服、着てくれないかな?
「ただいま~」
「うむ。おかえりじゃ、アキヒロ」
玄関を開けると、下着姿の朔夜が気怠げに出迎えてくれた。
ふむ。昨日は黒の下着で幼い体躯による背徳感がたまらなかったが、今回は白か。白磁のような肌と、漆黒の髪に良く似合っていていい。
って冷静に鑑賞している場合じゃっなーい!
「あっくん」
「はい」
「鼻の下のばしすぎ」
「のびてません」
下半身の一部はのびかけてるけど。
「ただの比喩表現だよ。そっか。あっくんはコッチ方面の女の子が好きなんだね」
「いいえ。ナイスバディなおねえさんも素晴らしいと思います」
「そうだったね。あっくんは年下と年上がストライクゾーンだもんね。同級生あたりは入らないもんね」
「そういうことです」
「最低」
「はい」
ここで言う最低、とは俺の性癖に対してではなく、異性である遥にこういう話をぶっちゃけてしまったことに対してであろう。ぶっちゃけるもなにも元より把握してたっぽいけど。怖い。
「なんじゃアキヒロ。早速パートナ、ドナーを連れてきたのか。流石我が眷属。やればできる子だと信じておったぞ」
「違う。遥はただの友達、幼なじみだ。ってかドナーって?」
「そのままの意味じゃ。提供者じゃよ。しかし、そうか、ドナーではないのか。でもにおいは明らかに……ふむぅ。まあよかろう。してその娘は何故我が城へ?」
「いや朔夜の城じゃなくて俺の家だから。そのぉ、俺が吸血欲求を抑えきれなくなった時、色々迷惑かけちゃってさ。吸血鬼のあれこれを説明しとこうと思って。俺もまだ知らないこと多いし、できれば朔夜も一緒に説明して欲しいんだけど、いいか?」
「よかろう。あがるがよい。茶でもだそう」
朔夜が背を向け、リビングへ向かおうとするのを、遥が引きとめた。
「ちょっと待って。朔夜さん。その姿だとあっくんの教育に悪いから、服、着てくれないかな?」
人の良さそうな笑顔。唇の端が僅かに震えている。これは怒っている時のサインだ。
「イヤじゃ。たかが人間の娘ごときの命令など聞かぬ」
「……ふぅ。ねぇ、あっくん」
「はい」
「あの子に服、着させて?」
「はい」
有無をもいわさぬ迫力に押され、俺は遥の言うとおりにする。
「あのー、朔夜。いや、ご主人様。そのぅ、目に悪いため服を着ていただけないでしょうか」
「目に悪いとはなんじゃ失礼な。もっと具体的に言ったらどうじゃ」
助けを求めるように遥を見る。ニコニコ笑顔で応えてくれた。はい。何としてでも目的を遂行します。
「ご主人様の下着姿がえっちすぎて不覚にもこの私、性的興奮を覚えてしまいまして。うっかり狼となりご主人様に反旗を翻してしまうかもしれないという不安から、お召し物を着用されてはいかがでしょうかと進言させていただいた次第でございます、我が君」
「あっくん?」
「お前の言いたいことは分かるから! 今は朔夜に服を着させることが第一だから!」
俺と遥のやりとりを観察していた朔夜は、何か思いついたようにニヤリと笑うと、唐突に俺の腕をとった。
「では、アキヒロに着替えさせてもらおうかの。望みを聞くのじゃ。それぐらいはしてもらわなければな。ではアキヒロの部屋に行こうぞ」
「ちょ、ま」
俺は問答無用で連行されていった。
遥から放たれるプレッシャーに首をすくめながら、後でどんな言い訳をしようか、それだけを考えた。
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