第61ターン 少年たちの矜持
「あ、誤解しないでね? おいらたちを見捨てて逃げてってことじゃなくて……助けを呼んできてよ。クラッド・イェーガーでもいいし……あいつが見付からないようなら、カダーウィンまで戻ってガストム支部長とかメイリンちゃんとかでもいいからさ。……オルファリアちゃんが助けを連れて戻ってくるまでは、何とか逃げ回っておくよっ。じゃ、お願いするね!!」
「ちょ――待って、ピリポくん!?」
まくし立てたピリポは、オルファリアの制止を振り切ってアーネル像の後ろから躍り出た。邪神の
……鈍いオルファリアとて流石に解る。助けを呼びに行く役割など……建て前だ。そんな風に言わなければ、献身の教義を、自己犠牲の教えを盲信する彼女は仲間を置き去りに出来ないから……。ピリポは救援など期待していない。オルファリアを逃がし、生き延びさせる為に、ただその為の捨て石となるべく邪神の
「はぁっはっはっはー! ねえ、ディアス、ロレンスっ。今のおいら、死ぬほどカッコいいと思わない!? オルファリアちゃんだって惚れちゃうよね、きっとさぁっ!!」
軽口を叫んで自分を鼓舞しながら、ピリポが疾走する。それを追い掛ける邪神の魔猿は――遅かった。尻がブヨブヨに腫れているせいだろう。駆ける姿は不格好でバランスも悪い。気が付けば、ピリポと彼の猿の間には数十mの距離が横たわっていた。
……拍子抜けしたようにピリポが足踏みし、振り返る。
「……あっれー? 何こいつ、全然足遅いじゃん? これなら余裕で逃げ回れるよっ。むしろ、引き離し過ぎないように気を遣うレベル――」
「――駄目っ、ピリポくんっっっ!!」
オルファリアの危険を報せる声は、しかし一瞬だけ遅かった。――ピリポもまた、ディアスやロレンスと同じ運命を辿る。……オルファリアには今度は少しだけだが見えた。ピリポの姿が消える寸前、邪神の僕たる猿が触手染みた尾の一本を揺らしたのである。
(それが霞んだ瞬間、ピリポくんも見えなくなった! あの触手のような尾の一撃が、皆を目にも映らない速度で弾き飛ばした攻撃の正体……!)
しかも、ピリポの例で見ると、尾はかなり伸びるようであり、射程距離も著しく長い。
……ピリポは真上へと弾き飛ばされていた。めり込んでいた天井から、大小の石材の破片を伴って落ちてくる。石畳に叩き付けられた彼は、「ぅぐふっ!」と呻いて血を吐いた。
(っ!? まだ生きて……!!)
……が、オルファリアが気付いたその事実を猿も察した。ひょこひょこと重体のピグミットの方へ歩み寄っていき――
「――――――っっっっ!!」
――その猿の背後へ走り込んだディアスが、声無き裂帛の気合いを迸らせて斬撃を放った。刃が大きく欠けたブロードソードが、それでも
「………………?」
キョトンとした邪神の従僕たる猿が、尻の触手群にてディアスを吹き飛ばす。足音を消す為に靴を脱ぎ捨て……左腕が
剣を首筋に生やしたままの邪猿は、それを行った少年へと振り向いて――
「……《
――その横腹に燐光纏うレイピアが突き立つ。細剣を握るハーフエルフの青年は秀麗な容貌を内出血で腫れ上がらせ、それでも眼光を漲らせて鋭刃をさらに押し込んだ。
「……なるほど、こいつ自体を対象とする魔法は打ち消されるが、別のものを対象とする魔法は、それが及ぼす効果は打ち消されないな……! 物理攻撃は効くようだし、武器や身体能力を魔法で強化して攻め続ければ――」
――攻撃と分析を並行させるロレンスの頭を、表情筋をピクリともさせない猿の手が摑む。無造作に投げられた黒い肌のハーフエルフが、天井で跳ね返って石畳に墜落した。……それは、奇しくもディアスの数m隣で……。
「……へ、普段デカい口叩いてるくせに情けねえな、ロレンスっ」
「……ほざけっ。貴様こそ体力だけが自慢のくせにもう疲労困憊か、ディアス!?」
憎まれ口を叩き合いながら、ディアスとロレンスがフラフラと立ち上がる。……その足元へ滴る血の量に、オルファリアは息が出来なくなった。
(二人共……ピリポくんだって間違いなく、マンティコアの時よりも重傷じゃない! 意識があって動けてるのが不思議なくらい……! 早く治さないと――)
オルファリアがディアスとロレンスの方へ駆け出す――そうしようとした刹那、当の二人の視線がチラリとオルファリアの方を見た。双方とも指を小さく動かし、遺跡の扉を差す。
「…………っ!?」
ディアスとロレンスの意図もまた、ピリポと同じであるとオルファリアは悟った。……確かに、凶猿の意識はディアスたちに向いており、今ならオルファリアがこの場を逃げ出せる確率は相当に高いと思われる。
(……客観的に見れば……皆の考えの方が正しい、そう言う人の方が多いかもしれない……)
圧倒的に戦力差がある敵を前にして、全員で挑んで全滅するよりも、一人を逃がす為に他の者たちが囮になって、より強力な冒険者たちに情報と希望を繫ぐ……定石と言える戦略だ。
そして、男性三人に女性一人の一党であるならば、逃がすのは紅一点の女性……そうするのは定石以前の男性の矜持として当然のことだろう。
しかし……それでも、オルファリアは――
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!」
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