変幻自在
「ヒドい目にあった……」
「そろそろお遊びは終わりにするとしよう」
「あれがお遊びとかお前はどんな神経をしてるんだ」
「アキヒロで遊ぶ時間は至福じゃなぁ。やめられないとまらない」
「人を某有名菓子みたいに言うな」
「では、今度こそ『お礼』じゃ。好きな体液を好きなだけ吸え」
朔夜は腰に手を当て胸を張り、俺の目の前にたった。仁王立ちというやつだ。
好きな体液を好きなだけ? どの部位でもいいということか?
キてる。キてるぞ吸血欲求が。こんなこと言われたら、今度こそ歯止めがきかなくなるっ!
この欲求を溜めに溜め続けると取り返しのつかない大爆発を起こす可能性がある。吸血して一番問題ない体液。すなわち、汗!
「ああもう無理いただきまーす!」
欲求解放。理性が最後の力を振り絞り、汗を摂取するよう舵を取る。
そこまでが限界だった。俺は迷うことなく朔夜の腋へ吸いついた。
片腕をグイッと上に引き上げ腋を露出させ、万全の状態で吸血。
「むうっ、乱暴にされるのもこれはこれでっ」
一心不乱に腋を舐める。
これも修行の一環。集中しろ。技術を総動員して吸血せよ。
「あ、ふ、なんじゃその乱れ突きは! 絶妙なタッチ、一定のリズムこれはまるで局所マッサージっ。す、吸いつきもじゃと!? ぬしはどこまでいく気じゃあふん。ふぁ、ダメもう無理無理」
ちょっと限界が早すぎるんじゃないですかねぇ朔夜さん。いや、俺が強くなりすぎてしまっただけか。ここからラッシュだ!
突く! 舐める! 吸う! 回す!
「これぞまさしく変幻じ、ざい……」
クタッと、朔夜の身体から力が抜け、へたり込んでしまった。
吸血欲求と、ナメニストとして強く在りたいという想いが混じり合い、普段以上の力を出すことができた。
身のある時間だった。何かが掴めたような気がする。
「おい、大丈夫か、朔夜」
軽く揺すると、朔夜がアッチ側の世界から還ってきた。
「むふぅ。危うく別の世界へ旅立つところじゃった……アキヒロよ。確かに先ほどの吸血は素晴らしい。腋部門の大会であったなら受賞確定レベルじゃ。文句なし。しかしな、これは『お礼』なんじゃ。吸血欲求がまだ残っているじゃろう?」
「っ! 主様には隠し事はできないな」
「認めたな。では、改めて。ほれ、ぬしはこの体液が一番好きなのじゃろう?」
言って、朔夜は目をつむり、クッと顎を上げ、舌を差し出した。
観覧車はちょうど天辺まで上り、俺たちは一際強い夕日に照らされた。
体液の好みまでバレていたとは。生まれてきた時から吸血鬼している先輩なだけある。
もう、修行云々、余計なことを考えるのはやめた。
テレビ番組のグルメリポーターは、どうすれば視聴者に、これ美味しそうと思ってもらえるか考えながら料理を食べるという。先ほどの吸血はそれに近かったのかもしれない。
今から行うのは純粋な食事。いかに上手く食べるか、美しく食べるかなどは考えず、ただ、食欲を満たすために食べる。
そうしていいのだと、料理側から言われたとしたら。
そりゃあもう全力でなりふりかまわずかぶりつくってもんですよ!
「むぐっ!?」
朔夜、俺が舌に吸いついた瞬間、驚きの声をあげた。
唾液を豊潤に含んだ舌。吸えば吸うほど濃いめの味付けの唾液が出てくるため、いくら吸っても飽きない。
食間に唇をなぞり、口内へ。
唾液腺から直接舐めとる。やや醸成された舌の唾液もいいが、新鮮なのもまたそれはそれで趣がある。
観覧車が地上に着く少し前に、ようやく吸血が終わった。
心ここにあらずな朔夜の手を引いて、観覧車から降りた。
アイス・ランドの出口へ向かいながら、俺は謝罪の言葉を口にする。
「その、すまなかった。いくらお礼だからって、激しくしすぎた。吸血欲求の恐ろしさを改めて突きつけられた」
自分が自分でなくなるのは怖いが、ただ欲求に任せて貪るのは快感が大きく、だからこそ危険なのだ。
「謝るな。合意の上のことじゃ」
「その台詞だけ聞くとすごくイケナイことをしてしまったみたいに聞こえるな」
「あながち間違いではなかろう」
「それもそうですね……」
もうすっかり吸血鬼としての感覚に染まっている。本来ああいうのは食事なんていう当たり前のことではなく、特別なことのはずなのだから。
「ま、我も楽しめたし、気に病むな」
「楽しめた!?」
「欲の赴くまま求められるのは中々イイものなのじゃぞ。それに、アキヒロの唾液もこちら側に流れ込んできておる。相変わらず美味じゃった。そういう意味で楽しめたと言ったのじゃ」
「さいですか」
朔夜も体液を美味しく感じられるんだった。ウィンウィンだったのかもしれない。
朔夜が正気に戻ったため、手を離す。
だが、離そうとしたところで、朔夜に握り直されてしまった。
「アキヒロ。観覧車でも言ったけど、帰る前にもう一度。あたしを誘ってくれて、ここに連れてきてくれて、ありがとう。間違いなくあたしの人生の中で最も楽しい時間だった。また、誘ってくれると嬉しいな。……これからも、よろしくお願いします」
隣で、俺を見上げながらしとやかに笑う朔夜があまりに綺麗すぎて、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
なんていう、何のひねりもない言葉しか出てこなかった。
朔夜と手をつなぎながら、行きとは違い、二人で自宅まで戻る。
家について早々、疲れで寝てしまった朔夜。
朔夜の穏やかな寝顔を見て、思った。
また、二人ででかけよう、と。もっと楽しいことを、経験させてやりたい、と。
朔夜に目一杯楽しんでもらうという目標が達成できたことによる充足感に包まれながらベッドに寝転がり、遥に電話をかけた。
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