第60ターン アポストル――使徒、或いは眷属

「知ってるの、オルファリアちゃん!?」

「は……はい……わたしも実際に目にするのは初めてですけど……」

 アーネル像の陰で身を小さくしながら、オルファリアは怖々とピリポへ語った。

「アポストル……本来は『使徒』と称される彼の方々は、元は神代の頃、まだ地上におわした神々の側近であられた人々で、当時の英雄たちだったと言われてます……」

 そして神代の終わり、神々が地上を去る際、共に天上の世界へと召し上げられたのだと。

使徒アポストルの方々は今も天上で神々に仕え、共にあるとされてますが、高位の僧侶クレリックが難易度の高い魔法を用いることで、地上へと召喚することが出来るんです……」

 元々が神代の英雄である使徒アポストルたちは、誰もが恐るべき強者であるという。身体能力や戦技に優れることは当然、あらゆる僧侶クレリックの魔法を、現代では失われたものも含めて使いこなす。さらに、本質的には地上よりも上位の次元である天界の生き物であるが故に、地上を這いずるしかない人類の使う魔法など、一切が無効化されるというのだ。

「……何、その反則級な存在!? そんなものがポコポコ居るの、天界って所には!?」

「でも、本来の使徒アポストルの方々は神々の忠実な僕……なんです。ただ……神々を邪神へと貶めて信仰する、邪教の僧侶クレリックによって召喚された場合、……」

 本当ならば気高く美しい姿を怪物染みた醜いものへと変貌させられ、清廉潔白な心根も狂気へと侵されてしまうのだと。そうなった彼らを、神の使徒アポストルとは区別して邪神の眷属アポストルと呼ぶのだ。

「あの猿も、本当はアーネル様にお仕えする使徒アポストルのお一方……だと思います。ただ、恐らくは嫉妬教エンヴィズムの高位の僧侶クレリックに召喚されたせいで、本来の姿も心も失っておられるのだと……」

「……あの村長じじい、そんな実力者には見えなかったんだけど……?」

「……召喚したのは別の僧侶クレリックのはずです。多分村長……さんは、その僧侶クレリックの後任だったんじゃないかと……」

 ピリポへオルファリアは言葉を濁した。……使徒や眷属アポストルの召喚の際には、彼らを地上へ受肉させる為、その仮初めの器となる肉体が必要とされる。そして、その肉体うつわの役割は何にでも、誰にでも果たせるわけではない。召喚する使徒や眷属アポストルを宿すに相応の、その教派における聖性に富む肉体でなければならないのだ……。

(例えば……とか)

 ……詰まるところ、使徒・眷属アポストルの召喚魔法とは、高位の僧侶クレリックが自らの肉体へとそれを降ろす――なのだ。あの猿も、嫉妬教エンヴィズムの、村長の前任の僧侶クレリックの成れの果てである可能性が非常に高い……。

(……気にしちゃ駄目。今はもっと考えなきゃいけないことがたくさんあるんだから……!)

 名も顔も知らぬ猿の眷属アポストルの召喚者、その自己犠牲に献身教ナートリズム僧侶クレリックとして思うところは確かにあるオルファリアだったが、そんな雑念は頭を振って追い払う。

(今、問題なのは……邪神の眷属アポストルと化していても、使徒アポストルの方々のその御力は健在であることっ)

 つまり、すぐそこの猿に人の身の魔法は通じず、身体能力や戦技についても並の冒険者では歯が立たないはずなのだ。

(その上、わたしなんかでは足元にも及ばないほど僧侶クレリックの魔法にも長けてるはず……)

 ……それを相手取る事態を如何にして打破するのか? 彼の猿の行動原理は不明な点が多いが、ディアスとロレンスへ攻撃した点、今もアーネル像の前に陣取り、オルファリアとピリポを待ち構えている点から、彼女たちを襲おうという意思を持ち合わせているのは確実だ。

(対抗しなきゃ遠からずわたしたちも襲われて……殺される! でも……どうやって? 逃げようにもディアスくんやロレンスくんを置いてけないし……戦うなら――)

「――オルファリアちゃん、おいらが飛び出してあの猿を引き付けるから……その隙を突いてオルファリアちゃんはこの遺跡から逃げて。……ね?」

「……え?」

 迷いへと沈んでいたオルファリアは、ピリポの提案にそこから引っ張り上げられた。

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