第63ターン オルファリアに出来るコト

 単純な、実に単純な作戦である――

(あの、猿の眷属アポストルを誘惑してっ――……!!)

 ……胸中で言葉にした瞬間、途轍もない怖気がオルファリアの全身を走り抜けたが、彼女はそれを、唇を噛み切りそうなほどに噛んで無視した。

 決して、《純潔の断末魔ヴァージン・ショック》を使おうというわけではない……。

(……どれだけ強力な呪いでも、ただの僧侶クレリックの魔法である《純潔の断末魔ヴァージン・ショック》じゃ、眷属アポストルには通用しない……)

 それ以前に、どのように言い繕っても形になっては、《純潔の断末魔ヴァージン・ショック》の発動条件を満たせないのである。

(だけど……は違う……!)

 それは問題無く発動出来る上に、《お色気ムンムンラヴ・フェロモン》が一応は眷属アポストル相手にも通用する点から鑑みて、のである。

(そして……眷属アポストルはあくまでも、だから――)

 その召喚は術者の精魂アニマを用いて維持されているに過ぎない。それが尽きれば、たちまち彼らは本来の住処である天界へと送還されてしまう。

(あの眷属サルの召喚者は、イコール、今あの眷属サルの器となっている肉体のはずだからっ――)

 ――そんな風にオルファリアは推理したのだ。

「……ど、どうしたんですかっ? 来ないんですかっ……?」

 オルファリアは、自分のカラダで最も女性的に発育している部分――一二歳という実年齢にそぐわないFカップの美乳を、下から掬うように両手のひらで持ち上げてみせる。そこに性的欲求が含まれているかは解らないが……確かに猿型眷属アポストルは、案外つぶらな眼差しでもって、オルファリアの乳房を興味深そうに眺めていた。

 膨れ上がり過ぎた尻のせいで眷属アポストルの歩みは酷く遅い。それでもヒョコ、ヒョコッと、一歩ずつ確実に彼の猿はオルファリアへと近付いてくる。何より、間違いなく既に間合いに入っているにもかかわらず、ディアスを、ロレンスを、ピリポを蹂躙した触手の如き尾の一閃を彼女に対して打ってこない。

(それが欲情なのかは解らない、けどっ……ただ抹殺すべき対象……それ以外の何らかの考えを、わたしに対して抱かせることは出来た……と思う……!)

 曖昧なものの手応えを覚え、オルファリアは緊張を抑えるべく息を整える。

(絶対に躱されない、そう確信出来る近い距離になったら、今度は《誘惑光線セクシービーム》でっ……!!)

 今度こそ眷属アポストルの獣欲に火を点けてみせると、オルファリアは意気込む。それが果たされたなら、後は――

「――っ……っっ……! ま、まだですかっ? わたし、待ちくたびれちゃってますよっ?」

 背後のアーネル像にしなだれかかるようにもたれるオルファリア。……一見、眷属アポストルを余計に挑発しさそっている風だが――実際には膝がガクガクと震え、支え無しには立っていられなくなっただけである。彼女の皮膚の上を伝う汗は、抑制し切れない怯えの感情のせいで冷たさを増していた。

 けれど、そんな有様でも《お色気ムンムンラヴ・フェロモン》の効果は健在で……。

「――っ――――っ――っっ――」

 オルファリアとの距離を詰めた結果、より濃厚な彼女のフェロモンを吸い込むこととなり、無毛の猿の顔がいくらか上気し始める。股間に垂れた物体が明らかに一回り以上大きくなり、歩行の振動によるものとは明確に異なる跳ね方をした。

 まだはっきりとオルファリアに魅了されているわけではない様子だが、そこに《誘惑光線セクシービーム》を、光線状に集束されたサキュバスのフェロモンを撃ち込めば――本当に彼の眷属アポストルは性的な意味でオルファリアへと襲い掛かるのではないか、そう連想される。

(……だ、大丈夫っ、望む、ところっ。そもそも、基本的にやることは、マンティコアの時と同じじゃないっ……!!)

 まともにやっては倒せない強敵を、サキュバスの力を用いて精魂アニマを奪って撃破する――そうオルファリアは心中でうそぶく。

 だが……マンティコアの時とは決定的に違う部分があることを、オルファリア自身理解していた。

「……オ、オルファリアっ、一体、何する気だっ……!?」

「本当に、僕たちのことはいいからっ……! 逃げて、逃げてくれっ……!!」

 ピリポは確認出来ないが――マンティコアの時は意識を失っていたディアスとロレンスが、意識を保ったままこの場に居る……。深刻な負傷により、本来ならいつ気絶してもおかしくない状態だったはずだが、オルファリアの、サキュバスのフェロモンがある種の気付け薬として働いたのかもしれない。二人共意識を手離す気配は今のところ見られなかった。

(だからこそ……ディアスくんとロレンスくんにも、見られる……っ……!)

 自分オルファリア眷属アポストルに辱められ、恐らくは高確率で純潔を穢される場面を……。それを考えると、オルファリアは羞恥と惨めさで気が狂いそうになる。……しかし、現実にはそちらは些細とも言える程度のことなのかもしれない……。

(……その中で……わたしが、眷属アポストル精魂アニマを吸収するところを見られたら……もう、流石に隠し通せないよね……)

 オルファリアがサキュバスであることを。その本性が悪魔デーモンという魔物モンスターである事実を。

 それこそを今、オルファリアは心の底から恐れていた……。

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