なぁにあっくん、もしかして私のこと口説いてるぅ?

「イルカ、かわいかったな」

「だね。癒された~」

「小さい頃からずっと通ってるからイルカたちも代替わりしてるな」

「小さい頃、大好きなイルカさん、キュウタくんが死んじゃった時はショックだったなぁ」

「あれからしばらく水族館行かなくなったよな。キュウちゃんのいないイルカショーなんて見たくないって」

「また、水族館に通うキッカケくれたの、あっくんだったよね。キュウちゃんの子どもの晴れ舞台を見に行こう! って、私の手を引いてさ」


 人っ子一人いなくなった会場。イルカがいなくなっただだっぴろいプール。静かに揺れる水面を眺めながら、昔のことを反芻する。


「その頃の俺、キュウタくんの子どもがはじめてイルカショーに出る日、偶然知ったんだよなー」

「嘘。あっくん、何回も水族館に電話したんでしょ? キュウちゃんの子どもは元気に育ってますか? いつぐらいにショーに出るんですか? ってしつこく何回も、何ヶ月も聞いたらしいね」

「なんでそれ知ってんだよ」

「もちろんおばさんから聞いたんだよ」

「オカンめ。余計なことをしてくれる。数年越しにこういうのバレるとかカッコ悪すぎるだろ。下手に付き合い長いと地雷も多くて困る」 

「私は困らないよ。楽しい思い出一杯だし。キュウちゃんのことだって、おばさんから聞いたとき、幸せな気持ちになったんだよ。あっくんは、私が辛い時、いつも寄り添ってくれるよね。そういうの、すごく嬉しいんだ」


 久しぶりの二人での外出。昔のことを思い出す馴染み深い場所。ショーが終わった後の、物寂しげな雰囲気。

 それらのせいだろうか。遥がこんなに直球で胸の内を伝えてきたのは。

 なんだよ急に。どうした? そんなこっぱずかしい台詞吐くなんて珍しいじゃないか。

 と、咄嗟に浮かんだ言葉を呑み込む。茶化していい場面じゃないよな、どう考えても。

 実は俺も少々ノスタルジックな気分になっている。ここは俺も素直になってみますか。


「俺も、遥にだいぶ救われてきたよ。俺がナメニストとして覚醒した時、からかってくるやついたよな。いつも、かばってくれたよな。すっげぇ心強かった。変わらず、同じように接することのできる人間が近くにいる。思い出を共有することができる。他愛のない話をすることができる。こうやって気軽に出かけてさ、適当に話ながらプランとか決めずに行きたいとこ行ってさ、そういうの、こう、劇的に楽しいわけじゃないんだけど、すっげえ気が楽だし落ち着くんだよな。んで、人生ってそそう毎回全力出せるわけじゃないだろ? 友達と計画立てて遊びに行くとかもいいけど、限定的なもので、生活の大半はそういうのとは別のところにある。その、生活の大半を占める日常を彩ってくれる存在が俺にとって遥なんだよな」


 やば。話しすぎた。内容もクサいことこの上ない。早くも羞恥でこの場から逃げ出したくなってきた。

 そんな俺の気持ちを察したのか、遥がおどけてこう言ってくれた。


「なぁにあっくん、もしかして私のこと口説いてるぅ?」

「は、はぁ? 何言ってんだか」

「だよねー。あっくんに限ってそれはないかー」


 あははとぎこちない笑いを交わす。

 遥を口説く、か。小野や原田から遥との仲を茶化されるたびに、幾度となく意識させられる問題。それが、遥に恋心を抱けるのか。否、もう既に抱いているのか。

 そもそも気持ちに名前をつけて定義付けすることが間違ってるんじゃないだろうか。愛とか恋とか友情とか。他人に自分の気持ちをインスタントに伝える手段としてはいいかもしれないけど、自分の気持ちは自分だけのもので、いわばオリジナルだ。他人と全く同じなんてこと、ないと思う。

 俺が遥に抱いている感情。深く考えすぎて、こねくりまわしすぎて、形がおぼろげになってしまったけど、元はとてもシンプルだったような気がする。


「なあ遥、もし俺がお前のこと、す」


 そこまで言いかけたところで、俺たちの目の前に、男性が現れた。

 金髪碧眼で長身。おまけにイケメンでまるで王子様のような風貌。

 その人物が、遥の前でひざまずき、情熱的に遥の目を見つめる。


「我が女神よ。貴女こそ、ボクの運命の人だ。唐突で申し訳ないが、ボクの恋人になってくれないだろうか」


 風雲急を告げる。

 あまりに突然やってきた、非日常。


「え、天原くん!?」

「昨日のナメニスト!」

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