第52ターン クラッド、爆笑

「 一 体 ど う い う つ も り な ん で す か !? 」

「……あん?」

 全く止む気配を見せない夜雨の中を、今夜の宿である村外れの空き家まで戻ったが早いか、オルファリアはクラッドに詰め寄った。意味を察していない模様の彼に、彼女は切々と説く。

「この村に居る間は恋人を装う……それは何とか解ります。ですけど……流石にやり過ぎじゃないでしょうか!?」

 お互いに「あーん」と食事を食べさせ合うことも、今思えば村長夫妻の前でやるには失礼であったとオルファリアは感じる。加えて、クラッドはあの後さらに調子に乗ったように、椅子を寄せてオルファリアと密着した挙げ句、彼女の太股に手まで置いてきたのであった。

(……食事を終えて、村長さんたちのお宅を辞するのがもう少し遅かったら、法衣の中にまで手を入れられてた気がする……)

 後半は頬を引き攣らせていた村長夫婦を思い出し、オルファリアはいたたまれない気持ちになる。

(……演技だったとしても、過剰だったよね? 少し……身の危険を感じた気がする……)

 クラッドの悪い噂を存じないオルファリアでも、彼への警戒心が膨れ上がってきていた。

(こんな気持ちじゃ、クラッドさんと一緒に冒険するのは……ちょっと怖い。それを払拭する為にも、きちんと答えてもらわないとっ)

 だから、オルファリアは口にする――

「――あの、クラッドさんが今、冒険者ギルドから受けてる依頼……内容もまだ全然説明してもらえてないですけど……」

「……言ったはずだぜ? 目的地に到着すりゃ解るって――」

「――?」

 オルファリアのそんな指摘に――数秒間ポカンとしたクラッドは、徐々にくぐもった笑い声を漏らし……やがて腹を抱えて爆笑を始めた。

「オマ、何言って……くくっ、ははっ! ははははっ! ヤベェ、腹痛ぇ!! このド田舎の、のどかですらあるこの村が、冒険の目的地? ここに何か、冒険者が、それも等級レベル【ⅩⅣ】のオレが、探すべき何かが、倒すべき敵が、存在するとでも!?」

 クラッドは金の眼差しを、さも笑えるものを見付けた風にオルファリアへ向けた。小馬鹿にしているような彼の視線を、オルファリアの鳶色の双眸は真っ直ぐに受け止める。そんな彼女の真面目極まりない立ち振る舞いに、クラッドは我慢の限界といった様子で天を仰いだ――

「――だ! いや、マジか……? それなりにヒントは匂わせてやったが、この村に到着してまだ三時間程度だぞ? ……なるほどな、メイリンが入れ込むわけだぜ……」

 自分の推理を肯定したクラッドに、オルファリアはほっと息を吐いた。

「……やっぱり、夕食の席でああも過剰なスキンシップを求めたのは、それを村長さんたちへ見せ付ける為だったんですね?」

「まぁ、概ねな。で、オルファリア。具体的に気付いたきっかけは何だったんだ?」

です」

 言い切ったオルファリアに、クラッドは二、三度頷いてみせる。

「そりゃそうか。気付くならやっぱそこだよな。……オルファリア、大事な話だ。耳貸せ」

「はい」

 手招きするクラッドに、オルファリアは背伸びして耳を彼の口元へ近付けた。それだけでは届かない為、クラッドも若干屈む。オルファリアの薔薇色の髪から覗く耳朶へ、クラッドは唇を接吻するように近付けて――

「――《羊が一匹……スリープ》」

「……ふぇっ……!?」

 ……無詠唱の魔法がオルファリアへと成就された。途端に揺れる視界、覚束なくなる足元、全身から抜けていく力に、オルファリアは推察する。

(……睡眠……導入の……魔法……!?)

 詠唱を行っていない以上、効果は著しく落ちているはずである。その上、オルファリアたちサキュバスは精神系の魔法に高い耐性を持っていた。それすらもものともせず、クラッドは彼女へ強制的な意識の喪失をもたらそうとしている……。

(やっぱり……クラッドさんは……凄い……実力……あぁ……駄目――)

 ――そうして、オルファリアは己の意識を手離した。最後まで残っていた微かな思考力までも霧散する刹那、彼女は力強く頼りがいのある腕に抱き止められたように感じる。

(……お父さん……って……こんな感じ…………なの……かな………………?)

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