第44ターン メイリンの追及

「はっ、はぁんっ……! ちょ……ちょっと……待ちなさいよ、クラッド……!!」

「……あんっ?」

 今、まさに股間の毒牙を……腹筋まで反り返る蛮刀の如きそれをメイリンへと宛がおうとしていたクラッドは、彼女の制止に不機嫌そうに眉間へ皺を刻んだ。

「……何だよ? この関係、やっぱり終わりにしてぇのか? イイぜ、終わりにしても。だが――この二年間のことを全て知っても、ガストムはオマエを許してくれっかね?」

「…………!!」

 その瞳に呪殺の力があれば、クラッドを一〇〇回は殺したであろう眼光をメイリンは灯す。

(そう……そもそもこの関係だって、本当は一度きりの約束だったのよ……!!)

 だからこそ、メイリンは歯を食い縛って好きでもないクラッドに一晩身を任せたのだ。

 ……けれど、一度関係を持てば、それがメイリンの弱みになる。前回のことをガストムへと話されたくなければもう一回だけ。それで渋々もう一度抱かれたら、今度はそれをネタにもう一回だけ……と。

(……その繰り返しで、もう二年……。クラッドも暗黙の了解のつもりなのか、あたしを呼び出すのにいちいち前回の話を持ち出さなくなったわ……)

 今夜の呼び出しにしても、冒険者ギルドで昼休み中だったメイリンの許へとふらりと現れたクラッドから、「今夜屋敷に来な」とすれ違い様に囁かれたに過ぎなかった。

(……ええ、だけど……あたしはそれに従うしかないわ。そう選んだから……)

「……勘違いしないでよ。あたしはあんたから言い出さない限り、この関係を続けるわ」

 暗く燃やしていた双眸を馬鹿らしくなった風に逸らし、メイリンは言い切った。

(あたしから関係を切ったら、腹いせにクラッドは全てをガスにばらすわ。二年間我慢したのが全部無駄になるもの……。それならまで付き合った方がまだマシだわ……)

 いずれクラッドもメイリンに飽きる時が来る。そうでなくても、人間マンカインドのクラッドの寿命はエルフのメイリンよりも遥かに短い。ドワーフの寿命も人間マンカインドの三倍以上はあり、クラッドより先にガストムが死ぬこともまず無かった。メイリンとクラッドの関係は、続いてもあと数十年。対して、メイリンとガストムの夫婦関係は、それよりも一〇〇年以上は長く続く。クラッドが老死するまで今の関係を続けても、それ以降にメイリンとガストムが夫婦として過ごす時間の方がきっと長いのだ。ならば、今は一時の苦しみと耐え忍び、クラッドとの関係をやり過ごす方が、メイリンにはリスクが少ないのである。

(クラッドがあたしをどうでもよくなるか、何らかの理由で鬼籍に入るまで……。そうなってからが、あたしの人生の本番よ。ガスと、アニエと、幸せを満喫するんだから!)

 ……そんな消極的な対応が、メイリン自身もこの関係に慣れ切ってしまっているからこそのものであると、当人も薄々自覚しているが……目を逸らしてしまっている。

 ――それでも、からは目を逸らすわけにはいかなかった。

「……さっきから訊こうとしてるのは、あたしとあんたの関係についてじゃないわよ! 今朝の件! オルファリアさんにちょっかいを掛けて、どういうつもりなのよ!?」

「ああ……? 何だ、嫉妬か?」

「馬鹿言ってないで答えて」

 半眼のメイリンに、クラッドは興が削がれた風にベッドの上で胡坐を搔いた。メイリンも身を起こし、ベッド上に正座する。

「……あの献身教ナートリズム僧侶クレリック……オマエのお気に入りなのかよ、メイリン?」

「まあね。……控えめに言っても逸材よ」

 逆に訊いてきたクラッドに、メイリンは断言する。

「冒険者になってまだ一月ひとつき魔物モンスター退治の依頼を受けるようになってから半月程度よ。それで等級レベルは【Ⅱ】。昇格レベルアップの速度はあたしやあんたに匹敵するわ」

「……確かにな」

「その上、等級レベルが【Ⅰ】の段階でマンティコアと戦って生還してるのよ。それも、仲間全員の等級レベルも【Ⅰ】という状況で。あたしやあんたでも、等級レベルが【Ⅰ】の頃に同じことが出来た?」

 オルファリアを褒め称えるメイリンに、クラッドは胡散臭そうに返す。

「……そのマンティコア戦、オルファリア以外の連中が尽力した可能性もあるだろ?」

「オルファリアさんの冒険仲間パーティ・メンバーが全員、『彼女のおかげ』と言ってるのよ。報告を吟味しても、彼らが倒れた後にオルファリアさんが上手く立ち回って、皆の生還に繫げたとしか思えないわ。……肝心の彼女自身からの報告に、曖昧な部分が多いんだけど。まあ、記憶があやふやになるほど必死だったってことでしょうね。だから――」

 クラッドの鼻先へ、メイリンは人差し指を突き付けた。

「――オルファリアさんは、今後カダーウィンの冒険者ギルドを背負って立つかもしれない身よ。ギルド職員あたしたちとしては、慎重に彼女の成長を見守りたいわけ。それなのに、等級レベル【ⅩⅣ】のあんたが【Ⅱ】のオルファリアさんを同じ依頼に連れてくとか……彼女を潰す気!?」

 クラッドが今、受けている依頼は、本来は等級レベル【Ⅶ】や【Ⅷ】の冒険者が複数で当たるべきものだ。クラッドなら単独でもこなせるだろうが……等級レベル【Ⅱ】のオルファリアが踏み込むには危険過ぎる領域である。

 メイリンの憤りに、クラッドは溜息混じりに言い訳を始めた。

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