第6話 幼なじみのご飯

 昼休み。

 遥と二人で落ち着いてご飯を食べられる場所を探す。

 ちょうど中庭のベンチが空いていたため、そこで並んで座って昼食を摂ることにした。


「んじゃ俺、売店でパン買ってくるわ」

「あ、私、あっくんの分の弁当作ってきたから大丈夫だよ。おばさんいないしどうせ自分じゃ作らないだろうと思って。本当は昨日も作ってきたかったんだけど、忙しくて」

「マジか。それはありがたい。遥の料理なんていつぶりだろうな。中学二年くらいの頃、一時期料理にハマっててよく作ってくれたよな」

「そうだったね。懐かしいなぁ」

「あの時より上手くなったか?」

「もちろん。食べてみれば分かるよ」


 そう言って、遥は弁当箱を一つ差し出した。

 黒く、大きめの弁当箱。遥自身のはピンク色の小さな弁当箱だった。俺のためにわざわざ弁当箱も用意してくれたのか。こういう気遣いは素直に嬉しい。


「んじゃ、いただきまーす」


 パカッと蓋を開けると、色とりどりのおかずが目に飛び込んできた。

 ほうれん草、星型に切り抜かれたにんじん、ミートボール、卵焼きと、オーソドックスなおかずたち。


「どう、かな?」

「んな不安そうな顔すんな。昔食ったのより格段に美味くなってる! なんて言うのかな、昔は味が単調だったんだけど、今は複雑っていうか」

「出汁とか調味料を組み合わせたのか色々こだわってるからね~。口に合ったようで良かった」

「美味い美味い。もしかして朝俺の家来たのはこの弁当を届けるためか?」

「違うよ~。ほら、あっくんって毎朝おばさんに起こされてるでしょ? 寝坊しないよう念のため家まで迎えに行こうかなって」

「過保護だなぁ。もう高校二年生なんだし流石に一人で起きれるようになったって。……高一の終わりぐらいから」

「そうだったんだ。偉い偉い」


 微塵も偉いだなんて思ってなさそうな声音で頭をなでてくる。


「ちょ、いきなり頭触んな!」

「まあ、私はそんな子に育てた覚えはありませんよ」

「お前は俺のオカンか」

「おばさんみたいに素敵な女性になれたらいいんだけどね」

「昔から俺のオカンのこと好きすぎだろ」

「だって素敵なんだもん。こう、理想の女性って感じでさ。美人だし家事完璧どころかお料理なんてプロ並みだし頭もいいし」

「そうかぁ?」

「そうだよ。すっと一緒にいるから気づいてないだけだよ。おばさんの素敵さに」

「まあ家族ってのはそんなもんだからな。近すぎるから見えないっつーか」

「近いのに見えないって深いね」

「一般論だろ」


 二人で弁当を食べながら世間話をする。

 学校で二人で食べることは滅多にないが、そこは昔から食事を共にしてきた仲。気負わない自然な空気が流れ……なかった。

 普段なら穏やかに過ぎたであろう時間。しかし今はお互いどことなくぎこちない雰囲気になっている。会話のテンポや声音でそれが分かってしまう。

 八割方食べ終えたところで、ついに遥が核心に触れる話題を切り出した。


「あっくん」

「ん?」

「昨日、私の身体を舐め回したり、今朝、幼い女の子に踏まれて喜びながら足に吸い付いたりしたことなんだけど」

「ごふっ!」


 むせるよねまあ。当然のごとく。


「そろそろ理由を聞かせて?」

「待ってくれ! 誤解なんだ! 深い理由があって! って、あれ? 疑わないの? ちゃんと理由、聞いてくれるの?」


 俺が捨てられた子犬のごとく下から様子をうかがうと、遥は余裕のある面もちでのんびりと応えた。


「そりゃね。だってあっくんが理由なくあんなことするはずないもん」

「女神よ」

「あっくんが突然、ドMで幼い女の子の足を舐めるのが好きな足フェチさんに覚醒めたのなら話は変わってくるけど」

「そんなことはございません万に一にも」

「だよね」

「怒ってないのか?」

「何を?」

「その、昨日、あんなことしちゃったし」

「あー、うん。ビックリはしたけど。まああっくんだしね」

「女神よ」

「痴漢された証拠とろうと思ってこっそりスマホのビデオ起動させといたんだけど、どうしよっかな~」


 遥はいたずらっぽくニヤつきながら、スマホをふりふりした。


「示談でお願いします」

「判断早すぎ。冗談だよ」

「お前おっとりしてて一見無害な印象与えるけど実は抜け目ないよな。だから冗談とは思えん」

「女の子はみんな抜け目ないよ。なんてね。本当に動画なんてとってないよ」

「念を押すってことはとってなさそうだな。これで安心して説明できそうだ」

「ん。休み時間も残り二〇分くらいしかないし、そろそろ聞かせてもらおうかな」


「よし。いくぞ。家にいたあの女の子。名前を月読朔夜という。彼女はなんと、御年一〇〇歳のロリババアもとい人間より長命なバンパイア、吸血鬼なんだと。で、その朔夜に一昨日体液を吸われて俺は吸血鬼もどきにされてしまった、と。吸血鬼もどきになりたての頃はとにかく吸血したくなるらしくて、その欲求に逆らえず、昨日、お前相手に吸血してしまった、と。そんな感じですね、はい」


 自分が言ってることが荒唐無稽すぎて、俺は何を言ってるんだ? と客観的に突っ込みたくなった。

 遥は目を瞬かせ、考え込むように右拳を顎に添えた。


「う~ん。昨日、あの人間離れしたタックル見ちゃったしなぁ。それに、あっくんの別人っぷり。うん。朔夜ちゃんが人間じゃないってことと、あっくんが朔夜ちゃんのせいで変になっちゃったっていうのも分かった。でも、最後の吸血って何?」

「俺も詳しくは知らないんだが、吸血鬼は食べ物とは別に栄養をとらなきゃいけないんだって。吸血とは言うけど、実際は血じゃなくて体液でいいらしい。異性のね。だから遥の体液、昨日の場合、汗を吸血させていただきました」

「じゃああっくんはこれからずっと吸血しなきゃいけないってこと?」

「そう。しばらくは一日一回以上吸血しないといけないんだって。……昨日は、ごめん! 改めて謝らせてくれ! これからはなんとか本能的欲求を抑えるようにするから! 朔夜の体液で当面しのぐつもりだ!」


 遥に向かって頭を下げる。こればっかりは何度も謝っても謝りきれない。


「もういいって。さっきも言ったけど、驚いただけで怒ってないから。んー、そっか。朔夜ちゃんでしのぐ、か」

「?」 


 遥は弁当箱を片づけながら、何事かをつぶやきはじめた。


「よし、決めた! あっくん、今日、お夕食作りに行かせてもらってもいいかな?」


 弁当箱を巾着袋に入れ、それを持ち立ち上がった遥が、俺の正面に立ってそう言った。


「それはむしろありがたいけど。どうしたんだ急に」

「朔夜ちゃんとお話してみたくなっちゃった。朔夜ちゃんはこれからもあっくんちに泊まるの?」

「それは俺も気になってる。少なくとも両親がいない間は居座るんじゃないかな」

「そっか。りょーかい。今日は火曜日だから生徒会はお休みだよね?」

「おう。つか今週は全部休みだ。先週たまってた仕事全部終わらせたからな」


 うちの高校はどこかしら部活動に参加しなければならないことになっている。生徒会も部活扱いで、俺は書記として所属している。遥は生徒会の活動日が月水金だってこと把握してるんだな。


「じゃあ一緒に帰ろう。卓球部今日臨時で休みになったから。もしよければおじさんとおばさんいない間、私が毎日夕ご飯作りに行ってあげよっか?」

「ぜひ頼む。俺だけだったらコンビニ飯かカップ麺の二択になってただろうから」

「それなら帰り、スーパー寄って食材買おうよ。荷物持ちはお願いね」

「任された」

「決まり! そろそろ予鈴なるし、教室に戻るとしますかね~」

「おー」


 俺は慌てて弁当箱を片づけ、遥を追った。

 肩を並べながら廊下を歩き、教室へ向かう。

 周囲からからかわれるため、遥と学内で必要以上に関わらないようにしていたが、今日くらいいいだろう。

 教室に戻ると、軽音楽部の迷コンビ(?)、原田と加藤が仁王立ちで待ちかまえていた。何事。

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