第64ターン 覚悟の時

(……きっともう、わたしは冒険者ではいられなくなる。……皆の仲間ではいられなくなるよね……)

 ディアスたちに薄汚い怪物だと拒絶されればもちろん。……もしかしたら、ディアスたちは拒絶などしない、オルファリアが悪魔サキュバスでも受け入れてくれるのではないかという希望的観測が現実になったとしても――

(……冒険者全員がサキュバスわたしを受け入れてくれるなんていう希望的観測は、流石に持てないもん……。だから、正体がバレても皆と一緒に居ることは、皆の立場も危うくする……)

 ――その事実が、オルファリアの正体が世間にバレた場合でもディアスたちを守る免罪符となるのである。オルファリアの本性を承知の上で仲間として振る舞っていたとなれば、ディアスたちは冒険者の、人類の裏切り者として断罪されることになるだろう。

(そんなことは、看過出来ないから……!)

 真実の姿は悪魔サキュバスでも、献身教の女神ナートリエルに仕える僧侶クレリックであることもまた真実のオルファリア。仲間たちの冒険者としての今後の足を引っ張ることなど、受け入れられるはずがなかった。

(……上手く眷属アポストルを倒して、この危機を脱したとしても……わたしはそのまま姿を消そう。カダーウィンにも戻らないで、何処かへ……。お父さんのことをこれ以上調べられなくなる、けど……ううん、大丈夫。クラッドさんがお父さんなら、眷属アポストルを倒した後で彼を嫉妬教徒エンヴィアンの女性たちから助けて、お母さんのことを伝えれば……それで全てが済むから)

 自身を納得させるように胸の中で繰り返すオルファリアの一歩前に、遂に眷属アポストルの猿が到達した。真ん丸な眼は爛々と輝き、微かに開かれた口から熱い息遣いと涎が零れている。至近の距離にて相対した醜悪な眷属アポストルの圧迫感に、オルファリアの心臓の鼓動は爆発しそうなほどに加速した。

 それは、さらなる《お色気ムンムンラヴ・フェロモン》を絞り出し、眷属アポストルへと染み入らせる。……オルファリアが視線を下げれば、アポストルの股間のソレが、ムクッ、ムクゥッと膨張し、起き上がるのが見えてしまった。

(……!? ……お……おっきぃ……っ……)

 体格的に充分に予想出来たことだが、マンティコアのソレにも劣らぬサイズ。……しかも、形状が人間のソレとは掛け離れていた。尻の尻尾がウミウシの行列のようならば、前方のソレはイソギンチャクの集合体のようで……。

(……ア、アレが……わたしの中に、入るの……!?)

 大きさ的な問題も然ることながら、形の方にもオルファリアは本能的危機感を覚える。

(あんなの……いくらわたしがサキュバスでも、こ……壊れちゃうんじゃ……!?)

 ……けれど、今さら後悔が頭に過ぎっても、ここまで接近を許してしまった現状において、オルファリアが眷属アポストルから逃げ出せる道理は無い。それに、《誘惑光線セクシービーム》無しでもこれほどに発情を表に出し始めたアポストルが、直近の雌オルファリアを逃がすはずも無かった。

 猿の手が、オルファリアに向けて持ち上がる……。

 ――ここに至って、ディアスもロレンスもオルファリアがどういう危機的状況にあるのか、察してしまったのだろう。かつてなく焦った様子で、地面に血を擦り付けながらオルファリアと眷属アポストルの方へ這おうとする。

「おいっ、こらっ、ふざけんなっ、エテ公! そんな真似っ、許さねえぞ……!!」

「やめろっ、本当にやめろっ……! 殺すっ……ぶち殺すぞっ……!!」

 そんな二人の声を聞き、オルファリアははっと我に返った。鳶色の視線を向ければ、何とかオルファリアの許へ辿り着こうと足搔きながらも、一向に這い進めないディアスとロレンスの痛々しい姿……。あれほどまでに深い傷を負いながらも、オルファリアを気遣い、己の無力さに悔しさを滲ませる彼らの表情に、今度こそ本気でオルファリアの覚悟は決まった。

(…………。大丈夫。なんてことない。そもそも、一度は村長さんたち相手に純潔を失う覚悟は決めたんだから。確かにあんなオ…………は怖いけど……耐えられるっ、耐えてみせる……!)

 ――大切な仲間たちの命を救う為のなのだから。……オルファリアは微笑みすら浮かべて、ディアスとロレンスに声を投げ掛けた。

「ディアスくん、ロレンスくんも、心配しないで下さい。わたし、平気ですから。動かないで、じっとしていて下さい。皆を助けられる、策があるんです。……だから……だけど……出来るなら、ここから先のコトは……見ないで…………下さい……」

「オ、オルファリアっ!!」「オルファリアっ……!!」

 ディアスとロレンスの悲痛な絶叫を耳にしながら、オルファリアは震える我が身をそれでも眷属アポストルの前から動かさない。その胸の奥底から、様々な思いが次々に浮かび上がっては弾けて消えていく……。

(ああ……ここが、わたしの『終わり』なんだ……)

 穢れ無き身の終わりであり、冒険者としての終わりであり、父の捜索の終わりでもある……。カダーウィンに着いてから一ヶ月とほんの少し。長いようで実は短かった自身の冒険たびの終わりに、オルファリアは溜息のような息を吐いて――そんな彼女に、とうとう邪猿の魔手が届いた……。


 ……ジュッ……!!

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