第49ターン 明けない夜は無いと誰かが言ったが――
夜が明け――冒険者ギルド・カダーウィン支部で待っていたオルファリアの許にクラッドがやって来たのは、他の冒険者たちが一通り何らかの依頼を受けて出発した後だった。
「……おはようございます、クラッドさん」
「おぅ。……おはようって挨拶には、些か遅ぇ時間だがな」
「……自覚はあったんですね……」
自分の精一杯の皮肉が通じないクラッドに、オルファリアは長椅子に座ったまま嘆息した。
時刻はまだ午前中だが、あと半刻で正午を迎える。「朝集合」と言ったクラッド自身のルーズな時間感覚に、その辺りは割ときっちりとしているオルファリアは早くも頭痛を覚え始めた。
(本当に……大丈夫なのかな、今回の冒険……?)
不安が胸を過ぎるオルファリアの前で、クラッドは欠伸を噛み殺す。
「……寝不足ですか? それに、何だかお疲れのように見えますけど……?」
「……まぁな。昨晩、可愛いウサギがなかなか眠らせてくれなかったからなぁ」
疑問符を浮かべるオルファリアに、クラッドは意味深な笑みを浮かべつつ、今日は珍しくも受付カウンターに就いて難しい顔をしているガストムを流し見る。
――が、オルファリアは目を輝かせ、手のひらを細顎の前で打ち合わせた。
「クラッドさん、ウサギを飼ってるんですかっ? 意外ですけど……モフモフで可愛いですよねっ、ウサギさん♪」
「……お、おぅ……。――ヤベェ、全く意味が通じてねぇぞ、コイツ……」
比喩的表現を額面通りに受け取ったオルファリアに、クラッドも毒気を抜かれる。
「……まぁ、抱き心地がいいのは確かだぞ。とはいえ、割とお転婆でな。すぐにこっちに噛み付いたり、引っ搔いたりしてきやがる。けど、可愛がってやると従順になるんだ」
「へぇ……やっぱり、ウサギさんて寂しがり屋なんですね」
「……っ。そうだな。機会があれば、オルファリアにも会わせてやるよ。オレの飼ってる翡翠みてぇな瞳のウサギにな」
「いいんですかっ? 楽しみです……♪」
吹き出しそうになるのを堪え、クラッドはオルファリアの反応を楽しんでいた。
「ま、とにかく行くぜ、オルファリア。少し早ぇが何処かで昼飯食って……その後、現地へ出発するぜ。今日は気分がいいから、オマエの分も奢ってやるよ」
「え? いえ、それは……。自分の分は自分で払いますからっ」
「男が奢ってやるって言ってんだ。女は素直に奢られとけよ」
遠慮するオルファリアを黙らせ、冒険者ギルドの外へ向かうクラッド。だが、「す、少し待って下さい」とオルファリアは受付カウンターの方を振り返った。
「……どうした?」
「その、メイリンさん……お世話になってるギルドの職員の方に、挨拶しておきたいんです。数日間、来られなくなるって。昨日はわたし、メイリンさんにもう一度会う前に帰っちゃったから……。でも、メイリンさん、今日は用事があるらしくって、まだ来てないそうなんです。ガストムさんは、もしかしたら今日は休みかもしれないって……」
「――メイリンなら、まだベッドから起き上がることも出来ねぇんじゃねぇかね……」
「……? 何か言いましたか、クラッドさん?」
「いいや。どのみち、今日来るかも解らねぇ相手を待ってもいられねぇ。行くぞ」
「だ、だから待って下さいっ、クラッドさん!」
歩き出したクラッドをオルファリアは渋々追う。デコボコな印象の臨時コンビが出て行ったところで――カダーウィン支部の各所の物陰から這い出す影たちが居た。
「――行ったぞ」「すぐに追い掛けねえとな」「でも、見付からないよう慎重に……」
三人分の人影は、殺し切れぬ足音を響かせてオルファリアとクラッドの後を追うのだった……。
「――あ……?」
メイリンが昨晩と同じ、クラッドの屋敷の彼の寝室のベッドで目を覚ました時、窓の外の陽は中天へと差し掛かっていた。
汗、涙、それ以外にも多量の液体が染み込んだベッドシーツに仰向けに沈むメイリンの肉体は、四肢が大の字に投げ出され……力の欠片も感じられない。白い陶磁器の如き肌の上には、半乾きのクラッドの、或いはメイリン自身の昂りの残滓がこびり付き、生臭さを放つ。右脚のガーターストッキングはいつの間にか脱げ、ベッドの下に落ちていた。左脚の方は無数に伝線し、最早残骸と言っても過言ではない……。
けれど……メイリンはしかと理解していた。その程度、些事であると――
指一本動かすことすら億劫な右手をどうにか動かし、メイリンはガーターベルトが囲む己の下腹部に触れる……。
「……どう、しよう……?」
許されるはずの無い、禁断の行為……。様々な現実的問題がメイリンの頭の中でグルグルと回るが……その中心で彼女は、こんなことを考えていた――
(ガスを一番愛してること――それは、揺らいでないわ。アニエも一番愛してること――それも揺らいでない。でも、クラッドは――……結局、どう思ってるの、あたし……?)
憎いのか、嫌いなのか、それとも……ガストムやアニエほどではないにしろ――愛しているのか? 解らなくて、メイリンは思考が袋小路へ行き詰まる。
「……駄目……まだ何だか、眠い……」
(考えがまとまらないのも、きっとそのせいよ……)
そう言い訳して、今は考えることをやめて……本当は考えることが怖くなって――混迷するエルフの人妻・メイリンは瞼を再び閉じるのであった……。
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