マイバッドメモリー
ピクリと朔夜の眉が動く。どうやら遥から発せられる怒気を感じ取ったようだ。
「なぜアキヒロなのか。前提として、我が、眷属を求めた話からしよう」
朔夜はいつもにも増して尊大な声音を作っていた。遥の怒気に対抗する、あるいはねじ伏せるためか。
「吸血鬼の中には、名家と呼ばれる家がある、我はそこの出身でな。名家に恥じぬ働きをせねばなら運命にある。要は、名声を得ねばならん。名声を得る方法は、人間界と対して変わらぬが、うちは代々、芸能で身を立ててきておってな。芸能にも色々あるが、我が家はその中でも特に地位の高い芸能を得意としておる。人間界にはないジャンルじゃ」
「そ、そのジャンルとは!?」
「ノリが良いのうアキヒロ。ズバリ、吸血じゃ。吸血鬼は、人間界では首筋に噛みついて血を吸う、というイメージが浸透しているが、ある意味そのイメージ通りなのじゃ。我らの唾液には痛みを麻痺させる成分と、快感を増強させる成分が含まれておっての。首筋に噛みつかれるとむしろ気持ちよくなるのじゃ。吸血は吸血鬼にとって食事であり、ある種神聖な儀式でもある。で、じゃ。吸血鬼の芸能界の中には、いかに上手く、言い換えると、相手を気持ちよくさせる吸血ができるか競うジャンルがある。特番の『吸血王』にはじまり、吸血鬼界の有名人から直接吸血して欲しいと頼まれたり、その道で有名になるとサイン会、トークショーが開かれたりと、とにかく華やかなジャンルなのじゃ」
そこで一息ついた朔夜は、トマトジュースを口に含んだ。
朔夜は吸血が上手い一族の出なのか。よくよく見ればジュースを飲む姿でさえ艶めかしいし、俺がはじめてキス、もとい吸血された時、快感で腰が抜けそうになった。
朔夜が再び話はじめようとしたところで、遥が口を挟んだ。
「そういうことね。朔夜ちゃんは、あっくんのあの噂を聞きつけたってことか」
「ご名答じゃ。我は探し求めていた。我ら一族に匹敵する舐めスキルの持ち主を」
朔夜はぺろりと自身の唇の端を舐め、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
そうか。なるほど。そういうことか。朔夜がなぜ俺を眷属にしたのか、腑に落ちた。
「ふっ。どこで俺の噂を聞いた?」
「なーにを言っておるんじゃ。ぬしとて知らぬワケでもあるまい。自身が動画配信サイトに投稿した動画の再生数を」
「顔は隠していたはずだが」
「だからこそネットを駆使して、ある程度絞り込み、聞き込み調査に聞き込み調査を重ねたのじゃ」
「そっか。朔夜は最初から俺のことを知ってて眷属にしたんだな。ならば、今こそ名乗ろう。我こそ、ベストナメニスト! 巨大な飴を舌だけで龍に変えたったwwww動画は投稿一週間で五〇〇万再生を記録し、今も伸び続けている! 俺の舌さばきは天下一品!」
「キャラが変わっておるぞアキヒロよ」
朔夜が俺の変わりっぷりに瞠目する。
自分でも分かってるが止められない。それほど舌使いに自信があるからだ。
「あっくん、昔からすごかったもんね。幼稚園児の頃、みんなで泥団子作った時、一人だけ舐めて作って、しかもその出来がすっごくよくて、園長先生も、これは宝玉じゃぁ! 千年に一人の逸材じゃぁ! って叫んでたのまだ覚えてるよ」
「あの時、俺の才能が産声を上げたのを感じた」
「それから色んなあだ名が生まれたよね。犬に舐め合いで勝つ男、アイスに生命を吹き込む創造神とか」
「俺レベルともなると舌の温度さえ調節できる」
「コメント欄で一番多かったコメントって何だったっけ」
「ゴッドタンだ」
「それそれ! 動画の反響が大きくなってくのを見るの、ドキドキしたなぁ」
楽しそうに話す遥を見て、思わず顔がほころぶ。自分のことのように自慢げに話しやがって。
「動画投稿してからは大分調子づいてたな。思い出すと恥ずかしくなる」
「あの頃よく言ってたね。俺に舐められたものは無機物有機物問わず歓喜で震えるとか、世界的ピアニストの指先より俺の舌先のが繊細だとか。極めつけは、自分の舐めスキルがいかに高いか、どれだけ舐めることが好きかしゃべり倒した後に、でも傷の舐め合いは好きじゃない(キリッ)ってやつかな。久しぶりに聞きたいなぁ」
「ヤメテ! 掘り起こさないでマイバッドメモリーズをぉ!」
中二病オーバードライブ。下手に成功してしまうと人は醜態をさらす。
のたうちまわる俺の横で、嗜虐的な笑みを浮かべる遥。あれ遥さんってソッチの属性持ってましたっけやめてくださいよ~。
遥によって語られた俺の話を微笑みながら聞いていた朔夜が、うむうむと満足げに頷いていた。
「素晴らしい。まさに吸血鬼になるために生まれてきたようなやつじゃ。我が、吸血鬼界の舐め王、吸血王にしてやるぞ」
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