第62ターン オルファリアの賭け

「……なっ……オルファリアっ!?」

「駄目だっ、逃げてくれ……!!」

 オルファリアの大声に、邪なる魔猿は思い出したように彼女の方を振り向いた。その光景に、ディアスもロレンスも肝を冷やした声を上げるが――負傷が深い彼らでは、対応するには動きが鈍過ぎる。

 アーネル像の陰から完全に飛び出したオルファリアは、両腕を広げて眷属アポストルの視界にその身を曝け出した。

(解ってる……解ってるの! 一般論で言えば、皆の考えの方が正しいことくらいは!!)

 それでも、オルファリアがその考えに従えなかった理由は簡単だ。彼女オルファリアには、本当になりふりを構わないのであれば、から――

(それをやらないでわたしだけ逃げ出すなんて……完全に卑怯者じゃない! ……もう、覚悟を決めようっ。何を引き換えにしようと――ディアスくんが、ロレンスくんが、ピリポくんが死んじゃうのは、絶対に嫌!!)

「ほらっ、こっちですよ!」

 腹を括ったオルファリアは、眷属アポストルの猿を挑発するように声を張り上げて――同時に、その腹部を一周している帯を解いた。それで留められているに過ぎなかった貫頭衣型の法衣は、途端にだらんと重力に引かれて、オルファリアの身体の横側が危うい具合に開かれる。覗いた白磁の色の肌が、年齢不相応の艶めかしさを放った。

 ディアスとロレンスが、瀕死の身でありながらも思わずゴクリと喉を鳴らす。……二人にも目にされていることに神経が焼き切れそうな恥ずかしさを覚えつつも、オルファリアは気合いを籠めて法衣を両手で摑む。

「…………えぇぃっっ……!!」

 ひっくり返った声で気勢を上げ、オルファリアは我が身から法衣を完璧に引き剝がした。

 ……篝火の光に、少女の裸身が浮かび上がる。全体的には細い……しかし、炎でしっかりと陰影を刻む身体の線は、どうしようもなく『女』を感じさせた。火の熱で、また緊張という心の熱で炙られたその表面には星屑のような汗の珠が浮かび、流れ星のように次々と滑り落ちていく……。

 そんな汗と共に滲み出て、大気に蒸発していくものがあった――

(――《お色気ムンムンラヴ・フェロモン》……!)

 オルファリアから立ち昇った苺の香りに似た体臭……サキュバスとしての、男性を誘惑して昂らせるフェロモンが、邪神の聖域へ拡散していく……。

 邪神の眷属アポストルたる猿は、それにヒクヒクと鼻の穴を蠢かせて首を傾げた。

(効いて、ない……? ううん、効く、はずっ。お願い……!)

 オルファリアの懇願混じりの祈りが彼女の女神ナートリエルへと届いたのか、異形の眷属アポストルの僅かな反応を彼女の目は捉えた。――腫れ上がりまくった臀部に視線が奪われ、目立っていなかった猿の股間。そこにもぶら下がるモノがあり、それがピクッ、ピクッと小さく跳ねたのだ。

「……っ、っ……!」

(……だ、大丈夫っ、効いてる! わたしサキュバスの、フェロモン……!!)

 僥倖に、羞恥心や生理的嫌悪感を脇に退けてオルファリアは内心で飛び跳ねた。

 前述した通り、使徒や眷属アポストルに人の身の魔法など通じない。だが――は? 魔界という別次元から来訪する悪魔デーモンたちの魔法は、その範疇に含まれるのか? それの解答は現在、オルファリアの目の前の猿型の眷属アポストルが体現している。

 ……もっとも、素の能力差があり過ぎた。ゴブリンゾンビたちは問答無用、マンティコアも最終的には支配下に置いたオルファリアのフェロモンでも、眷属アポストルはほんの僅かに反応するのみ……。

(それでもっ、一応は通じてる! なら、は成功する可能性が、ある……!!)

 その希望に、オルファリアは全てを……懸けようとしていた……。

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