体液供給者

「よし。では吸血鬼についての説明をしようかのう。じゃがその前に、我が眷属に体液を提供してくれたことに対する感謝を述べておこう。礼を言うぞ、ハルカよ」

「いいよ、お礼なんて。あっくんのためだから」

「我が眷属の舐めスキルは格別だったであろう? 感じずにはいられなかったはずじゃ」

「そ、そんなことない! 恥ずかしかったけど、それだけ!」

「こんのロリババアなんてこと言いやがる! セクハラ発言だろぐげっ!」


 無慈悲なアイアンクローが俺を襲う。


「アキヒロ? 不適切な発言が聞こえたような気がしたが、我の勘違いかの?」

「勘違いです。わたくしは、決してロリババアなどという恐れ多い言葉を使っておりません。一〇〇年の時を生きる、吸血鬼界では名の知れたうら若き女性だと申しました」

「よし。では仕切り直して。ハルカのためにまずアキヒロが既に知っていることを話そう」


 三人でリビングのテーブルに座り、飲み物を用意してから話をはじめる。

 朔夜は、俺にしてくれた話をそのまま遥にした。

 吸血鬼の逸話は嘘だらけだということ。

 異性の体液を摂取しなければならないこと。

 人間以上の身体能力があること。

 人間の四~六倍は生きること。

 吸血鬼同士で吸血を行うのには限界があること。

 普通の吸血鬼なら吸血は一ヶ月に一、二回程度で十分だが、吸血鬼に眷属にされたばかりの者は二日に一度、あるいは毎日吸血を行わなければならないこと。

 一気に話し終えた朔夜は、喉が乾いたとトマトジュースを飲んだ。そのチョイスはベタすぎる。


「う~ん。現実離れし過ぎてて実感湧かないなぁ。朔夜ちゃん、本当に一〇〇歳なの?」

「この写真を見てみい」


 朔夜が差し出した古ぼけた写真。そこには、とある駅と、ピースをした黒髪の幼女が写っていた。


「俺、見たことある。これ大昔の東京駅だろ」

「大昔というほどでもないじゃろう。ほんの五〇年前じゃ」

「合成には見えないね……。今朝、あっくんを吹き飛ばしたのも見てるし、信じるしかなさそう」


 遥は嘆息し、紅茶を一口含んだ。


「ハルカ。ぬし、アキヒロのドナーにならぬか?」

「ドナーって、臓器提供とかのあれ?」

「吸血鬼の言うドナーとは、専属の体液提供者を指す。どうやらアキヒロはぬしの体液がお気に入りのようじゃからの」

「なっ!? そ、そんなことはないぞ!?」

「そんなことがあるのじゃ。アキヒロ、ぬしはまだハルカの体液しか摂取しておらんのじゃろう?」

「朔夜を除けば、そうだな」

「周りに多くの人間がいる中、ぬしはハルカを選んだ。竹馬の友だから、だけの理由ではあるまい」


 朔夜に言われ、今までの吸血を思い出していく。

 玉石混合の集団の中。特に俺の食欲を刺激したにおい。それはまさしく遥だった。


「うん。遥が一番美味そうなにおいがして、それで吸血欲求を抑えられなくなったケースしかないな」

「じゃろ? 相性が抜群なのじゃ。身体の」

「おい!」

「間違えた。体液の」


 どこに間違える要素があったというのか。 


「ドナーがいれば、ぬしが吸血欲求を暴発させることもなくなるじゃろう。どうじゃ、ハルカ。考えてみてはくれぬか」

「いいよ」

「いいんかーい! ってか遥、これ、そんな二つ返事で決めていいことじゃないから! もっとよく考えてから」

「考えてるよ、私」

「へ?」


 取り乱す俺とは対照的に、表面上は至って冷静に、こともなげに遥は答えた。


「だって、私が引き受けないと、あっくん、見境無く女の子を襲っちゃうかもしれないんでしょ? それであっくんの変な噂が流れたり、犯罪者に仕立て上げられたりしたら、私、あっくんのご両親に合わせる顔なくなっちゃう」

「や、でも」

「それとも、私が相手じゃ、イヤ?」


 どことなく不安そうに、そう聞かれた。


「そういうわけじゃ、ないけど。いいのか? また昨日みたいにお前の汗舐めたり、リコーダー舐めたりしちゃうかもしれないんだぞ」

「いいよ。あっくん相手なら」


 それでいいのか女子高生。俺を信用し過ぎじゃないか。将来何かの犯罪に巻き込まれないか心配になるレベルだ。


「なんじゃアキヒロ、リコーダーを舐めたのか。その行為も、吸血にはじめて目覚めた吸血鬼が発祥で、以降伝聞でなぜかその行為が広く世に広まってしまったという逸話があってじゃな」

「朔夜。そういう話はいいから。それで、えっと、遥がドナーになることが決定したんだけど」

「うむ。喜ばしいことじゃ。これでぬしが一人前の吸血鬼になる期間がグッと縮まった」

「そのことで一つ聞きたいんだが、俺の今の状態、吸血鬼の眷属、俺は勝手に吸血鬼もどきって呼んでるけど、完全な吸血鬼との違いとか、どうしたら完全な吸血鬼になれるのか、そこが気になる」

「うむ。簡単な話じゃ。吸血回数が一ヶ月に一、二回程度になれば、それが吸血鬼として成熟した証。そうなっている頃には人間離れした身体能力も身についておる。逆にそれまではこまめに吸血しなければならぬし、身体強化はほぼされぬ。吸血鬼として一人前にあるには、吸血あるのみ。ほら、簡単な話じゃろう?」

「なんだ。ひたすら吸血するだけか。簡単、じゃねえな一般的に考えて。俺は幸運にも遥がいてくれたけど、そうじゃなかったらどうなっていたことやら。あ、そうだ、吸血鬼にされた日、俺、催眠術かなんかで眠らされたような気がしたんだけど、あれは吸血鬼の能力か?」

「違う。あれはただの、人間も使っておる普通の催眠術じゃよ。ぬしが催眠術にかかりやすい体質で助かった」

「あ、そう」


 くそ。催眠術とかロマンだなと思ってたのに。


「私からも、朔夜ちゃんに質問、いいかな?」


 遥がニコニコと無害そうな笑顔で、朔夜の方に身を乗り出す。なんだなんだ。なんでおこモードなんだ。


「質問を許可する。言うてみい」

「なんで、あっくんなの。どうしてあっくんを吸血鬼なんかにしたの?」

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