ナメニストとして

「いや、それはごめんこうむる」

「なぜじゃ!?」

「普通に人間界で、普通の仕事して生きたいんで」

「これは予想外じゃ。自分の能力を活かしたいと思わんのか?」

「それとこれとは別。あくまで趣味なんで」


 だから仕事のオファーきても断ってたし、顔出しなんてしないし。今のところ身バレもしていない。


「むぅ……まあ、いいじゃろう。我は気長に説得を続けるのみじゃ。いつか必ずその気にさせてみせる」


 無駄だと思うぞ。俺の意志は固い。

 と答えようとしたが、遥に先を越された。


「朔夜ちゃん。それはやめてほしいかな。あっくんは普通に生きたいって言ってる。無理強いはよくないよ」

「ハルカ。我は何も無理強いはしとらん。自分から吸血王になりたいと思わせるよう行動していく、と言ったのじゃ」

「…………」

「目は口ほどにものを言う。ぬしはアキヒロに、そうなって欲しくないと思っておるな?」 


 図星を突かれたのか、遥は朔夜のその問いに答えず、代わりにうつむきながらこう言った。


「私、そもそも、あっくんを吸血鬼なんかにしたこと、怒ってるんだよ。教室で、においのせいなのか体調悪くなっちゃってたし、その、吸血欲求? を押さえ込むの、すごく苦しそう。まだ私だったからよかったけど、他の女の子に吸血しちゃったら、あっくんがどれだけ大変なことになるか。ねえ朔夜ちゃん。あっくんを、人間に戻してよ。お願い」

「無理じゃな。不可逆じゃ。人間を吸血鬼にすることはできても、吸血鬼を人間にすることはできないのじゃよ」


 遥の懇願をすげなく斬る朔夜。 

 自分の身に起こった変化のことで頭が一杯で、人間に戻れるかどうかなんて考えもしなかった。

 ぷるぷると小刻みに震えていた遥は、涙目で俺の方を見つめてきた。


「あっくんは、納得してるの? 悲しくないの? 吸血鬼なんて得体の知れないものに無理矢理されて、吸血欲求に振り回されて」


 隣に座る俺の袖をつかみながら、しがみついてくる。

 俺のことなのに、俺よりよっぽど深く考えてくれている。気遣ってくれている。

 情けねぇ。ここで遥を安心させてやれなければ幼なじみ失格だ。

 昔、俺が泣き虫だったころ遥がしてくれたように、片方の手で相手の手を握り、もう片方の手で頭をなでながら、努めて最大級の笑顔を作りながら、大きく息を吸い込む。


「問題ない! 大丈夫だ! だって、なっちまったもんは仕方ないだろう? 変えられないことを考えても時間の無駄だ。それに、吸血鬼だって悪くないぞ! 辛いのは最初だけ。吸血欲求さえコントロールできるようになれば身体能力は向上するし、寿命も伸びる」

「それに、知能も上がるぞ。人間の上位互換と言っても過言ではない」


 狙い澄ましたかのようにピタリと朔夜の補足が入る。


「そういうことだ。だから俺は、納得しているのか、と聞かれれば納得してるって答えるし、悲しくないかと聞かれれば、悲しくないと答える。むしろラッキーだとさえ思えるね。こんなこと、普通に生きてたら体験できないし。だから、遥はもう俺の心配なんかしなくていいんだ。一番の問題だった、学校で吸血欲求が抑えられなくなったらどうすればいいのか、ってやつも、遥がドナーになってくれたから解決した。遥さまさまだよ。ありがとう!」


 精一杯明るく振る舞ったのが功を奏したのか、遥の険しかった表情が和らいでいく。

 ミッションコンプリート。

 遥の手触りの良い髪、ほのかに温かい手から自らの手を離す。


「そっか、あっくんは、そんな風に考えてたんだね。ごめん、私、余計なお世話だったね」

 目元をぬぐい、ほがらかな笑顔を見せてくれた遥は、上がっていた肩をゆっくりおろし、大きく息を吐いた。

「そんなことない! その、心配してくれて、俺的に大分助かったよ」

「……そ」


 今更ながら恥ずかしくなったのか、イスごと身体をずらして俺から距離をとった。

 俺も昔のクセでつい不用意に遥に触れてしまったことが尾を引いて、隣を見れずにいた。


「ぬしら、本当につがいではないのか?」

「「違う!」」


 朔夜が半眼でそんなことを呟いたため、遥と二人で全力で否定させていただいた。

 遥に感じる恥ずかしさは、あれだな。家族と久しぶりに本気で話したせいで気まずくなるってやつと同じだな、うん。


「ならいいのじゃが。もしつがいとなってしまったらアキヒロをこちら側に引き込めないからのう。何度も言うが、アキヒロのナメニストとしての力は素晴らしい。我はその力に惚れた。いつの日か必ずや一流の吸血者にしてみせよう」

「はん。俺の意志は変わらない。どれだけ俺が天才的舐めスキルの持ち主だったとしても関係ない。人間界で普通に暮らしていく」

「ふん。のぞむところじゃ。しかし、自惚れるなよ。吸血鬼界にはアキヒロに匹敵する舐めスキルの持ち主もおる。ぬしもまだまだ修行が足らん。我がぬしを眷属とした日に交わした接吻。たどたどしいにもほどがあったぞ。されるがままで、まるで舌が動いとらんかった。不測の事態だろうと、舌だけは意思に反し適切な動きをする。それぐらい鍛えねばな」

「ばっ! な、そ、それはししし仕方ないだろう! 不意打ちにもほどがあったし、あんな大人のキスははじめてだったし!」

「言い訳じゃな。一流は意識がなくとも自然に舌が動くものじゃ。精進せい」

「ぐぬぬ」


 ナメニストとしての誇りが傷つけられ、憤ると共に、あの時のキスを思い出してしまって顔が熱くなる。

 あの時は恐怖で感覚が鈍っていたが、今、冷静に思い出してみるとヤバイ。

 年下とは言え、こんなとんでもない美少女と、舌をからませてしまったのだ。再びあれをされたら俺はどうなってしまうのか。


「……あっくん。その話、詳しく聞かせてもらえないかな? 細部まで。とことん」


 さきほどまで流れていた気まずい雰囲気はどこへやら。

 冷蔵庫開けっ放しにしちゃってたのかな? 冷気が肌を刺して寒気がするなぁ。

 それから行われた詰問により、俺のライフはゼロになった。南無。

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