シナリオ4 クラッド~歪みを抱えた辺境最強

第50ターン 二人の実力差

 ――オルファリアとクラッドがカダーウィンを出立し、五時間近く経とうとしていた……。

(……ここ、カダーウィンからどれくらい離れてるのかな……?)

 額の汗をハンカチで拭いながら、オルファリアは分析する。

 ……カダーウィンを出てすぐに、クラッドはオルファリアをその腕に抱きかかえたのだ――

『あ、あの……!?』『喋んな、舌噛むぞ』


 この身に宿りし精魂アニマ

 我が意に従いて見えざる翼と化せ

 大気を叩き風を裂き

 我を大空へ誘え――


 ――突然のお姫様抱っこに大いに戸惑うオルファリアを尻目に、クラッドが発動させたのは《翼を下さいフライト》……飛行の魔法である。

 オルファリアと共に空へ舞い上がったクラッドは、そこから西南西に向けて木々を、河川を、湖を、いくつも飛び越えたのだった。

(……そういえば、空に飛び上がった直後に誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけど……?)

 知っている声だった気もするその悲鳴が、オルファリアは少し気になるのだった。

 ともかく、最初に十数分間だけだが空を飛び、道程を阻む障害を複数突破したオルファリアとクラッドは今、徒歩でならカダーウィンから二日や三日は掛かる地点に居ると思われる。

(ただ……具体的に何処に向かってるのか、解らないのがちょっと不安なんだけど……)

 両脇の木々から大きく枝が張り出した道をクラッドが先行する。その背中に、オルファリアは何度か目的地を尋ねてみたのだが、クラッドからは「着けば解る」という返答しかない。

(……夜営するなら、そろそろ準備しないと……)

 時刻としては早めの夕方だが、街の外では人工的な明かりが少ない分、暗くなるのも早い。野外で夜を越すなら、野営場所の確保に薪拾い、食事の準備など、明るい内にやっておかねばならないことが山ほどあるが……クラッドにはそちらへ移る気配も無かった。

(……まさか、夜営しないつもりなの? 目的地まで夜通し歩き続けるとか……?)

 そうならば、オルファリアとしては正直つらかった。この地方は暑く湿気も多い分、歩いているだけでも体力の消耗は大きい。なるべく日陰を選んで進んではきたが、午後の強い陽射しの中での行軍でもあったのだ。本格的な休息を今夜取れないとなると、如何に本性は悪魔デーモンでも、若干一二歳のオルファリアのスタミナでは遠からず倒れてしまう……。

「――っ!? え? 冷た……!?」

 ……しかも、そこでオルファリアの頬を冷たい雫が叩いたのである。目線を上に向けた彼女は、梢の隙間から見えた空に濃い色の雲が急速に広がっていくのを目撃した。

 暑く湿ったこの地方の気候は、必然的に雨も多くする。夜間の、雨の中の行軍など、とてもではないがオルファリアには完遂出来る自信は無い……。

「あ……あの、クラッドさん――」

(呆れられるかもしれない。足手纏いだって、やっぱり連れてくるんじゃなかったって後悔をされるかもしれない……けど、ここで言わないで後で倒れたら、余計に足手纏いになる!)

 献身の女神ナートリエルの信徒として、自身が彼の足を引っ張ることだけは駄目だと、オルファリアが意を決してクラッドへ行軍の停止を進言しようとした――刹那だった。

「――やっと見えてきやがったな。オルファリア、今夜はあの村に泊まるぞ」

「……え?」

 振り返ったクラッドが親指で差し示した正面、木々の間に、粗末な木製の家がまばらに建ち並ぶ集落が、オルファリアの目にも垣間見えたのであった……。


(……要するに、クラッドさんは最初からこの村の存在を知ってて……今夜はここに宿泊するつもりだったんだ……)

 やきもきしていた自分が全く無意味だったと解り、オルファリアは肩を落とす。

 あの後、目を白黒させるオルファリアを余所に、クラッドはズカズカと村内へ踏み込んだ。そして、雨を察して屋内に逃げ込もうとしていた村人たちを捕まえ、あっという間に今夜の村への逗留を了承させてしまったのである。その交渉の手際は凄まじく、最悪軒下や土間を寝床とすることを覚悟していたオルファリアを再び余所にして、今彼女たちが居る、現在は空き家になっていたという村外れの一軒家を、丸ごと一晩の宿として借り受けていたほどであった。

(……クラッドさんなら、ボルドントさんさえも言い負かすことが出来るかも……?)

 冒険者ギルドの管理で実際は組織立っているとはいえ、冒険者=ならず者と認識する一般人は少なくない。自分たちで依頼した相手ならまだしも、そうではない冒険者が突然宿を貸してほしいと言っても、拒む村は多いのだ。にもかかわらず、オルファリアの髪が僅かに湿る程度の時間でここまでの交渉を達成したクラッドに、彼女は冒険者としての深い底力を感じる。

「この村の村長が、家で晩飯を食わせてくれるとよ。もう少ししたら行くからな」

「……はい……」

 村から貸してもらった手拭いで髪の湿り気を吸いつつ、オルファリアはクラッドへ頷く。

(……食事まで用意してもらえるほど交渉を成功させるなんて……わたしにはとても出来ない。これが等級レベル【ⅩⅣ】のクラッドさんと【Ⅱ】のわたしの実力の差なんだ……)

 外へ雨足を確かめに行ったクラッドを見送り、オルファリアは自身の背負い鞄……故郷の村からカダーウィンへの旅路でも使ったそれの中から、一枚の地図を取り出す。マリクの厚意で譲ってもらった、彼の教会にあった品だ。カダーウィンを中心にこの辺りの地域を描いたその地図をいくらオルファリアが睨んでも、今居るこの村と思しき村名は確認出来ない。

「……数年前の物だってマリクさんも言ってたし、だから正確さにも難があるって承知してたつもりだったけど……」

 仮に、最新の地図を購入し、それでこの村の存在を把握出来ていたのなら、オルファリアのこの村を目にするまでの焦りも無かったかもしれなかった。

(こういう情報収集の甘さが、やっぱりわたしの冒険者としての弱点なんだろうな……)

 これから数日間続く予定のクラッドとの冒険。その一日目にして早くも等級【ⅩⅣ】クラッドとの力の差を見せ付けられ、等級【Ⅱ】オルファリアは溜息を抑えられないのであった……。

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