第77ターン 決定的な、その言葉
――その瞬間であった。
「……っえ? ――あっっ……!?」
オルファリアの中のスイッチが音を立てて切り替わる。……切り替わってしまった。貞淑な
(だ……駄目っ……!!)
それが非常にまずい事態であることは、オルファリアにだって理解出来る。クラッドは歴戦の冒険者だ。サキュバスなどの
(そんなクラッドさんから見れば、わたしなんて……人の中に紛れ込んで、虎視眈々と獲物を陥れるチャンスを狙ってた魔性としか思えないはず……!)
……或いは、今のこの行為自体が、クラッドを餌食にする為の罠であったのだと判断される可能性もあった。そうなれば――
(……ク、クラッドさんは容赦しないんじゃ……!? 一転してすぐにでもわたしを……殺そうと、する……かも……っ……!?)
(クラッドさんに……お父さんかもしれない人に……化物扱いされたら――っ、っっ……!!)
……胸を剣で何回も何回も刺されたかのような痛みが、オルファリアを蝕んだ。
(なのに……あぁ……なのに……!!)
サキュバスとしての本性の発露は、今さらオルファリア自身にも止められなかった。自身の内より現れ出でるものを嫌というほど感じながら、
「お願い……! クラッドさん、見ないで下さいっっ……!!」
「……? どうした、オルファリ――っ!? ンなっっ……!?」
クラッドもオルファリアの異常に気が付かないわけが無かった。彼の金色の眼が、これ以上は無いというくらい大きく見開かれる。……そこに映る自分の髪の間から、捻じれた山羊のような角が伸びる様をオルファリアは目撃した。
(背中からは翼も広がってるし……お尻からは尻尾も生えてきてる……!)
その全てを自覚しながらも、今なおクラッドに組み伏せられた姿勢であるオルファリアには、逃げ出すことは許されない……。
「……っ……うぅっ……!!」
自分の全身に禍々しくも妖艶な輝きを湛えた幾何学模様が生じるのを目の当たりにしつつ、オルファリアは鳶色の目の端から涙を、珊瑚の一欠けのような唇から嗚咽を漏らしたのである。
オルファリアの変貌を目に焼き付けたクラッドは、数秒間呆けた表情を浮かべていた。……やがて、己が目で見た一連の光景と脳内に蓄積された情報が合致し、結論が出たらしく、彼の口からカラカラに掠れた声が零れる。
「……オ、オルファリア、オマエ……サキュバス、だったのか……!?」
「……っっ……!!」
(もう……駄目っ! 本当に、もう……お終い……っっ!!)
「……っ……ぁ……ぅ、うああぁぁああああああ~~~~~~~~~~っっ!?」
「…………え……? クラッド、さん……?」
クラッドが……〝辺境の暴君〟と謳われるカダーウィン最強の冒険者が、その二つ名に到底相応しくない……気持ち悪い虫を見付けた幼女の如き情けない悲鳴を上げ、オルファリアから這いずって逃げたのである。尻餅をついた体勢で視線をあちこちにさ迷わせている彼の股間では、あれほど滾っていた男性の証まで縮み上がっており、演技ではないことが明白だった。
「……っ……!」
オルファリアが想定していたものとは異なる反応であったが、クラッドが彼女の本性に拒絶反応を見せたのは確かである。鼻の奥がつんっ……としてきて、オルファリアは歯を強く食い縛った。
(駄……目っ……泣いてる暇なんて、無い……のにっ……!!)
想像以上に胸を衝くショックに、オルファリアは身を起こして……それ以上は動けなくなる。急いでこの場から逃げるか……そうでないのならばクラッドに弁解の一つでもするべきであるはずなのに、彼女は何も……何も出来ない……。
……そこへ、クラッドから決定的な言葉が告げられた――
「ナ、
「――え……?」
ドクンッと、別の意味でオルファリアの心臓が跳ねた。加速を開始した心臓のせいで彼女の息は苦しくなり、短く断続的な呼吸を繰り返す。
「はっ……はっ、はぁっ……!?」
(……こ……声が、出な……!? だ、駄目っ、訊かない、とっ……!!)
オルファリアは何度も唾を呑み込んで、痛いほど拍動する心臓の前で両手を祈りの形に組み合わせて、ようやくその質問をクラッドへと絞り出した。
「ク、クラッドさん……わたしの、お母さんがサキュバスだって……知ってたんですか!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます