それもうカップルだよね

「それもうカップルだよね」

「振り返ってみると恋人同士の行動そのものだけど、違うから。俺と朔夜はそんなんじゃないから。吸血鬼の主と眷属っていう清い関係だから」

「清い、のかな。吸血鬼業界だと」

「そうだ。美しき師弟愛なんだ」

「そういうことで納得しよう。どう? 朔夜ちゃん、楽しんでた?」

「それはもう。スケートが気に入ったみたいで、一人でずっと滑ってたよ。アトラクションも好感触」

「そっか。よくやった。偉いぞあっくん」

「なんだお前」

「ふふふ」


 朔夜と、その、アレな行動をしてしまったことも話したのに、遥の声音が優しげだった。朔夜が遥の家に泊まった時に色々話したのだろうか。


「ありがとな、遥。お前としょっちゅう遊園地行ってたおかげで、朔夜に楽しんでもらうことができた」

「お礼なんて言われてもねぇ。私は好きであっくん連れ回してたわけだし」

「そうだ。思い出してきた。遊園地にあんまり興味無かった俺を遥が振り回してたんだった」


 ヒーローショーをやってる別の遊園地に行きたかったのに、無理矢理アイス・ランドに連れていかれたことが昔あったような。遥はアイス・ランドが大層お気に入りで、年パスまで持ってたような気がする。中学二年くらいから、誘ってくることがなくなり、俺も自分から誘うことはなかった。


「振り回してたとは失礼な。なんだかんだあっくんも楽しんでたよね」

「あーそうだったか。あんまり覚えてないかも」

「スケートが中々上達しなくて転びまくってたのに楽しそうに笑ってたり、ドームの中で雪合戦できる時期は私に雪玉ぶつけまくって笑ってたり」

「そんなこともあったなぁ」


 次々によみがえる記憶。幼少期の記憶は鮮明ではないけれど、遥と日々楽しく過ごしていたということだけはしっかり覚えている。


「そだ、明日のことなんだけど、駅に九時集合ね」

「どっかで遊ぶとかじゃなく、ぶらぶら歩いたりウインドウショッピングしたりするんだよな」

「そうそう」

「アイス・ランドでもいいんだぞ。俺は二日連続でも全然かまわないけど」

「ううん。明日は適当に駅近くで過ごしたいの」

「そか。分かった。遅れないように行くよ」

「寝坊したら奢りね」

「全部?」

「もちろん」

「きっつ」

「じゃあ寝坊しないこと!」

「へいへい」

「話もまとまったことだし、そろそろ切るね」

「おう。また明日。おやすみ」

「おやすみんみんぜみ~」

「まだセミは鳴いてないだろ。じゃあな」


 どちらともなく電話を切る。遥がああやっておどけるとは、よっぽどご機嫌なんだろうな。

 さて、寝るまでの時間、明日のコーディネートを考えることにしよう。朔夜と出かける時用に遥が考えてくれた組み合わせでもいいんだけど、それはなんだか失礼な気がするから。



 翌日。日曜日。

 ゴミ出しをし、クイックルワイパーとコロコロで軽く床掃除をし、朔夜の朝ご飯を作り置きしてから、家を出た。

 いつもなら起きてくる時間に朔夜が起きてこないので心配して見に行ったら、見事にヨダレを垂らしながら眠りこけていたため、起こさないように注意しながら準備を整えた。疲れてたんだろうな。ゆっくり寝かせてやろう。

 家事をしたため、時間ギリギリになってしまった。

 小走りで駅へ向かう。

 八時五八分。セーフ。

 駅の柱を背に、遥は既に待っていた。


 紺色のキャスケット帽。フリルがふんだんに使われた白いトップスに、薄黄色のカーディガン。ベージュの膝丈キュロットスカート。両手でサマンサタバサの花柄バッグを持っている。

 高校生になってから、遥のよそ行き用の装いを見たのは、今日がはじめてかもしれない。

 女子、って感じだ。どこがどう良いのか上手く言えない。女の子なんだな、と当たり前の言葉しかでてこない。

 っと、突っ立ってる場合じゃない。早く声をかけないと。


「おっす」


 俺が声をかけると、パッと表情が明るくなった。


「おはようあっくん。時間通りだね。関心関心」

「悪い。もうちょい早く来たかったんだが」

「遅れなきゃいいよ。あっくん、昨日私が考えた組み合わせじゃないやつ着てきたね。着回しできるやつ選んだんだけど」

「何か同じの着てくるの嫌だったからさ。俺なりに考えて着てきた」

「ふぅん。紺のポロシャツにベージュのチノパンか。無難中の無難って感じだね」

「仕方ないだろ。俺ファッションセンス皆無だし」

「でも、そのブレスレットはポイント高いね」

「どうにかオシャレできないかとひねり出したのがこれだ」


 出来心で買った、シルバーのシンプルなブレスレット。ネックレス系は自分には無理。だけどアクセサリー系に挑戦してみたい。その折衷案としてのブレスレットだった。


「私のために色々考えてくれたんだね~」

「まあな。遥と出かけるなんて久しぶりだから、それなりに楽しみにしてたんだよ」

「それなりは余計でしょ」

「そういう遥だって結構オシャレしてきてるじゃないか」

「あ、バレた? どうかなこの格好。普段あんまり着ないやつなんだけど」  

「ん。何か、女の子だなって感じ」

「……」


 遥は目を見開いて、ひゅっと息を吸い込んだ。


「変なこと言った? 俺」

「ううん。まさかあっくんから女子扱いされるなんて思ってなかったから」

「なんじゃそりゃ」

「あっくんには分からないだろうな~。じゃ、いこっか」


 遥は俺の肩を軽くはたいて歩きはじめた。小さな鼻歌が聞こえてくる。

 楽しそうな遥を見ていると、自分まで楽しくなってくる。それはきっと俺だけじゃない。遥の柔和な笑みは人を惹きつける力がある。だからクラスのみんなに受け入れられてるんだろうな。

 小走りで遥に追いつき、歩幅を合わせる。あっくん歩くの早いよーと小学校低学年の時泣かれたため、それ以来遥の歩幅に合わせるのが習慣になっている。

 駅周辺にはカフェ、ショッピングモール、映画館等一通りの施設が揃っている。一日過ごすには十分だ。

 打ち合わせしたわけではないが、二人の進行方向はぴったり同じになった。


「う~ん。夏物、今買うべきか。も少し待つべきか」


 遥が店内のマネキンと睨めっこしながらうんうん唸っている。

 手始めに俺たちが入ったのは服屋だった。六月というとぼちぼち夏物が店頭に並び始める頃。俺は服をあまり買わないが、遥はシーズンごとに買い換えるため、この時期から服の物色に真剣になる。


「一着くらい買えばいいんじゃないか?」

「あっくん。一着じゃすまないんだよ。いい? 一つトップスやボトムスを買ったとする。するとそれに合わせるためにその他一式が必要になる。で、色々組み合わせられるように別系統のものも買わなきゃいけなくなる。使えるお金が限られてるの。もし今買って、翌週にもっと気に入るものが出てきたら……目も当てられないよ」


 遥がガタガタ震えはじめた。去年のトラウマを思い出したのかもしれない。そういえば去年、加藤が服について遥に自慢しまくってたような気がする。女子は服にお金がかかって大変だな。


「やっぱり夏ど真ん中に買った方がいいんじゃないか?」

「うん。それも戦略の一つ。でも服との出会いは一期一会なの。今日、運命と出会うかもしれない。だから真剣に見ていかなきゃいけないのっ」

「そ、そうか。遥の気が済むまでつき合うよ」

「ありがとっ」


 早速遥は獲物を狙うハンターのごとく店内を徘徊し、ピンと来たものを次々カゴに放り込んでいる。


「そろそろ試着しないか?」


 遥の動きが鈍くなったとこで提案。目をギラつかせていた遥が戦闘モードを解除した。


「そだね。ダラダラ時間かけすぎるのもよくないもん、ねっ!?」


 遥が驚いたような声を出したのは、俺が急に遥の腰を引き寄せたからだろう。


「しっ! やりすごすぞ」


 俺たちが物色していた列の反対側。そこには見知った顔が二つ。


「ロック。早く選べ。オレは楽器店にしか興味はない」

「はぁ。ステージ衣装選びは真剣なのに、私服となるとこれだ。音楽にかける情熱を少しでも私生活にまわせたらもっとマシになるのに」

「ロックじゃないだろそんなの。オレは音楽の奴隷なんだ。いつか音楽で世界を変える男なんだ。この身は音楽のためにある」

「この音楽バカ」


 原田と加藤だ。二人とも楽器を背負っている。これからスタジオ練習にでもいくのだろう。

 しかし二人だけで買い物か。端から見たら恋人同士に見えるな。実情を知ってるからそんなはずないというのは分かってるんだけど。

 原田がゴネたせいで加藤は早々に切り上げることにしたようだ。名残惜しそうに売場を見て、おそらく楽器店へ向かっていった。


「あっくん、そろそろ離して。流石に周りの視線が気になるよ」

「うわっと!?」


 咄嗟に腰に手を添えて引き寄せてしまったが、これ、まるで抱き合ってるみたいじゃないか!

 遥が赤面しているのを無理もない。てか俺も多分してる。女子特有の良いにおいが鼻孔をくすぐり、むずむずする。

 遥の腰まわり、きゅっと締まってたな。男子にはない華奢さ。地味にというか普通にスタイル良いんだよな、遥って。


「や、やっぱり試着はいいかなっ。見るだけで満足しちゃったっ。次、本屋にでもいこうあっくん!」

「そ、そうだな! それがいい!」


 手早く服を元の位置に戻し、足早に店内を去る。店員さんの視線が生温かすぎていたたまれなかった。

 バカな。遥相手になぜこんな気まずくなっている。おかしいぞ。

 お互い変なテンションでカクカク挙動不審ぎみに歩きながら、本屋へ。

 新刊が並ぶプロモーションコーナー。通路を見渡せば様々なジャンルが目に飛び込んでくる。

 おかげで俺たちの間に漂っていたヘンな雰囲気が霧散した、本屋グッジョブ。


「遥は昔からミステリ好きだよな。この西野ケイゴの新刊なんか好きそう」

「わっ! もう出てたんだ! 買わなきゃ! そういうあっくんは純愛ものが好きだよね。この前映画化が決まったこれなんかどう?」

「あ! それタイトル名からして気になってたんだよな! 買うわ」


 そんな感じで二人で店内を回る。もちろん他のお客さんの迷惑にならないように小声でのやりとりを徹底している。


「あっくん、こっち!」


 不意に腕を引かれ、遥と身体が密着する。

 う、腕が強く抱え込まれているせいで胸が、着やせするために普段は意識していなかった意外に大きな胸が押し当てられててててててっ!

 遥はちらちらと通路に顔を出して様子を伺っている。このパティーンはますぁかぁ。


「小野。きりきり歩く」

「へい。ねえさん」

「その呼び方はやめて。甲斐でいい。なんなら名前呼びでも」

「イエス、マスター」

「このポンコツ」

「はい、わたくしめはポンコツでございます」

「他の女子と接するようにわたしと接しなさい」

「それは無理なご相談です」

「なぜ?」

「貴女は我が部の女神ゆえ」

「どうしてっ、ことごとく、裏目にっ」


 甲斐さんと小野だ。おおかたサッカーの理論書や戦略書を買いにきたのだろう。おそらく小野は荷物持ちをさせられている。本って案外重いからね。

 この二人も相変わらずのやりとりをしてるな。小野が変わりすぎててキモい。この二人も美男美女だし恋人に見えなくもないだろうが、実情を知っているため(以下略)。

 サッカー部の女神に手を出そうものなら部員全員に袋叩きにされる。だから小野はハナから甲斐さんのことを恋愛対象から外しているのだろう。

 にしてもなんだこの同級生とのエンカウント率は。もしかして俺が外にあまり出ないだけで、他の皆は休みのたびにこうやって外出しているのかもしれない。

 話し声が過ぎ去るまで大人しくそのままの姿勢で待つ。すなわち、遥と密着した姿勢で。

 二人がエレベーターで下の階へ移動したのを確認してから、離れる。

 やっべ。心臓やっべ。なんぞこれ。おかしいだろ今日に限って。くそ、今まで遥にこんなにドキドキさせられたことがあっただろうか? いや、ない(反語)。


「お、俺はお目当ての本見つけたしそろそろレジ行ってこようかな」

「わ、私も! ちょっと早いけど、次はフードコート行こう!」

「イイネ! そうしようそうしよう!」


 小走りでレジへ向かい、ブックカバー等すべて断り最速で会計を終わらせ本屋を後にした。

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