水族館
幼い頃からよく利用していたオムライスの店へ入るなり、俺も遥もテーブルへ突っ伏した。
「疲れたね」
「だな」
「まさかカトちゃんや甲斐ちゃんと会うなんて。あれ、デートだよね」
「え? いやいやそれはないだろ」
「にぶちんだねあっくんは。加藤ちゃんも甲斐ちゃんも明らかにいつも以上にオシャレしてたし、テンションも高かったよ。原田くんや小野くんはデートって認識してないだろうけど、少なくとも女子二人は違うはず」
「へぇ。全然分からなかったわ」
「だろうね。現在進行形で分かってないだろうし」
「どゆ意味」
「そゆ意味」
「イミフ」
「ばーか」
「突然の罵声に小生驚きを隠せません」
「とりあえず注文しよ」
「ラジャー」
ゆるゆる会話しながら身を起こし、メニュー表を手に取る。
「あっくん決めた」
「決めた。遥は?」
「私も」
店員さんがやってきて、注文をとってくれる。
「デミグラスソースオムライス一つ」
「あ、それもう一つお願いします。あと、オニオングラタンスープで」
「それもう一つお願いします。あとオレンジジュース一つ」
「それもう一つお願いします。以上で」
かしこまりましたと一言告げ、店員さんは厨房の方へ向かった。きっとあの店員さんはなんだこいつらと思ったことだろう。注文が全部被るなんて思ってなかった。こんなことになるなら事前に何選んだか話しとけばよかった。
料理が届く。他愛のない話をしたり、無言で食べることに集中したり。
相手との過ごし方を知っているからこその、穏やかな時間。
落ち着く。遥相手だとこんなにも過ごしやすいのか。
食事を摂った後、映画を見ることになった。
案の定、推理モノと恋愛モノとで意見が割れ、結局そのどちらでもないSFモノを見ることに。
見終わった後はカフェで映画の内容について熱い議論を交わした。俺も遥も理系なので議論が捗る捗る。
映画について語り終わった後、学校についての話題で盛り上がった。主に友達についての話だ。
「近いうちにカトちゃんと原田くんはくっつくね」
「いーや、それはない。あの二人は友人関係でとどまると見た」
原田や小野が俺と遥の仲についてやたら言及してくる理由が分かったかもしれない。こういう話、傍観者側なら案外面白いな。
先生や噂話等、学校についての話題が尽きたため、将来の話や昨日見たテレビの話など話題が飛び飛びになる。
会話自体は至ってスムーズに流れていき、ストレスはほぼ皆無。一人の時間も大切だけど、こうやってだらだらだべるのも大事なような気がする。精神衛生上。人は一人では生きられない、という言葉の意味が少し分かったような気がする。
「夕ご飯にする前に行っておきたい場所があるんだけど」
「どこだ?」
「水族館」
「ああ。あそこか。今から行けばイルカショーに間に合うな。久しぶりに行くか」
「うんっ」
幼い頃と同じように、遥が俺の手を握ろうとする。寸前で、手が止まった。
遥は気まずそうに手を引っ込め、ぎこちない笑みを浮かべた。
遥と久しぶりに出かけて、昔のことを思い出した。
遥は寂しがりやで臆病で、外にいるときはいつも俺と手をつなぎたがった。小学校高学年くらいからそれはなくなったけれど。
童心に返るのも、悪くないよな。
「また泣かれちゃ困るしな。全く、外を一人で歩くのが怖いなんて、遥は本当に臆病なやつだなー」
わざと子どもっぽくトーン高めでそう言い、引っ込めた手を握る。
ハッと何かに気づいたように目を丸くした後、小さく笑みを浮かべ、微かな力で握り返してくる。
「あっくん、ありがとうね」
遥の声も、どっかあどけなさを感じる。
いつからか、遥が俺に手をつないで欲しいと言う前に、俺の方からつなぐようになってから、遥は決まってそう言った。
がああああこれ後で思い出して死にたくなるやつだけどやっちまったもんはしょうがねえ。このまま押し切る。
遥を先導して水族館へ。
一〇分ほど歩いたところで、やや古めの外観が見えてくる。
ところどころひび割れた白い壁。子どもウケのよさそうなアンリアルでポップな海の生物たちのイラスト。俺と遥にとってはなじみ深い、小規模で質素な水族館。
色んな水族館の存在を知っているからこの水族館がショボいというのが分かるのだが、当時は夢の国に他ならなかった。
入館料を払い、順路を進む。
魚たちの種類は数年経っても変わっておらず、その全てを知っていた。遥と二人で答え合わせをするように交互に魚の名前を言い当てていく。
「イルカショーの時間まで三〇分か。微妙な時間だな。どうする? ドルフィンカフェで休憩でもするか」
「……あっくん。実は今日、あっくんのために、作ってきたものがあるんだ」
大水槽のあるエントランス。その壁際にあるイスに座りつつ、遥は自らの鞄をあさりはじめた。
隣に腰を降ろし、遥が何かを取り出すのを待つ。
何を作ってきてくれたんだろう。おやつ? それとも手芸的な何かだろうか。誕生日とかでもないし皆目検討がつかない。
遥が差し出したのは、350MLペットボトル。ケースに包まれていて、中に何が入っているのか分からない。
「なんぞこれ? 作ってきたってことは、ミックスジュースか何かか?」
「う、うん。ある意味、ミックスジュースだね。あっくんにとっては。その、そろそろお腹が空いてしょうがない頃なんじゃないかなと思って。朝、朔夜ちゃんに食べさせてもらってたらそんなことないかもしれないけど」
「いや、朔夜は昨日の疲れで俺が家出る時もまだ寝てたぞ」
「そ、そっか。ならちょうどいいね」
ん? 言葉のチョイスが変なような気がするのは気のせいか?
昼食は遥とオムライス食べたし特段腹が減っているわけでもない。おやつ的な意味で腹が空いてるってことなのかな。
なんだかよく分からないけど、ありがたくいただくとしよう。
キャップをひねる。
内容物が外気に触れ、僅かなにおいが漏れた瞬間、意識が持って行かれそうになった。吸血欲求という魔物に。
こ、このジュースはまさかまさかまさか!
朝、朔夜から体液の提供を受けていなかったため、吸血欲求が爆発した。
一息に飲み干す。
様々な味が混じり合い、何の体液か判別がつかない。
甘いような、酸っぱいような、クラクラするような。
一つ言えることは、空腹だったということもあり、圧倒的に美味いということだ。
「美味い……美味すぎる……なんだこれ……俺にとっての神酒……もっと、飲みたい。作ってくれ今すぐ」
思わず遥の肩をつかむ。
「む、無理だよぉ。そんなすぐ作ることできないし、心の準備とか諸々、すごく大変なんだから」
目を逸らし、もじもじと内股をこすり合わせる。
さっき俺が飲んだミックスジュース(?)の中身はなんなんだぁぁぁぁああああ!
「また、作ってくれるの、楽しみにしてるよ」
「すぐには無理だからっ! あんな恥ずかしい思いしながら作るの、そうそうできないよ。あれ、私、とんでもないもの作ってあっくんに飲ませちゃってない?」
「遥! 冷静に考えちゃいけない! 遥は吸血鬼のドナーとしてこれ以上ない働きをした! それでいいじゃないか! な?」
「そ、そうなの、かな。うん、深く考えると自我が崩壊しそうだからやめとこう」
どうやら自分の中でなんとか消化できたようだった。めでたしめでたし。
俺は遥の肩から手を離す。
幸いなことに、体液量は足りていたらしく、吸血欲求は収まってくれた。
「ありがとな。おかげで吸血欲求の方は大丈夫そうだ」
「どういたしまして」
「若干早いけど、イルカショーの会場行くか」
「イルカさんたちの練習風景見れるしね~」
席取りの意味でも、と言おうとしたが、そもそも日曜日でも半分くらいしか埋まってないことがほとんどなため、やめた。この水族館の経営が心配になる。
イルカたちが飛んだり、飼育員さんたちからエサをもらったりしているのを見ていたら、あっという間に開演時間になった。
飼育員のおねえさんの元気なアナウンスでイルカショーがはじまる。
イルカたちの息の合ったジャンプ。ヒレを使って手を振る愛嬌ある仕草、飛び交うキュイキュイという可愛らしい鳴き声。
大ジャンプを決めた時などは、近くに座っていた老夫婦や幼い子どもと一緒になって歓声を上げ、手を叩いた。この瞬間だけは年齢性別関係なく、会場が一体になった気がする。
子どもは子どもらしく。大人は子どもに戻ったかのように、ショーを楽しんだ。
ショーが閉演し、ぽつぽつと人が立ち去っていく中、座ったまま感想を言い合う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます