ヒーロー
泣きやんだ朔夜を連れて、一階のリビングへ。
「待たせたな」
「ううん。あっためなおすね~」
遥は各々のハンバーグを電子レンジへ入れていく。
「ハルカ。その、さっきは取り乱してしまってすまなんだ」
朔夜が小声で、キッチンにいる遥へ謝罪の言葉を述べる。
「私も、ついムキになって張り合っちゃった。お互い様だよ」
ムキになって思ってもないことを言ってしまうことあるよね。だからきっとさっきの同棲するもん発言は本心からの言葉ではなかったのだろう。
「ぬしには、アキヒロのドナーになってくれて感謝しておる。じゃが、どうか我がアキヒロのそばにいることを認めて欲しい。我には、どうしてもアキヒロが必要なのじゃ」
「……私、普段口うるさくしてるけど、所詮ただの幼なじみなんだよ。それを決めるのはあっくん。あっくんが、朔夜ちゃんのそばにいるって決めたなら、私にはどうすることもできない」
「そんなことないぞ。アキヒロはぬしとは切っても切れない関係じゃろう。なんだかんだ言ってアキヒロはぬしといる時が一番楽しそうじゃ」
「そうなの、あっくん?」
「俺に聞くな! 知らん!」
遥と朔夜が小さく笑う。
場が和やかな空気に包まれた。
「さ、みんなでご飯食べようよ」
三人で談笑しながらご飯を食べる。食べ終わった後はソファに座ってテレビを眺めたが、ほどなくして朔夜が眠りに落ちた。きっと、泣き疲れたのだろう。俺と遥で両親の寝室へ運んでいった。
「リビングでテレビ流しながら勉強しないか?」
俺の提案に遥は快諾。リビングのテーブルに向かい合って座り、教科書を広げる。ちなみになぜテレビを流したままなのかというと、その方が集中できるからだ。音がないと落ち着かない。
一時間が経過した頃、遥がぐぅーっと伸びをした。
「そろそろ小休憩挟まない?」
「賛成」
遥はすぐにコーヒーを淹れて持ってきてくれた。昔と配置が変わっていないせいか、キッチンでの遥の手際は異常に良い。身体が覚えてるってやつだろうか。
「甘いものも欲しいね。アイスとかある?」
「冷凍庫の中にいくつか入ってる」
「だしていい?」
「もちろん」
コーヒーをちびちび飲みながらアイスを食べる。至福の時間だ。
休憩がてら、話しておくか。
「遥。俺、半分吸血鬼として生きることにした。メインはこっち、人間界だけど、副業みたいな感じで、朔夜の家が生業にしてる吸血芸能の世界に入る」
遥はコーヒーを置いて、感情の読めない表情で見つめてきた。
「それは、朔夜ちゃんが泣いてたことと、関係ある?」
「ある」
遥になら話してもいいだろう。そう判断して、朔夜の今までについて、今日聞いたことを話した。
遥は話を聞き終わった後、瞠目しながら、優しい声音でこう言った。
「そっか。朔夜ちゃんにとって、あっくんはヒーローだったんだね」
「ヒーロー? まだ何もしてないぞ?」
「これからするんでしょ? 名家の朔夜ちゃんが見込んだんだから、きっとあっくんにはその道に通用する力があるんだろうね。そのまま吸血鬼界が気に入っていついちゃったりして」
「んなこたねぇよ。生まれも育ちもこっちなんだから。思い入れだってある。小野や原田とずっとつるんでたいし、あー、なんだ、遥とだらだら過ごす時間も悪くないしな」
「今みたいに?」
「うん」
「そ」
遥は短くそう言い、カップの中のアイスを混ぜはじめた。ある程度溶けてから混ぜるとシャーベットみたいになって美味しいんだよな。
「だから、いなくなったりしない。その点は安心していい」
「別にそんな心配なんてしてないしぃ」
「んなこと言っても、もしいなくなったら寂しいだるぉ」
ふざけて言ったつもりだが、遥は弛緩していた顔を急に引き締めて、真面目に答えた。
「そりゃね。こんだけ一緒にいるんだし。あっくんと過ごすのが、習慣になってるというか、日常になってるというか。あんまり考えられないかな。あっくんがいない生活は」
「ま、まあな。そうだよな。もう一六年も一緒にいるんだもんな。そ、そろそろ勉強に戻るかぁ」
なんでか気恥ずかしくなって、強引に話を切り上げた。なんだこれ。なんだこれ。
遥の分も自分のと一緒に片づける。まずコーヒーカップ。次にアイスのカップと、そのアイスを買った時についてきた木製のスプーンんんん!?
これはあきまへんわ。染み込んでいらっしゃいますわ。
小刻みに震える手で、木製のスプーンをつまむ。
「遥」
「そのギラついた目で察したよ。どうぞ」
「ありがとぅ! いっただきまーす!」
ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ。
舐めれば舐めるほど味が出てくる! まるでスルメのようだ。
唾液、いいな。クセになる。少量でこれだ。直飲みしたらどうなるか。
にしても美味い。甘味だけでない。この絶妙な酸味がいいのだ。配合バランスどうなってんだ天才的だろ!
これいつまでも舐めてられるわ。
木の棒を執拗に舐め続ける。
何の味もしなくなったところで、俺はようやく正気に戻った。
「うん。これは気持ち悪い。実に気持ち悪い。毎度のこととはいえ、すまん」
「私、いいよって言ったじゃない。ていうか、私、強引に舐められたことあるし、もう慣れたよ」
「なんかもう本当にすまん」
こんなことに慣れさせてしまって申し訳ない限りだ。
「でも、今回は今までと違ったよ。今回は本能に任せるまま、って感じじゃなくて、丁寧な感じだった。アイスの棒にそこまでするってくらい舌が動いてたよ。彫刻作るときくらい」
俺は吸血時、まるで別の人格に切り替わったようになる。いつもと違う考え、行動になる。
思い出せ。何を考えていた。
……上手くなりたい。もっと、舐めスキルを極めたい。
吸血欲求の中に潜んだ、理性の光。
そっか。俺は、朔夜のために、もっと上達したいと、思っていたのか。その想いが、それだけ強かったってことか。
「ふぅ。極めるとするか。俺の、ナメニスト道を」
「そんなマンガみたいな台詞言われても」
「俺は満身していた。自身に備わった天賦の才に。磨けばより一層光る。その輝きで。吸血鬼界を照らす! うおおおお!」
「ここ最近はただ欲望のままに体液を摂取してただけだからね」
「それ言うなし」
自室へ駆け上がり、しまってあったあるものを取り出す。除菌処理をして、リビングに戻ってくる。
「あっくん。それって」
「おう。あの龍を作る時、修行と称して使ってたやつだよ」
ビー玉くらいの鉄球だ。
「懐かしいねぇ」
「他にも、当時使っていた修行道具を引っ張り出さないとな。うっし、勉強再開だ!」
「こんなにやる気になってるあっくん、久しぶりに見たなぁ」
俺は鈍色に光る鉄球を口に含む。
勉強しながら舌の上で転がす。舌の筋力、コントロール力を鍛える。
俺はずっと、ナメニストとしての力を自分のために使ってきた。この力を人のめに使おうとは考えなかった。
けど、今は違う。
その日、宿題、予習はかなり進んだ。だが、修行はからっきしだった。鉄球を転がしている途中、舌が攣ってしまったから。
情けない。こんなんじゃナメニストなんて恥ずかしくて名乗れない。もっと鍛えねば。
朔夜の力になる決心、ナメニストとしての矜持。
転機となる一日だった。
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