーツのツルツルとした触感がする。
次に顔を動かさずに目をきょろきょろとすると、清潔感のある部屋と真っ白なベッドに私はいるらしい。
そして、ナース服の女の人が一人私のすぐ横に立っている。
その人を見ようと横を見たときに、腕に繋がれた点滴が目に入った。
私はどうやら病院の個室に寝かされているらしい。
「では先生を呼んできますね。」
そう言って看護婦さんが部屋から出て行った。
「あれ、私・・・・・・。」
なにがあったんだろう・・・・・・。
どうしよう、大きな病気にかかっていたら。
最近、ずっと勉強ばかりだったしなぁ。
そうだったらどうしよう。
「なんか食べたいものある?何でも・・・・・・は難しいけど、コンビニで買えるものなら何でも買ってくるし!」
渡辺さんが手にした通学カバンから財布を取り出し、ジジッとジッパーを開ける。
ジャラジャラと小銭の音がした。
「やっぱ、飲み物だけでいい?」
苦笑いしながら私を見る。
「ううん、何もいらないよ。ありがとう。」
私がそう言うと、残念そう?それともホッとしたような表情で財布を鞄へ仕舞った。
「面会時間はもう過ぎているから早めに帰るように。」
医師の先生が渡辺さんへ言った。
それにはぁーい、と気だるそうとも思えるような声音で返事をしていた。
先生が言うに、私は栄養失調で突然倒れたらしい。
学校の帰り、一緒に帰っていた渡辺さんがすぐに119番してくれたらしい。
「保護者の方は?」
眼鏡を掛けた先生が賢そうな低い声で訪ねる。
ここに渡辺さん以外誰も来ていないからかな。
救急車で搬送しているときにお父さんに連絡を取ろうとしたらしいけど、一切電話に出れたかったらしい。
今日も仕事忙しかったんだなぁ。
「はい。お母さんは2か月ほど前に交通事故で亡くなって、お父さんは海外を飛び回るお仕事なので来られません。大学生のお姉ちゃんは東京の大学に行っていて来られません。」
「そうですか・・・・・・。」
そういうとその人が一枚に紙を私に手渡し、そこに父の名前と電話番号、メールアドレスを記入するように言われた。
一緒に手渡されたボールペンをカチリとノックしてサラサラとそこに言われた項目を書いていく。
看護師の人がその紙を受け取ると「退院は念のため明日に。」と言って先生と看護婦の人が部屋から出て行った。
コツコツという足音が遠ざかっていき、耳へと届かなくなった。
「ねえ、上原っち。」
椅子に座っていた上原さんがベッドに手をつき、上体をこちらへ乗り出してくる。
勢いでその長い髪が頬に一瞬触ってこそばゆかった。
「な、なに?」
と、彼女が両手で私の頬に触る。
冷たっ。渡辺さんって冷え性なのかな。
それからペタペタと位置をずらしつつ手の平で私の頬をクイックイッと押してくる。
たまに親指が骨に当たって痛い。
「うわ、肉ほとんどないじゃん!目もなんか窪んでるし!」
「そ、そうかな?」
最近怖くて鏡なんて見てなかったせいなのもあるけれど、そんな顔になってたんだ私。
「お腹も触っていい?」
え?おな・・・・・・つめたっ!
夏パジャマみたいに薄い入院着のせいで冷たさが直に伝わってくる。
まだなんも言ってないのにいきなり触ってきた。
「ちょ・・・・・・やめ・・・・・・。」
その手がこれ以上そこに留まらないように掴もうと手を伸ばしたのを見計らってか、スッとそれが引いた。
「ご飯、食べてないんじゃない?なんで?」
確かに最近家ではごはんは食べないようにはしていたけど、そんなに私って痩せてしまったのかな。
「だってご飯を食べないといつもより集中できる気がするし、それに家で食べるのはつまんないから・・・・・・。」
学校のお昼にお弁当はちゃんと食べていたから心配はかけていなかったつもりなんだけどなぁ。
「んー、食べないより食べたほうが集中できない?いや、昼後の数学とかは眠くなっちゃうけどさ。」
「いつも寝てるもんね・・・・・・。」
う、と彼女が言葉を詰まらせる。
もしかしたら冗談のつもりで言ったのかな・・・・・・。
結構目立つ寝息を立ててるよ渡辺さん。
「ま、まああれだし!食べるのがつまんない、っていうなら楽しくすればいいんだって!」
「どうやって?」
食事を楽しく?
食事って私にとっては、ただ出たものを口に入れて噛んでそして飲み込む、その作業の繰り返しをするものっていう認識がある。
味は重要だし見た目も重要だとは思う。
その作業を早くしてくれるから。
でも、そんなのを楽しくするという発想なんてなかった。
「次学校に来た時に教えるし!」
そう言い歯を見せて笑った。
その時、部屋の外からカラカラと何かが地面を転がる音がする。
その音はこの部屋の扉の前で止まり、程なくしてガラっと扉が開かれた。
「よく噛んで食べてくだ・・・・・・面会の時間は終わりですよー。」
さっきと違う看護婦の方がトレイを何個か乗せた2段の鉄製のワゴンを引いて入ってくる。
その人が愛想笑いを浮かべて渡辺さんを見ている。
やべっ、と口から漏らすように言うと「んじゃ、近いうちに学校でー!」と言ってワゴンを横歩きで躱しタッタッ、と弾むような足音で去っていった。
しばらくしてから「病院内では走らない!」と大声が聞こえてきた。
看護婦さんがワゴンからトレイを一つ取り出し、ベッドに備え付けになっているテーブルへとそれを置いた。
「30分後に一度取りに来ますね。」
そういうと部屋から出ていき、再びカラカラという音とそれがピタっと止まったりを繰り返しつつそれが遠ざかっていった。
「ご飯かぁ・・・・・・。」
白いご飯と・・・・・・これはコーンスープかな?それにひじきと人参の煮物、きゅうりと大根と人参のサラダの上にはジュレ状のソースが掛かっている。
それとハンバーグがある。
トレイに置いてあった箸を手に取って両手を合わせる。
「いただきます。」
コーンスープを飲んでみる。暖かいけどそれだけかな。普通の味。
煮物とサラダは・・・・・・いつもの食べているものと似た味かな。可もなく不可もなく。
ハンバーグかぁ。食べたくないなぁ。
一緒に作ろうっていってボウルに入れたタネをコネてお父さんにおっきいのを作ったり、こっそりお父さんのから肉を取って私のに合体させたり。
とはいえ取り合えず、手頃な大きさに切って一口いれる。
懐かしい味がした。
やっぱり食べるのはやめておこうかな。辛いや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます