第78ターン 真実まであと一歩

 オルファリアの決死の質問にクラッドが浮かべた表情は……一言では言い表せない、本当に多くの感情が入り混じった複雑なものであった。幾度も目を瞬かせ、口の開閉を繰り返し……やっと彼は、一つの台詞を紡ぎ出す。

「……オ、オルファリア……オマエ……コトネリアさんの娘なのかっ……!?」

 オルファリアの質問に対する回答ではなく、逆にオルファリアへの質問である。

(……あ、そっか。今のわたしの質問、わたしとお母さんコトネリアが親子だってことの暴露になるんだ。……でも、今さらそこをごまかしても仕方が無いよね……)

 クラッドには、オルファリア最大の秘密であったサキュバスという正体を見られてしまったのだ。今さらこの程度のことを隠しても意味は無いと、オルファリアは開き直る。

「……そうです。コトネリア・アシュター――一二年以上前、カダーウィンで冒険者をやっていた、献身教ナートリズム僧侶クレリックであった彼女は……わたしの実母です」

「……マジかよ……」

 クラッドは信じ難い様子で頭を振っていたが……その金の眼差しが改めてオルファリアを食い入るように見詰め、溜息を吐いた。

「……いや、よく見りゃ確かに……似てるな。髪の色も、サキュバスん時のコトネリアさんにそっくりだ……。――って、いや待て! オルファリア、オマエ一四歳だろうが! その計算だと、コトネリアさんはオレと出会った頃には既にオマエを産んでたってことになるぞ……!?」

「……えぇと……本当は一二歳なんです、わたし……。二歳上にさばを読んで、冒険者ギルドに登録してまして……」

 年齢詐称についても正直に話したオルファリアに、二の句が継げなくなるクラッド。暫しの間、沈黙して……もう一度より深い溜息を吐いた。

「……そのカラダで一二歳は、反則だろ……?」

 クラッドの心の底からと思われる指摘に、オルファリアは巨大な蝙蝠のような黒翼で我が身を包み込む。顔色が再び赤みを増した。

(と、とにかく、クラッドさんもわたしとお母さんが親子だってことは納得してくれた……よね?)

 クラッドの雰囲気を窺ってそう判断したオルファリアは、再度質問を繰り返した。

「それで、その……クラッドさんは、お母さんがサキュバスだって……知ってたんですね?」

「……ああ」

 今度こそクラッドは頷いてみせる。

「オレが冒険者になったばかりの頃にな、コトネリアさんと一緒に行動してた時期があるんだよ」

「それは……はい、わたしも聞きました」

 ガストムから真っ当ではない手段を用いてだが……。もっとも、オルファリアが誰からその話を聞いたのか、特にクラッドは気にしてはいない感じだった。姿勢を正し、胡坐を搔いて、当時のことを思い出すようにやや俯きがちで話を続ける。

「……コトネリアさんがオレなんかと一党パーティを組んでくれたのは、きっと献身教ナートリズム僧侶クレリックだったから……だろうな。未熟でどうしようもなかったオレを、見捨てられなかったんだろうよ……。じゃなきゃ、当時等級レベルが【Ⅰ】だったオレを、今のオレよりも等級レベルが高かったコトネリアさんが相手にするわけがねぇからな……」

「……そんなことは――」

「――ねぇ、とは言い切れねぇだろ? 何か根拠があるのかよ?」

「……日記が……」

 自嘲気味に語るクラッドへ、オルファリアはカダーウィンに着いて初めての冒険で入手したコトネリアの日記の内容を思い返しながら、反論する。

「お母さんが当時のことを記していた、日記が残ってたんです。その中にクラッドさんのことも書かれていて。わたしが読んだ印象だと……お母さん、楽しそうでした」

 少しでも実父のヒントを探そうと、オルファリアは何度も何度もコトネリアの日記を読んでいた。記憶に焼き付いていたその部分を、彼女はそらんじる。


■華竜歴二〇七年 長き夜の月 一五日

 近頃一緒に冒険するようになったクラッドくん、面白い子だわ。私が見逃していたことにも気が付いて、ここぞという時にアドバイスをくれるのよね。今日行った遺跡でも、彼の言葉がヒントになって隠し部屋を見付けられたわ。

 ……何事にも真面目過ぎる分、失敗した時にそれを引きずり過ぎるのが少し心配だけど……間違いなく逸材ね。将来はきっとカダーウィンでも……ううん、大陸でも有数の冒険者になるわ。私が保証する。

 うかうかしてると、私も等級レベルを追い抜かれちゃいそうだわ。明日の冒険も頑張らないとね。……明日はクラッドくんたちと、どんな発見が出来るかしら? 楽しみ♪


 ……オルファリアが伝えたあの頃のコトネリアの気持ちを、クラッドは一言も発さずに聞き終えた。膝に置かれた彼の手が、微かに震えている。

「……お母さんは絶対、クラッドさんとの冒険を楽しんでました。日記の文字も弾むみたいで……。だから、信じてあげて下さい」

「……そうかよ」

 真摯に訴えたオルファリアに、クラッドは少々ばつが悪そうに顔を横に向けた。不貞腐れたようにも見える彼の仕草に、オルファリアは「……あっ」と口元に手を当てる。

「……す、すみませんっ。話の腰を折ってしまって……。あの……それで――」

「――別に気にしちゃいねぇよ。それで、オレがコトネリアさんの正体を知ってた理由だな? そんな複雑な話でもねぇ。単に……ある時にオレともう一人の仲間がドジっちまった。オレらの危機を救う為に、コトネリアさんが本当は秘密にしなきゃいけなかったサキュバスとしての力を使った……そういうことだよ」

 やや早口で言い切ったクラッドは、何だか胸のつかえが取れたような声音だった。その声音のまま、彼はまたもオルファリアに問いを投げ掛ける。

「それで……コトネリアさん、元気か? 今は何処に住んでんだよ? いきなり居なくなって、オレも結構心配したんだぜ?」

「……あ……そ、その……」

 そこで、オルファリアも重大なことを悟る。ここまで話したのだ。クラッドにはきちんと、教えねばならない。……コトネリアが死んだことを……。

 流石にそれには相当な勇気が必要で、オルファリアはしばらく黙した。それに何かを察したのか、クラッドの腰が僅かに浮く。

「……おい、オルファリア。コトネリアさんは――」

「お母さんは――亡くなりました。まだ……二ヶ月も経ってません……」

 オルファリアの説明に、クラッドの僅かに浮いた腰は地面に力無く落ちた。彼の顔から表情が……それ以外にも色々なものが抜けていく……。

 その様を目撃して、オルファリアは理解する。はっきりと理解した。

(……ああ、クラッドさんは――お母さんのことが本当に……今でも好きだったんだ……)

 ……オルファリアはクラッドから『あんなこと』をされそうになったが――あの行為はことを、今なら把握出来た。その事実に、何故だか胸がチクリと痛むが……。

(……女性としての魅力も、わたしはお母さんにまだまだ及ばないって突き付けられたからかな? ――ああ、もう、今大事になのはそうじゃなくて……)

 クラッドがこのような顔をするということは、やはりなのか? ……その疑念の答えを得ることを、最早オルファリアは我慢出来ない。

(そう、だよ。そもそも、わたしが今回クラッドさんに同行したのだって、その回答が欲しいからだったんだもの……!!)

 故に、オルファリアは、その何よりも重要な疑問を口に出した。


「ク、クラッドさん。クラッド、さんが、わたしの――お父さんなんですか!?」


 ……それに、クラッドの答えは――

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