第3話 体育館裏、汗
「うーっす」
ワックスで頭をつんつんに立たせたサッカー部の小野と、ロン毛を毎日丁寧に手入れしている軽音楽部の原田。教室の隅で雑談していた二人に挨拶する。
「おはー。まーた朝から遥ちゃんと熱々登校か。シネ」
小野から軽めの腹パンを喰らう。いつもの流れだ。
「だからいつも言ってんだろ。遥とはそんなんじゃないって。手の掛かる、いや、かからないな、ともかく妹みたいなもんだ。つかお前彼女いんだろ」
「別れたよちくしょう。次は美紀と付き合うか」
「この節操なしめ」
小野はモテる。モテるものには常に彼女候補がいる。いわゆるキープというやつだ。富めるものはますます富む。世の中不公平だ。
「ロォック! オレからしたら小野も月瀬も羨ましいけどな。女に縁があって」
原田がエレキギターをチャカチャカ弾きながら恨めしそうな視線を向けてくる。あとこれは言うまでもないことだが、原田は軽音楽部としての矜持から、会話の最初にロックを迸らせる。
「軽音楽部って可愛い女子たくさん所属してなかったっけ?」
「ロック。軽音楽部に女はいない」
「いや、いるだろ。うちのクラスの加藤とか」
「ローックッ! 月瀬。やつらは女じゃない。生物学上そう定義されてるだけだ。言うなればやつらは変人、いや、狂人。とても恋愛的な目では見れない」
聞こえてんぞ股間ポークビッツ野郎! という言葉とともにピックが飛んできて原田の頭に突き刺さる。痛そう。
「いってぇ! 何しやがるんだこのまな板女ぁ!」
そのまま原田と加藤は口汚い罵り合いへ。
「加藤もなぁ。あの口の悪さが無かったらイケるんだけどなぁ。流石に今日めっちゃでかいウンコ出たわぁとか言う女子は無理だわ」
小野が残念そうにそうこぼした。
加藤は客観的に見てかなりの美人。原田の気持ちも分からなくはない。
原田と加藤の口げんかはいつの間にかラップバトルに発展していて、高度なディスり合いをしている。流石は軽音楽部。ラップも嗜んでいるのか、上手い。
俺と小野はその様子を生暖かく見ていた。この二人のバトルはもはや恒例行事と化しており、クラスの大半は気にしていない。
加藤と同じグループの遥も、俺たちと同じように生暖かくラップバトルを見守っていた。
遥と目が合う。俺たちは互いに肩をすくめた。
「おいおい、なに遥ちゃんと通じ合ってんのよ。やっぱりお前等デキてるんじゃないの~? デキてないにせよ、エロいこととかしてたり? かーっ、不健全ですなぁ!」
ニヤつきながら肩をバンバン叩いてくる。シンプルにうざい。
ワックスで固めた髪をわしゃわしゃ崩しながら、俺は原田に宣言した。
「だーかーら! 俺と遥はそんなんじゃないっての! 遥とエロいこと? そんなの未来永劫ありえるかっての!」
二時間目。体育の後。
「ちょ、待ってあっくん、ダメ、なんでそんなとこ、やめてって、汚いよぅ」
「我慢できない。遥の腋汗、美味しいよぅ。ハァハァ」
俺はただひたすらに遥の腋にむしゃぶりついていた。
舐めても舐めても溢れてくる汗に興奮が止まらない。体育後万歳!
強烈な本能によって俺の理性はねじ伏せられてしまった。今の俺は食糧を前にして食欲を解放させる獣なのだ。
うーん、ロリババアのとはまた違ったさわやかな口当たり。くどすぎず、適度に甘い。これだけでご飯三杯はいける。
腕を押さえられ、なすすべなく俺に舐められる遥は、顔を真っ赤にさせて小刻みに震えていた。
「く、ふっ、はぅ」
思わず、といった様子で漏れ出る喘ぎ声。遥のそんな声をはじめて聞いた。
それで一瞬、食欲とはまた違う別の三大欲求が首をもたげかけたが、すぐに食欲の波にのまれる。
汗の発生源にすぐに飛びつく。たまって滑り落ちるのを待って一気に口に含む。
様々な舐め方を試し、堪能し、遥の汗が出なくまでしゃぶり尽くす。遥の腋は手入れが行き届いて実になめらか。抜群の舌触り。おかげで舌が踊り狂っちまうぜ!
俺の食欲がおさまったのは、予鈴が鳴るのと同時だった。
倉庫の壁づたいに、ずるずると下がっていき、尻餅をついた遥が、涙目で俺を見つめてくる。
「いきなり、ひどいよぅ、あっくん」
「誠に申し訳ございませんでした」
ザ・土下座。日本式最上級謝罪。
俺は地面に額をこすりつけながら、なぜこんなことになってしまったのか、現実逃避の意味も含めて回想した。
※※※
一時間目の国語はつつがなく過ぎ去り、二時間目の体育。
女子はテニス。男子はサッカー。
サッカー部の小野に教えてもらいつつ、ドリブル練習やパス練習に励む。
うちの体育教師は適当というか、合理主義というか、一通りのことを教えたら、後はその種目の部員に教えさせるのだ。今回はうちのクラスのサッカー部員全員が指導係にまわっている。
ほどよく運動し、皆。汗をかきはじめる。
もしかして、体液を吸いたくなるんじゃ。
男の体液を吸う自らの想像で気持ち悪くなったが、男の汗を見ても何も感じなかった。どころか、いつもより汗臭いなこいつら、と感じるほどだった。
今日の朝、ロリババアの体液吸ったから腹が満たされているのかもしれない。
男の体液を吸う必要がなくなったことで安堵し、そのままいつも通り身体を動かす。
問題が発生したのは、体育終了後。校舎へ戻る際、女子と合流する時だ。
女子の一団が迫ってくるごとに、俺の中の何かがうなり声をあげはじめたのを感じた。
風にのって鼻孔に届く……運動後女子の芳醇なかほり!
バカな! 男子の時には一切感じなかったのに!
俺の目には、女子の一団はさながらホテルのバイキングのように映った。様々な匂いが頭を刺激し、立ちくらみを起こしそうになる。
冷静になれ! ここで暴走したら学校生活だけでなく社会的に終わる。
急いで手洗い場まで行き、蛇口を上に向け、水をがぶ飲みしながら顔を洗い、意識を反らす。
湧き上がった食欲をすんでのところで止めることができた。
後は、女子の一団が去ってくれれば。
すると、隣に、女子がやってきた。
「あ、あっくんだ。まだ六月がはじまったばっかりなのに熱いね~。私、もう汗だくだよ~」
分かったことがある。女子の一団の中で最も俺を刺激してきた匂いの正体。それが、今隣にいる、遥の汗だということが。
「遥。ちょっと話したいことがあるから、俺とタイミングをずらして倉庫の裏に来てくれ。くれぐれも怪しまれないように」
「え? うん。いいけど」
遥は二つ返事で了承した。
隣に来たのが遥以外の女子だったら、俺は舌を噛んででも自らの食欲に抵抗しただろう。
しかし隣に来たのは、気心の知れた遥だった。そのせいで、僅かな緩みが発生。俺の理性が本能に食われた。
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