そこはらめええええぇぇぇぇええええ!
「ごめんねアキヒロ。すっかりスケートにハマって時間を忘れて滑っちゃってた」
スケート場の出入り口で朔夜と合流し、俺たちは最後のアトラクションへ向かっていた。
彫像を作るのに夢中になって、朔夜のことをすっかり忘れていた。遊園地に来たのは朔夜を楽しませるためだったのに。
ドームを出てすぐに朔夜をほったからしにしていたことに気づいてスケート場に足を向けた俺は、ちょうどスケート場から出てくる朔夜と出会ったのだ。
朔夜も朔夜で俺がいなくなってたことに気づかないほど楽しんでいたっぽい。助かった。
「謝る必要はないぞ。俺も時間を忘れて楽しんでたからな」
「何してたの?」
「内緒だ」
「えー」
朔夜が不満そうな声を漏らしたが、俺は口を割らなかった。他言する必要はない。あの熱い時間は、俺の心の中で燃え続けるのだ。
「やっぱり最後はアレだな。沈みゆく夕日を眺めるには絶好の場所。遊園地の締めくくりといったらアレしかない」
朔夜は、何のことを言っているのか、と聞いてこなかった。俺のことを信用して、ただニコニコしながら着いてきてくれている。
それがなんだか心地良い。人もまばらな園内を二人で歩く。それだけのことが。
本日最後のアトラクション。それは観覧車だ。
遥と遊びに来る時は、決まって最後は観覧車だった。それが染み込んでいるせいで、帰る前に観覧車に乗っておきたくなるのだ。
すごーい! おっきいー! とはしゃぎながら乗り込む朔夜に続いて俺も乗り込む。
乗り込む時の、ほのかなワクワク感。何度も乗って慣れているのに、毎回感じる。
向かい合わせになるように座る。朔夜は座りながら日が落ちる方向を眺めていた。
全体の四分の一ほど上がった頃だろうか。朔夜が不意にこちらを向いた。
「アキヒロ。今日は楽しかったわ。あたし、家を追い出されてから貯金を切り崩して生活してきたから、こういうところに来るお金がなくてね。ずっと来てみたかったのよ。一人でじゃなくて、気の置けない誰かと。誘ってくれて、ありがとう。あたし、きっと今日という一日を、ずっとずっと覚えているわ」
感慨深そうに、静かに、滔々と紡ぐ朔夜。その微笑みがあまりに優しくて、一時たりとも目を離すことができなかった。
「どういたしまして。楽しんでもらえたようで良かった」
出てきたのは月並みな言葉。もっと気の利いたことが言えれば良かったのだが、咄嗟には思いつかなかった。
「それでね。お礼がしたいの」
「いいよそんなの」
「あら。いいのかしら。断って。アキヒロにはあたしの『お礼』が必要なはずよ」
「? どういう意味だ?」
「そろそろ限界なんじゃない? 吸血欲求」
先ほどまでの優しい微笑みとは違う、いたずらっこのするような、片頬をつり上げたおちゃめな笑み。
「さすが主。お見通しってわけか」
「吸血鬼だったら誰でも分かるよ。そんなに脂汗流してるんだもん」
バレてたか。
朝から現在まで一度も吸血していない。俺はまだ毎日欠かさず吸血しないと気が済まないタチのようで、押し寄せる吸血欲求をいなすのに苦労した。あの男との勝負に意識を失うほど熱中したのも、吸血欲求を忘れがたいがためだったかもしれない。
遊園地で朔夜に楽しんでもらいたい。雰囲気をぶち壊しにするわけにはいかないと、必死に吸血欲求を抑えていたが、バレてしまっては意味がない。
「ごめん。今日くらい、俺のことまで気を回させず楽しんでもらいたいって思ってたんだけど」
「これに限っては別じゃない? あたしとアキヒロは吸血によってつながってるのよ。……じゃから、礼というのも、もちろん……。どうじゃ? もう分かったじゃろう? ぬしに我の『お礼』が必要と言った理由が」
紅い瞳が怪しく光った。ように見えた。
理由は察せられた。が、認識してしまえば吸血欲求に飲み込まれ、朔夜を襲ってしまいかねない。
「…………」
「ふむ。自我を失わまいと抗っておるのか。いいのじゃぞ。我相手なら。しかしアキヒロが頑張りたいと言うのであれば、我はその頑張りを応援したい。じゃから、シャツを脱げ」
何を言っているのかさっぱり分からなかった。え、自分、聞き間違えたわけじゃないですよね?
朔夜が顔面に嗜虐的な笑みを張り付けながら、じりじりと迫ってくる。非常に怖いんですけども。
「脱がぬなら、我が脱がせるぞ。アキヒロは自分から脱ぐより脱がされる方が好きなんじゃな?」
「違う!」
否定したくて急いで脱いだ。
「肌着もじゃ」
「なんでだよ!」
言いつつ脱ぐ。朔夜の命令に逆らえたことはない。だから抵抗しても無駄だ。
「ぬしの汗を堪能させてもらおう。さて、どこまで我慢できるかのう」
間違いない。朔夜はドSだ。これまでの行動で分かり切っていたが改めて。
屈しない。絶対に我慢仕切ってみせる。朔夜が参ったと言うまで理性をなくさない!
朔夜はまず薄ピンクの舌を俺のへそあたりに添えた。それからちろちろと小刻みに動かしながら、徐々に徐々にと上に上がっていく。
へそまわり。腹筋、そして胸部。蛇のように自在に動く舌を見て、俺は舌を巻いた。
なんという舌コントロール。強弱の付け方も素晴らしい。これだけの技術を持っていて、それでも実力不足だと追い出されたとか、朔夜の実家はどれだけハイレベルなんだ。ナメニストとして朔夜に負けていない自信はあるが、大きく上回っているかと言えば疑問だ。
と、別のことを考えていないと快感で死ぬ。
吸血欲求とは別の欲求が首をもたげようとしているので、そちらも理性の力を総動員して抑えつける。保ってくれ俺の理性!
焦らすように、上へ上がる度に上昇速度が落ちていく。
あ、ヤバい。朔夜の舌が、我が小さき双丘へ到達しかけている。
そこはらめええええ!
と、叫ぶ準備、いわゆる心の準備をしていたら、朔夜の舌が到達寸前で止まる。
「ここで終わりじゃ」
「えっ」
「くふふ、良い顔をしているぞ、アキヒロ。この欲しがりめ。何を期待していたんじゃ? ほれ言うてみい」
「なっ、何を言ってるんだ! 期待なんて!」
「嘘じゃな。顔を見れば分かる」
ウソ、俺、もしかして知らないうちに変態さんになっちゃってたの!?
認めない。認めないぞ俺は。
「知らん! 本人が違うと言えば違うんだ!」
「そんなかわいげのないやつに、続きをしてやるわけにはいかんのぅ」
「続きをする必要はない」
朔夜が俺から身体を離す。ホッとしたような、残念なような。あ、残念なようなは取り消しで。
「な~んてな」
不意打ち的に素早く密着してきた朔夜。
はむっ。ぺろぺろぺろ。
そこはらめええええぇぇぇぇええええ!
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