第71ターン ノーカウント
……。
…………。
………………。
(……………………っっ!?)
「――っぷはぁっ……!!」
着水から数十秒後……落下の勢いのまま水中へと引き込まれていたオルファリアは、肺の中の酸素が尽きる寸前で何とか水面上に顔を出すことに成功した。
「はっ……はぁっ……はひゅっ……」
(こ、故郷の村のすぐ傍に、大きな川があって良かった……)
その川での水遊びが、オルファリアたち村の子供や若者らの娯楽の一つであった。おかげでオルファリア自身も泳ぎは苦手ではない。だからこそ、アーネル像に突き落とされた先、奈落の底に存在していた地下水脈に落ちても、彼女は比較的冷静に対応出来たのだ。
(それでも……《
高所からの落下で受ける衝撃は、たとえ下が水であっても強烈なものである。……人の身体などバラバラになりかねないほどに。それだけの威力を吸収してくれた信奉する
「それで……っ、クラッドさんはっ? クラッドさーん!」
立ち泳ぎをしつつ、オルファリアは周囲へ呼び掛ける。……一緒に落下し、同じく着水したはずのクラッドの姿は、《
(もしかして、流されてはぐれたの? ……うぅん……それも考え難い、かな……?)
オルファリアは手のひらで水を掬いながら考える。この地下水脈、流れは本当に緩やかだ。オルファリアが全身の力を抜いて浮いてみても、歩くよりも遅々とした速度でしか動かない。オルファリアよりも体重がずっと重く、その上で現状全裸の彼女とは違い、服も冒険者としての装備もきっちりと身に着けていたクラッドがそうそう流されるとは――
「――あ。逆に、服や装備が水を吸って、それの重さで沈んでる!?」
その可能性に思い至り、オルファリアは慌てて身体の上下をひっくり返した。頭を水底へと向け、そちらへ進むべく水を蹴り付ける。
ただでさえ、地下。それに加えて水中ともなれば、本来ならば人の視力では見通すことなど叶わなかっただろうが――
(それに、わたしだってサキュバスだもん。
オルファリアの暗さをものともしない
(もしかして……あの古代神殿は、本来は遥か地下深く、この地下水脈の辺りまで続く
だが、ここは年間の雨量がかなり多いカダーウィン地方である。何百年という年月を掛けて、その雨が
(わたしたちが落ちた大穴は、そうやって
だとすれば、自分にとどめを刺したクラッドに対し、彼の古代神殿は恨み骨髄だったのかもしれない。だからこそ、執念で彼へと最期の報復を行ったのではないか? ……オルファリアがそのように感じてしまったのは、当の古代神殿の瓦礫の至近に、ぐったりとしたクラッドの姿を見出したからだった。
(ク、クラッドさんっっ!?)
焦燥感に駆られ、オルファリアは全速力の泳ぎでクラッドの許に馳せ参じた。脱力した彼の肩を揺さぶれば、じわじわとその顔が動き、金色の目線がオルファリアを捉える。……生命はまだ健在。意識も辛うじてある。……が、限界を超えた極度の酸欠、窒息寸前だということがオルファリアから見ても明らかであった。
(な……何でクラッドさんがこんな……!?)
オルファリアが視線を巡らせれば――クラッドの片脚がアーネル像だった瓦礫に挟み込まれ、抜けなくなっているのが見て取れた。だが、クラッドほどの実力者がその程度のことで窮地に陥るなど不自然である。瓦礫など攻撃魔法で粉砕すれば良いし、それ以前に
(ああっ、もうっ、そんなこと考えてる場合じゃなくて……!!)
オルファリアが今、思考するべきことは、如何にしてクラッドを助けるか、その一点のみに尽きる。
(
そうやって選択肢を狭めていく中、オルファリアは今の自分に出来る最も適切な方法を考え付く。……考え付くが……一旦それは頭の中の棚に上げて、別の方法を模索した。
(だ、だって……。えぇとっ、わたしがクラッドさんの脚を挟んでる瓦礫を砕くのは……うぅ、無理っ。一度水面まで上がって、袋か何かに空気を溜めて戻ってくるのは……肝心の袋が無いよぅ……!!)
そのように悩んでいる内に、クラッドの顔色はますます土気色に近付いていっていた。猶予は無い……クラッドの側の限界というだけでなく、それを行うには、オルファリアの側も余裕が必要であるのだから……。
(あぅぅ………………か、覚悟を決めなさいっ、オルファリア! ナートリエル様の信徒が、人助けに躊躇してどうするの!!)
自分で自分を叱咤して、オルファリアは躊躇う感情を頭の隅へ追い遣った。一番確実と断言出来るクラッドを助ける方法の、実行に動く。
……それでも、オルファリアの頬が灼熱を帯び、クラッドの頬へと伸ばした手が震えるのは仕方が無かっただろう。
(……わ、わたし、初めてなのに――う、うぅん! これはあくまでも救命活動だから、それとは違うもんっ、ノーカウントッッ!!)
胸中でそう決めて、決め付けて、オルファリアはクラッドの顔を自分の方へと向けさせると、そこへ自分も顔から急接近する。
――オルファリアの珊瑚の欠片のような唇と、クラッドの凛々しい唇。そこを接点として、二人の距離が喪失した……。
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