第69ターン 《爆裂地獄》

「……さて、と。ネタばらしも大方済んだところで――後始末と行こうじゃねぇか」

 色々と打ちのめされているオルファリアを余所に、クラッドは羽織る袖無しの外套の内へと手を突っ込む。そこから取り出したのは木の枝そのままの如き短杖ワンド……否、クラッドが指先でそれを一回しすれば、長杖スタッフの長さまで伸びて先端に原石のままの宝石を煌かせた。その宝石の鈍い光を、彼は這いつくばる眷属アポストルに向けて翳す。

 オルファリアは、そんなクラッドの行動に「え?」と声を上げた。

「ク、クラッドさん? いくらクラッドさんでも、眷属アポストル魔術師ウィザードの魔法は――」

「いいから見てろ。面白ぇモンを拝めるぜ」

 オルファリアの疑問を置き去りに、クラッドは声高に詠唱を始める……。


 この身に宿りし精魂アニマ

 我が意に従いて地獄のほむらと化せ

 原初の怒りを体現し

 紅蓮の華を開かせよ――


「……っなぁ……!? 貴様っ、少し待てっ! クラッド・イェーガーっっ!!」

 詠唱の内容を耳にした途端、ロレンスが焦るに焦った声を上げる。慌てて立ち上がり、すぐ横のディアスの腕を摑んで彼も立ち上がらせようとした。

「……お、おい、ロレンス? 一体どうしたってんだ――」

「急いで隅まで逃げるぞディアス! ピリポも早く起き上がって走れっ! あの馬鹿クラッドが無差別殺戮広域大破壊の魔法を使おうとしている……!!」

「はぁっ!? 何さそれぇっ!?」

 面喰らうディアスを引きずるように、ロレンスはこの古代神殿の壁際に向かって疾駆する。ピリポも転がるようにして別方向の壁際を目指した。三人の慌てふためいた様に目を細めつつ、クラッドは背後のオルファリアへ告げる。

「オルファリア、オレの前に出てくるんじゃねぇぞ。爆風と爆熱で大火傷どころじゃ済まねぇからな」

「……い、いえっ、それは解りましたけど、そうじゃなくて! どれだけ強力でも眷属アポストルに魔法は――」

を見せてやるって言ってんだよ」

 懸念を滲ませるオルファリアへ自信満々に言い放ち、クラッドは魔法にはっきりとした形を与える。異形の猿の眷属アポストルの足元を中心に、オレンジ色の輝きが波紋のように広がった。それが、地鳴りのような、雷鳴のような鳴動を迸らせる……。


「――《爆裂地獄エクスプロージョン》ッッ!!」


 ……次の瞬間、暴力的なまでの光がオルファリアの目をき、怒涛の如き爆音が彼女の鼓膜を乱打した。火山の噴火を鼻先で体感したような衝撃に、オルファリアは咄嗟に目と耳を塞ぐ。

(……っっ……!? こんな……ディアスくん、ロレンスくん、ピリポくんは、無事……!?)

 耳を塞ぐ直前、微かに三人の悲鳴が聞こえた気がしたが、それ以上のことはオルファリアには解らない。……むしろ、彼女自身が危うい状況だ。古き神殿の床は地震のように揺れ、後ろにそびえるアーネル像からは亀裂が走る音がひっきりなしに漏れ聞こえる。それが数十秒間に亘って続き、その間ずっと、オルファリアは悲鳴を上げ続けた。

「………………あ…………?」

 ……どうにかこうにか、その波が過ぎ去ってから、オルファリアは涙で霞む視界を恐る恐る開いてみる……。

(……ディアスくん、ロレンスくん、ピリポくんは――良かった! 皆無事……!)

 それぞれ、いにしえの神殿の別々の壁際でひっくり返りつつも半身を起こそうとしている冒険仲間たちに、オルファリアは胸を撫で下ろす。……撫で下ろしたところで、クラッドの方にも目を遣ってみれば――

「……っっ!? ひっ……ひゃぁっ……!?」

 ――クラッドの爪先に端が届くか届かないかという位置取りで、直径数十mに達しそうなクレーターが出来上がっていた。それのすり鉢状の底には、ドロドロに融けて溶岩染みた地面が泡沫を弾けさせている。立ち昇る熱波が、オルファリアの裸身に新たな汗を噴き出させた。

 そして……そのクレーターの中で弱々しく蠢く影がある……。

「……アポ……ストル……? ――えっ……!?」

 赤く液状になった岩や土に半ば沈んだ眷属アポストルは、明確に焼け焦げていた。四肢は残らずねじ曲がり、皮膚も相当な面積が剝がれ落ちて下の肉や骨を覗かせている。

「魔法が……無効化されてない……!?」

「――この杖の力だ」

 目を剝くオルファリアへ、淡々とクラッドが教えた。

「この杖はな、歴史だけは凄まじく長ぇエルフの王国の王家に伝わってた一品だ。神代に神のいずれかが自ら作った代物であるらしいぜ」

「そ、それって……『神器』ですか!?」

「……そう呼ばれてもおかしくねぇモンではあるらしいな。これを介することで、オレの魔法は神の使徒や邪神の眷属アポストルにも通じるようになるんだよ」

 何でもないことのように言うクラッドに、しかしオルファリアは戦慄を禁じ得なかった。神自身が作った武器……それの力を借りたなら、確かに神や邪神の配下に過ぎない使徒や眷属アポストルは為す術も無いだろう。

(クラッドさん……この人は本当に……底が知れない……)

 オルファリアに畏怖の眼差しを向けられるクラッド。……だが、彼の面持ちは何故だか不満てんこ盛りだった。

「……クソッ、何で眷属アレ、まだ生きてんだ?」

「…………え?」

 オルファリアはそこでやっと気が付く。……クラッドの目が、プライドを傷付けられた風に据わっていることに。

「……オレが、この神器つえを使って、《爆裂地獄エクスプロージョン》なんて大魔法までぶち込んだんだぞ? 何で原形留めてんだ、あの猿……」

「……えと、あの……ク、クラッドさん……?」

 嫌な予感がしたオルファリアが止める間も無く――クラッドの杖が再び眷属アポストルへ向けられる。


 この身に宿りし精魂アニマ

 我が意に従いて地獄の焔と化せ

 原初の怒りを体現し

 紅蓮の華を開かせよ――


「ク、クラッドさんっっ!?」

「――《爆裂地獄エクスプロージョン》」

 ……先程に増しても劣らない爆炎が死に体の眷属アポストルを中心に顕現し、猛威を振るう。オルファリアは地面に、ディアスたちは壁にしがみ付くようにしてその暴威を何とかやり過ごした。

「……だぁぁっ! おいこらクラッド――」「本気で待てやめろ話を聞け――」「せめておいらたちはこの神殿の外に――」「――《爆裂地獄エクスプロージョン》」

 ディアスたちの制止も意に介さず、クラッド、大破壊魔法三度目の成就。オルファリアの肌を濡らす汗は、すっかり冷や汗へと変わっていた。

「ああああのクラッドさん! ここには気を失った嫉妬教徒エンヴィアンの人たちもたくさん居るんですから!!」

「どうせここで生き延びても処刑は免れねぇ連中だ。知ったことか」

 ……奇跡的。真に奇跡的に、《爆裂地獄エクスプロージョン》に巻き込まれながらも爆風で神殿の壁まで吹き飛ばされるだけで済んでいた嫉妬教徒エンヴィアンたち。未だ死者は出ていない彼らの生死を挙げて、オルファリアはクラッドを説得しようとしたが……彼は一刀両断で切り捨てた。

 まあ……嫉妬教徒エンヴィアンたちの処遇については、クラッドの方に一理ある。この期に及んで殺さずに罪の償いを……というオルファリアの意見は甘過ぎた。――よって、クラッドによる眷属アポストルへの《爆裂地獄エクスプロージョン》連射を止める術は最早無く……とうとうその時は訪れた。

 ……悲鳴すら上げられぬまま、異形の猿の姿形が完全に爆炎の中に散華する――

「……やっと消し飛んだか――あんっ?」

 ――ピキッ……。

 ……最初の一音は酷く小さく……けれど、その音は連鎖的に広がって、やがて大合唱のように古代神殿に反響した。

 ――その反響に合わせて、石畳の床が崩落する。

「しまっ――」「……あっ。き、きゃああああああああああぁぁああああっっ!?」

 大威力の魔法の連続行使に、構造体としての神殿が耐えられなかったのだろう。壁際に張り付いていたディアス、ロレンス、ピリポたちの許へはその崩壊はギリギリ届かなかったが――崩壊の起点の近距離に居たクラッドとオルファリアは、瞬く間に身体を虚空へと投げ出すことになる。

「「「オルファリア(ちゃん)!!」」」

 ディアスたちが手を伸ばしても彼女に届くはずが無い。オルファリアの艶やかな肢体は、地の底に向かって開いた大穴へ吸い込まれていく……。

 ……クラッドと共に――

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