第66ターン シチューについての答え合わせ

 ――第一の疑問である。

「ク……クラッドさんは、嫉妬教徒エンヴィアンたちに負けて、捕まったって……村長さんが話してました。無事だったんですか……?」

「当たり前だろうが。あんな素人に毛が生えた程度の雑魚中の雑魚の嫉妬教徒エンヴィアン共に、オレが負けるかよ」

 ひとまず羞恥心の波を乗り越えたオルファリアが、おずおずとクラッドに問い掛ける。それに、呆れ返った様子で彼が返答した。

「で、でもっ、夕食に大量の薬が……眠りや麻痺をもたらす薬が混ざっていたって――」

「オマエを魔法で眠らせた後、胃の中のモンは全部吐き出した。経口摂取の睡眠薬や麻痺毒は、体内で吸収が始まるまでは効果を発揮しねぇ。消化も終わってねぇ内に吐き出して、毒消しのポーションをがぶ飲みすりゃどうとでもなるぜ」

 ……では、どうして嫉妬教エンヴィズムの村の村長は、クラッドを自分たちが撃破したなどと言っていたのか? 原因はその後のクラッドの行動にあった――

「オルファリア、オレはオマエを魔法で眠らせた後、《隠れ蓑インビジブル》……姿で身を隠したんだよ。そんで、代わりに幻覚の魔法でオレの分身を用意した。嫉妬教徒エンヴィアン共が倒したと思ったのはその分身の方なんだよ。後は、嫉妬教徒エンヴィアンの男連中がオマエを連れて居なくなってから、嫉妬教徒エンヴィアンの女連中を殲滅してここまで追い掛けてきたってわけだ。……まあ、嫉妬教徒エンヴィアンの女共が幻に過ぎねぇオレの分身相手にアンアンやり出したのがあまりに滑稽で、笑えてきて、しばらく見物しちまったのは失敗だったがなぁ。おかげでオマエの救出に来るのが遅くなった……。そこは悪ぃな、オルファリア」

「――そ、それはおかしいわっ!! それでは最初から、こちらが張っていた罠に気付いていたことになってしまうわっっ!!」

 オルファリアへされたクラッドのさらなる回答を、否定する声が上がる。……この邪神殿の入口前に放置された簀巻きの女嫉妬教徒エンヴィアンからだ。これほどの距離を置いてなお、オルファリアとクラッドの会話が聞こえるとはなかなかの聴覚だが――クラッドはより呆れを深くした声音を響かせる。

「だから、最初から気付いてたんだっつぅの。オマエらが嫉妬教徒エンヴィアン――少なくとも堅気の村人じゃねぇんだってことは。確信が余計に深まったのは夕食で、だな」

「……な、何故――」

。それも、牛乳をたっぷりと使ったホワイトシチューだったからな。オレは当然、オルファリアだって気が付いてたぜ?」

 オルファリアもコクンと頷いたクラッドの主張。しかし、ようやく上体を起こしたロレンスはそれに首を傾げる。

「……ど、どういうことだ? どうしてホワイトシチューでそんな――」

「――いや、ホワイトシチューは普通に変だろ?」

 むしろ、そんな風に言うロレンスこそ理解出来ない……そのような弁を発したのは、なんとこちらも身を起こしたディアスであった。ロレンスの美貌が、相当なショックを受けたように固まる。

「……ディ、ディアスに理解力で負けただと……!? 僕の頭はぶつけて変になってしまったのかっ……!?」

「ロレンス何だとこらぁっ!?」

「……うるせぇぞ、脇役共。――ま、いい。少しは出番を与えてやるぜ。そっちのチビな茶髪。どういうことなのか黒肌のハーフエルフとあっちのババアに説明してやれ」

「チビは余計だクラッド!! ……はあ。要は、って話だろ?」

 クラッドに促され、ディアスが渋々といった感じに語り出す――

「牛乳は、もちろん乳牛から搾るよな? つまり、酪農をやってる土地でしか入手出来ねえ。けど、この村もそうだけどよ。カダーウィン地方は根本的に酪農には向かねえ土地なんだ」

 年間を通じて気温も湿度も高く、雨も多い。加えて、そのせいで木々も良く育ち、広域に森が繁茂している。それがカダーウィンを中心とした地域の特徴だ。即ち、牧場を開墾するにも森を切り拓く手間が掛かり、そうして苦労して牧場を拓いたとしても、雨のせいで満足に牛を放牧出来ないということである。

「酪農は、どれだけ牛に快適な環境を用意出来るかで決まるもんだからな。この地方は、最初から牛にとって快適とは程遠い環境なんだよ。自由に動き回れる土地が少ねえし、雨にも嫌というほど当たる羽目になる。しかもくそ暑いしな。そんな土地じゃ、牛もストレスを溜めたり体調を崩したりして、満足がいく質と量の牛乳を出しちゃくれねえんだよ……。だから、この辺りで牛を飼ってて、しかも牛乳を搾ってる所なんて皆無に近えはずなんだ」

 深々と溜息を吐くディアスの言葉には、何故だか実感が籠もっていた。

「その上、気温も湿度も高くて雨も多いってことは、ってことだぞ? ただでさえ傷みが早い牛乳を保存する難易度が跳ね上がるんだぜ? だから、カダーウィン地方では、牛乳を流通に乗せる時は保存用の魔法が掛かった特別な容器を必要とするんだよ。そのせいで値段が桁違いに高くなるんだ……。一般庶民には絶対手も出せねえよ」

「……ディ、ディアス。僕は出会ってから始めて、貴様を見直したかもしれない……。意外な博識だ……」

「………………」

 珍しくもロレンスから称賛を受けたディアスは、なのに何処か不服そうに口を噤む。黙ってしまったディアスがもう喋りそうにないことを見て取ったクラッドは、後を継いで嫉妬教徒エンヴィアンの女へ解説をし始めた。

「パッと見ただけでも、嫉妬教徒共オマエらの村で牛を飼ってる気配は無かったからな。なら、牛乳は村の外から手に入れたとしか考えられねぇが……この地方じゃ、あのチビが言ったような理由で牛乳はなかなか高級品だからなぁ。こんな貧乏そうな村が、真っ当な方法で入手出来るとはとても思えねぇんだよ」

 そこが、オルファリアも夕食の途中で引っ掛かったのである。……どう考えても、あの村にはあるはずが無い牛乳があった……。その時点で生じた違和感が、オルファリアの村人たちへの警戒を跳ね上げたのである。

「……それにしても、シチューの不自然さを察してた割には、オルファリアは平然と出された夕食を食ってやがったが。毒入りだったとしても、魔法で解毒出来る算段だったのか?」

「……ま、まあ、そんなところです、クラッドさんっ」

(……本当は、悪魔サキュバスだから毒なんて効かないからなんだけど……)

 そこは流石に正直には言えないオルファリアだった……。

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