第2話 遥

 世界共通認識としての吸血鬼。

 様々な伝説がある、空想上の生物。人間の血を吸って栄養をとる、不死身の存在。日光に当たると死ぬ。にんにくや十字架に弱い、などなど、特に吸血鬼について調べたことのない俺でもる程度の逸話はすらすら出てくる。


「吸血鬼なのに日に当たっても平気なのか?」


 目の前の少女には燦々と朝日が降り注いでいる。なのに痛がる素振りすらない。


「そりゃあそうじゃ。吸血鬼に逸話なぞほとんどが真っ赤な嘘じゃ。血だけに、な」

「あ、そういうのいいんで」

「むふん。世にちらばっておる逸話は、面白がった吸血鬼が勝手に広めただけじゃな。我のご先祖様たちは自分たちを題材とした作品を読むのが大層好きだったようで、こういう設定にしたらどうだ、あの設定も良い、などと盛り上がっていたそうな」

「随分親しみやすい吸血鬼だな……」

「まあ、嘘ではない逸話もあるが、いや、嘘ではない、は言い過ぎじゃな。似たような性質は持っておるよ。例えば、寿命。不死身とまではいかぬが、人間の四~六倍は生きる。あと、吸血。実は摂取するのは血でなくともよいのじゃよ。体液でさえあれば、な」


 そこまで真面目に話してきた少女は、最後はもったいつけて、ニヤつきながら、さっきまで俺が吸いついていた足を組んでぷらぷらさせていた。


「まさか、俺がさっきやってたことって」

「そのまさかじゃ。ぬしは変態的行為などといったがとんでもない。眷属としての当然の行為、吸血行為を行ったまで。ちなみにさっきから言っておるが、我らが体液からエネルギーを摂る行為は吸血と呼ばれておる。血ではないものを吸っても吸血じゃ」

「そんなことはどうでもいい! つまりはなんだ? 俺は吸血鬼にされちまったってことか?」

「いや、吸血鬼の眷属じゃ。吸血鬼と、その眷属は別の存在。今のぬしはさしずめ劣化吸血鬼と言ったところじゃ」

「劣化吸血鬼?」

「そうじゃ。我のような完全な吸血鬼ほどではないにせよ、身体能力の向上が見込めるじゃろう」

「吸血鬼ってそんなに身体能力高いのか?」

「我の五〇メートル走のタイムは四,〇五じゃ。これでも吸血鬼の中では遅いほうじゃぞ」

「嘘だろ」


 確か五〇メートル走の世界記録は五秒後半だったはず。


「それと、眷属になりたてのぬしはとりわけ吸血欲求が強くなっておる。我は月に数回程度じゃが、ぬしは二日に一度、下手をしたら一日一回吸血しなければ気が済まなくなるのではないかと我は踏んでおる」

「それこそ、嘘だろ? さっきみたいなことを毎日しなければならないだって?」

「うむ」

「絶望した」

「何を言う。吸血鬼の中でひときわ高貴な我の眷属になれたのじゃぞ。光栄に思え」

「どうでもいいわ! 吸血鬼の中で、とか知るか! とにかく、あんたの目的が犯罪じゃないことは分かった。いやある意味あんたが俺にしたことは犯罪だが。そして俺があんなにしたこともまたある意味犯罪だが。とにかく、もう俺の家から出て行ってくれ!」

「眷属よ。我は腹が減った。朝食を献上せい。体液の方の食事ではないぞ。食物の方じゃ」

「マイペースかっ! そして俺の話を聞けぇ!」

「腹が減っては頭が回らん。はよう」

「ぐげっ」


 変な声が出たのは、首もとを締め上げられ、ベッドから俺の足先が浮いたためだ。


「おっと、力加減を誤った。空腹のせいじゃな。あーあー空腹で頭がおかしくなった我が何をしでかすか、自分でも分からんのぅ」

「すぐ朝食を用意させていただきます。少々お待ち下さいませ、マイマスター」

「うむ。よきにはからえ」


 こうして俺は何がなにやら分からぬうちに吸血鬼の眷属になってしまった。これから俺の受難の日々がはじまる。

 ちなみに我がご主人様は俺の作ったスクランブルエッグを大層美味しそうに召し上がった。ウインナーを食べる姿が妙に艶めかしかったのはきっとわざとだ。

 幸せそうに朝食を食べる吸血鬼の少女はとても可愛らしく見えた。



 吸血鬼の少女、もとい齢一〇〇歳のロリババアを家に一人で残すのは色んな意味で心配だったが、だからといって学校をサボっていいわけではない。

 現在六月はじめ。高校二年生としてスタートを切って早二ヶ月。あと一ヶ月そこそこで夏休みがやってくる。来年の夏休みはみんな受験モードになってるだろうし、高校生の夏を楽しめるのが今年で最後なんだ。そのために日々真面目に授業を受け、何も問題なく過ごさなければ!

 と、無理矢理頭を学校モードにしようと試みたが、そんなことは当然できなかった。だって俺人間じゃなくなったかもしれないんだもん。まだ眷属っていうのがどんなもんか分かってないんだもん。


「婿に行けない身体になってしまった……。こんなんじゃ恋愛もできないよぅ」

「朝からどうしたの、あっくん」

「いやな、花の高校生なのに俺は恋愛をする権利を失ってしまったかもしれないと悩んでてな」

「朝からそんな深刻なこと悩んでるなんて、あっくんらしくないね。何かあったの?」

「それがな、昨日……って遥!? お前いつの間に」

「ついさっき。珍しいね。あっくんがこんな早めの時間に登校してるなんて」


 急に話しかけてきたのは俺の近所に住んでいる幼なじみの陽向遥

ひなたはるか

だ。

 今日も今日とてふんわりしたショートボブに学校の規則をきっちり守った長めのスカート、着崩すことなくきっちり締められたブレザーとリボン。自己主張が抑えめの見た目をしている。いや俺も人のこと言えないんだけど。しっかし、もっとおしゃれやメイク頑張れば超絶美少女としてもてはたされるだろうに、もったいない。


「ああ。昨日色々あってな。疲れて早めに寝た結果、規則正しい生活を送れたわけだ」

「なるほどね。おじさんとおばさん、先週の金曜から一〇日間の出張って聞いたから、朝ご飯作りにいこうとあっくんち行ったんだけど、誰もいなかったからビックリしちゃったよ」

「っ! 本当に、誰もいなかったんだよな?」

「え? うん。インターフォン押しても誰も出なかったし」


 あっぶねぇ。誰か訪ねてきても居留守してくださいって頼み込んだ甲斐があった。ちゃんと約束は守ってくれてるようだ。


「そうか。だよな」

「あっくん? なんだか今日は変だね? 顔色も悪いし、昨日何かあったの?」


 心配そうに下からこちらをのぞき込んでくる遥。俺は顔に出やすいから、昔から何かあるとすぐ遥にバレては、その都度相談していた。

 けど、今回ばかりは、そうするわけにはいかない。てか話しても信じてもらえないだろう。


「ちょっとね。まあ大したことじゃないよ」

「ふぅん。話したくなったら言ってね。いつもみたく相談乗るから」

「おう。さんきゅ」

「ん」


 会話が終了し、俺たちは黙って高校までの道のりを歩いた。別に仲が悪いとかじゃなく、どちらかが何か話したくなったら、片方がそれを聞く。どちらも特に話したいことがなければ、ただ黙って歩く。物心つく前から二人で登校し、高校二年になった今もその流れでなんとなく一緒に登校しているが、このスタンスは変わらない。

 高校一年の時はクラスが違っていたが、二年生の今は同じクラスになったため、教室まで一緒に移動する。

 教室に入ってから俺と遥は各々のグループの元へ。

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