第68ターン 邪神の眷属の天敵

「……よ、良かったですねっ。眷属アポストルが、男性で! もし眷属アポストルが女性だったら、クラッドさんの作戦は成り立ちませんでしたねっ……!!」

「……あ? 邪神の眷属アポストルっつっても、元は神に仕える使徒アポストルだぞ。嫉妬教エンヴィズムの神にして均衡教アーネリズムの神であるアーネルの使徒アポストルに、女は居ねぇよ。教派が違うとはいえ、僧侶クレリックのくせにそんなことも知らねぇのか、オルファリア?」

「………………っっ!!」

 皮肉のつもりで言った台詞をクラッドに真面目に受け取られ、オルファリアは痛くなるほど奥歯を噛み締めた。

 肩を震わせるオルファリアの姿に、彼女の仲間たる少年三名は余計に激怒する。

「クラッド……お前……外道にもほどがあるぞ!!」

「貴様の作戦は、オルファリアの心身に一生消えない傷を残す可能性もあった! それどころか、命を落とす危険性も……! 恥を知れっ!!」

「……おいらもそんな上等な性根はしてないけどさ。クラッド、あんたはおいらよりも遥かに腐ってるね! 人の皮を被った悪魔デーモンってこういう奴のことを言うんじゃないかなぁ!?」

 口々にクラッドを罵るディアス、ロレンス、ピリポ。三人の怒りの波動を、しかしクラッドは鼻で嗤って受け流した。

「勘違いすんなよ、駆け出しの雑魚共。オレにはだっつぅ確信があったからこの作戦を選んだんだぜ。……おっ?」

「――クラッドさんっっ!?」

 クラッドが何やら言い訳染みたことを言おうとした瞬間、彼に躍り掛かる影があった。――姿。放置されている間にある程度落ち着いたのだろう……尾は残らず失われ、右腕は動かない様子だが、健在な左腕を振り上げてクラッドに背後から奇襲を掛けていた。オルファリアは……あれだけ自分を蔑ろにした相手にもかかわらず、思わず彼を案じて悲鳴を上げてしまう。……が――

「ああ、ちょうどいいタイミングだぜ。――ほれ」

 ……クラッドの指先から、小さな首飾りのような物が眷属アポストルへと放られる。それが猿の顔面に軽く当たった刹那――爆光が噴出し、異形の眷属アポストルが吹き飛んだ。そして……その首飾りのような物について、オルファリアは心当たりがある……。

「……えっ? あれっ!? 献身教ナートリズムの……わたしの聖印ホーリーシンボル!?」

 普段は首飾りにして胸元に垂らし、オルファリアが肌身離さず身に着けていたはずの木の葉を模った信仰の証が、いつの間にか無くなっており、クラッドの手の中にあったのだ。

(で、でも、あれはお母さんから貰った何の変哲もない普通の聖印ホーリーシンボルで、特別な力なんて一切無いはず……。それなのに、どうして眷属アポストルが……!?)

「悪ぃな。聖印コレは空を飛ぶ直前、抱きかかえた時にスリ取らせてもらったぜ、オルファリア。ま、後で返してやるからよ」

 拾い上げたオルファリアの聖印ホーリーシンボルを、指先に引っ掛けて回すクラッド。そんな彼から、眷属アポストルは恐れを生した様相で後退った。

「……な、何故っ……どぉぉしてなのぉぉおおおおおおっ!?」

 自分たちにとって守り神とも言える猿の眷属アポストル。それが一方的に痛め付けられている姿に、女嫉妬教徒エンヴィアンは己の目が信じられないようにまばたきを繰り返していた。

 クラッドは心底勝ち誇った顔で唇の端を吊り上げる。

邪神の眷属アポストルは、要は歪められた神の使徒アポストルだ。だからこそ、正しい神の信仰を表すものに怯え、それに触れようモンなら天罰を喰らっちまうんだぜ。たとえ別の教派のモンでもな。こんな風によ」

 クラッドが献身教ナートリズム聖印ホーリーシンボルを掲げれば、眷属アポストルは情けない声を上げて亀のように蹲ってしまう。それにはオルファリア、ディアス、ロレンス、ピリポもポカンとした。

「えっ? あっ……ちょっと待てよ! じゃあ、その猿がオルファリアには触れなかったり、攻撃しようとして逆にダメージを喰らってたのは……!?」

僧侶クレリックってのは神から啓示を受けて、その身に加護を授けられてんだぞ。聖印コレよりも遥かに強く神への信仰を表す存在に他ならねぇ。邪神の眷属アポストル正しき献身の女神ナートリエルの忠実なる信徒クレリックたるオルファリアに触れるわけ、あまつさえ傷付けられるわけ無ぇだろ。それこそ天罰ものだぜ」

 目を見開くディアスへ、クラッドはこれ見よがしに溜息を吐きつつ言ってのけた。

「ついでに言えば、嫉妬教徒エンヴィアン共は全員を概ね対等に扱い合うとは言っても、完全に序列が無ぇわけじゃねぇ。アーネルから啓示を受けた僧侶クレリックは尊敬を集めるし、眷属アポストルはそれ自体が信仰の対象だ。……要するに、いざ乱交って場面において、誰が先に獲物を襲うかの順番はあるんだよ。今回の場合は、眷属アポストルが最初にオルファリアを襲う予定だったはずだぜ。そこで、眷属アポストルがオルファリアを襲おうとして天罰を喰らうところを見たら、嫉妬教徒エンヴィアン共はどう感じる? 恐れ慄いて、とてもオルファリアには手を出せなくなるに決まってんだろうが」

 即ち――嫉妬教エンヴィズム邪神の眷属アポストルその信者エンヴィアンたちからオルファリアが辱められたり、害されたりする可能性は、実際のところ限りなく低かったということである。その事実を見せ付けられ、オルファリアは自分の中でパズルのピースが組み上がっていく感覚を体験した。

「……あ、あのっ、クラッドさんがわたしの聖印ホーリーシンボルをスリ取ったのは、それから、夕食の時にわたしの食前のお祈りを邪魔したのも――」

「ああ、オマエが僧侶クレリックだってことを、嫉妬教徒エンヴィアン共に悟らせねぇ為だぜ。夕食の席でオマエに絡んだのも、嫉妬教徒エンヴィアン共を煽ってオレにとって都合良く動かそうとしたってだけじゃねぇ。オマエがうっかり、自分が献身教ナートリズム僧侶クレリックだってバラさねぇように誘導してたんだ。あの時点でオマエが僧侶クレリックだってバレた場合、嫉妬教徒エンヴィアン共の警戒が跳ね上がってたかもしれねぇからな」

 最悪、オルファリアたちへ夜襲を掛けるのを中止し、本当に一夜の宿を貸すだけで済ませていた可能性もあったとクラッドは補足する。そうなっては、彼としては本末転倒だったのだろう。

「……はっ!? あ、あのっ、クラッドさん! も、もしかして……邪神の眷属アポストルって、僧侶クレリックの魔法だけは……効くんですかっ……!?」

「効くぞ。それどころか攻撃的な効果は増大するぜ。数倍から数十倍、下手すると数百倍にな。まさに、僧侶クレリック邪神の眷属アポストルの天敵ってわけだ」

(……そ……そんなの聞いてないよお母さん~~~~~~~~~~~~~~!?)

 神の使徒や邪神の眷属アポストルについて教えてくれたコトネリアへ、胸中で恨み言を叫ぶオルファリアである。……日記で知った彼女の本来の性格から考えて、本気でうっかり教え忘れたのではないかとオルファリアは感じた。

 ……この古代神殿で目覚めてから、オルファリアが何度も固めた必死の決意。そのほとんどが意味の無いものであった事実に、流石にオルファリアも結構ヘコむのである……。

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