第5話 キャラ作り

 ピッキーン。

 空気が凍る音が聞こえた。ような気がした。

 遥の知らない、中学一、二年生くらいの少女の足を熱心に舐める、高校生男子の図。

 完全に事案である。

 遥の出現により、俺は急速に正気に戻る。吸血欲求は既に満たされていたため、遥に目撃されながら吸血行為を続けるという恐ろしい事態は避けることができた。いやもう十分恐ろしい事態なんだけども。

 俺はあまりの事態に言葉を失い、呆然とする。

 逆に全く動じていない朔夜が、自ら遥に名乗っていた。


「我はこやつの主。吸血鬼界でその名を知らぬモノはいない吸血鬼の中の吸血鬼、月読朔夜じゃ。何をしているか? 愚問じゃの」


 クックック、と、悪役さながら喉の奥で笑う朔夜。

 いや、愚問じゃの、じゃねぇよ! その先をちゃんと言えや! これがいかがわしいことだて誤解されるじゃねぇか!

 遥も俺と同じく呆然としていたが、俺より早く復活し、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「……あっくんのご両親に連絡しなきゃ。おじさんおばさんがいない間に、あっくんが、中学生くらいの女の子を家に連れ込んでえっちなことをしています、って」


 遥は涙目でプルプル震えながら、たどたどしくスマホをタップしはじめた。


「ちょっと待ってくれぇぇぇぇええええ! 誤解! 誤解だから! 話せば分かる!」

「わ、私、知ってるもん。そういうこと言う人に限って、やましいことがあるんだから」

「漫画の読みすぎだ! な、俺たち、長い付き合いだろ? 俺が、遥の言ったような、犯罪まがいのことするはずない、って知ってるよな?」

「で、でも! あっくんの部屋にあったえっちな本、とんでもなく巨乳な子か、貧乳な子のどっちかしかなかったもん!」

「なんでそれを知ってるのぉぉぉぉおおおお! ともかく、落ちちゅけ! れいすぇいになれ!」


 早足で駆け寄り、遥の背中をさする。

 小さい頃から、緊張しいであがり症な遥を落ち着かせるためにしてきたこと。

 取り乱していた遥だったが、そうしたおかげか、段々と紅潮して赤みを帯びた皮膚が、普段通りの血色に戻っていく。


「うん。冷静になっても、やっぱりこれ犯罪だよね」


 遥の、一度おさまった涙が、また溢れそうになっている。


「違う違う違う! あいつは中学生じゃなくて、一〇〇年は生きてるロリババアなんだ!」


 そう言った直後、朔夜が不満そうに口を尖らせてタックルをかましてきた。


「だーれがロリババアじゃ! 吸血鬼換算すればぬしらとさほど変わらんというておろうに! なのにババア呼ばわりとは何事じゃ! 我も一応乙女なのじゃぞ!」

「ぐ、ふ、お、乙女がタックルで大の男を吹き飛ばすものじゃありませんことよぉ!」


 俺は朔夜のタックルをくらって宙を舞い、ソファに着地した。

 人間離れした怪力に、遥が瞠目している。これはチャンス。


「な? こいつ、人間じゃないだろ? 普通、こんな小さい女の子が、タックルなんかで人間を吹き飛ばせるわけがない」

「この人は特殊な訓練を受けています。真似してはいけません。って注釈が入る人の可能性も」

「だから漫画の読み過ぎだから! すぐに信じるのは難しいかもしれないけど、お前が目にしたのは幻覚でも何でもないからな」

「う、うん。流石に、目の前で見せられちゃね」


 遥も、朔夜の異常さについては理解してくれたようだ。朔夜を怒らせてよかった。


「全く。失礼しちゃうわ。ロリって言われるのは、まあ、こんな見た目だし仕方ないと割り切ることができるけど、ババアはヒドすぎるわ。……グスン」


 訂正。女の子を怒らせて、あまつさえ泣かせるのは悪いことです。


「って朔夜? なんかキャラ変わってないか? いつもの尊大な口調はどうした?」

「え? あ。ち、違うのじゃ、この口調は決してキャラ作りのためとかではなく!」


 語るに落ちるとはまさにこのこと。

 にじみかけていた涙をぬぐい、手をわちゃわちゃ振りながら必死に否定しようとしている。

 考えてみると一〇〇年前に一人称が我で、~なのじゃ等の言葉遣いをしていた人はそうはいないだろう。

 そっかぁ。キャラ作りだったかぁ。


「分かってる。分かってるから」


 生意気盛りの親戚の子どもを見るような目で朔夜を眺め、その愛らしさから思わず頭をなでてしまう。


「絶対分かってないじゃろ! ん~~~~!」


 地団駄を踏んでいる。かわいい。


「なんか、仲良いね」


 置いてけぼりにされた遥が、恨みがましい目つきで俺たちを見ていた。


「いや、そんなでもないぞ。昨日会ったばっかりだし」

「当然じゃ! 我とアキヒロは主従関係で結ばれておるからの!」

「ふ~ん。そんなに仲が良くない子に踏まれて喜んだり、足を舐めて喜んだりするなんて、付き合いの長い私でも知らなかったなぁ。あ、あと、その、主従関係っていうのは、その、アレ的な意味の?」

「ちっが~う! 説明させてくれ今すぐに!」


 遥にとんでもない勘違いをされる前に、俺の身に起きたことを詳細に説明せねば。


「私も、あっくんの弁解をじっくり聞きたいとこだけど」

「弁解って言い訳って意味だからね? しつこいようだけどそもそも罪を犯してないからね?」

「そろそろ出ないと学校に遅刻しちゃうから、説明は昼休みに聞くね。私、玄関で待ってるから急いで準備すること!」

「はい!」


 時計を見て、真面目モードになった遥の言いつけを守るべく、洗面所で身だしなみを整え、制服に着替え、玄関へ。


「お行儀悪いけど、仕方ないね。コンビニでパンでも買って、食べながら行こう」

「だな。朝飯抜くと頭回らないし」


 そんなこんなで、未だ気まずさは残るものの、二人でパンをかじりながら登校する。

 俺も遥もパンを食べながら学校に急ぐってことで、道の角で美少女、あるいはイケメンとぶつかって、唐突にラブコメ時空に飛ばされる、なんて期待したが、そんなことは一切なく、普通にパンを食べ終わり、昨日見たドラマの話なんかをしながら歩いた。いけないな。遥の影響で俺まで漫画脳になっちまってる。

 校舎に着き、いつものように小野と原田に遥と登校したことについてつっこまれながら、俺は頭の中で、昨日からのあれこれをどう説明したらいいものかと考えていた。

 あと、遥を舐めまわしてしまったことに対する謝罪についても。

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