第42ターン メイリンの回想

 一ヶ月もない冬の期間を除けば、カダーウィンのある地域は年間を通して気温も湿度も高い。陽が沈んだ後もあまり涼しくはならず、透かし彫りなどで風通しを良くしても、屋内には熱が籠もり易いのだ。

 ――ベッドの上で何戦かこなせば、汗だくになってしまうほどに。

 ……あれから、さらに幾度かメイリンと肌を重ねたクラッドは、今は消耗した水分を補給することを兼ねて、ベッドから降りて瓶から直接果実酒を煽っていた。

 ベッド上で仰向けに四肢を投げ出していたメイリンは、その隙に乱れ切った呼吸をどうにか整える。

「――オマエも飲むかよ?」

 メイリンへ、クラッドが果実酒の瓶を掲げて問うた。一瞬、アルコールの力に頼りたい衝動がメイリンの胸を過ぎったが……首を横に振る。

(……今さら間接キス程度でどうこう言う状況じゃないけど……それでも、この野郎と同じ瓶から回し飲みするのは嫌)

 それに、メイリンにはクラッドへ問い質したいことがあった。酔っていては話にならない。

「ねえ――あんた、一体どういうつもりなのよ……?」

「……あん? もう二年も続いてる関係を、今さら何言ってんだ、オマエ?」

 サイドテーブル上の、氷が敷き詰められた器へ果実酒の瓶を戻し、クラッドは眉をひそめた。メイリンへ詰め寄るようにベッドへ足を掛け、身を乗り出す。

「オレがを相手にどれだけ力を尽くしたか……忘れたのかよ、あ?」

「……忘れてなんかないわよ。あの一件、それ自体は……感謝してる……」

 ゆっくりと上体を起こしたメイリンは、不本意そうにだが、クラッドへ礼を述べた。

 そんなメイリンの口を、クラッドの噛み付くようなキスが塞ぐ。彼女の唇を割り開き、彼の舌が入り込んできた。エルフの人妻は、諦めたようにその舌へ自らも舌を絡める。

「……ん、んんっ……ん、んっ……」

 ディープキスで温度を上げる身体とは正反対に、メイリンの思考は冷えていく。

(……ほんと、腹立つわ。このクラッドとの関係も、元をただせばあの国のせいよ……)

 その国の名を知る者は少ない。カダーウィンよりも大陸の中央に近い地域の大樹海……その奥地にある、エルフだけを国民とする王国の一つ。小国だが歴史はエルフの感覚でも長く……その分、他の種族には排他的で、最早意味さえ解らぬ独自の伝統を執念深く崇めている。……そんな国の、がメイリンの実家だった。

(王家に生まれたとはいえ……あたしは、あの国のエルフひとたちの中では異端だったわ……)

 クラッドの酒臭い唾液を味わい、メイリンは思う。……ちちが誇る国の歴史も、王妃ははが尊ぶ国の伝統も、埃を被ったガラクタのように彼女には見えていた。

(あたしには、あの国は打ち捨てられた廃屋に思えた。その中で、外のもっと立派なお屋敷やお城……他国から目を逸らしてる自分たちが、惨めな浮浪者に思えた……)

 故郷にそんな印象しかなかったメイリンがそこを飛び出し、多様な種族が入り混じり、様々な文化を内包するこの国へ流れてきたのは、きっと必然だったのだろう。

 メイリンの口内を弄んだクラッドの唇と舌が、銀色の唾液の糸を引いて離れていく……。

(そして……故郷では『最低最悪の蛮族』って教えられてたドワーフと愛し合って、子供まで産んだんだから……あたしも筋金入りよね……)

「……あっ……んっ……ひゃんっ……」

 今度はエルフの象徴たる長い耳へ唇を向けてきたクラッドを、メイリンはくすぐったそうに押し返すが……結局腕力で負けて、耳たぶを甘噛みされてしまう。

 ……故郷を旅立った時点で、メイリンは二度と帰らぬつもりだった。カダーウィンで冒険者となった段階で、それ以前の自分は捨てたつもりだった。……ガストムに純潔を捧げた時、彼の隣こそが自分の居場所と思えるようになったのである。アニエが生まれ、その気持ちは余計に強まった……にもかかわらず――

(……アニエが一歳になる頃――お父様からの追っ手がカダーウィンに現れたのよ……!)

 ――出奔した王女を、彼の国は諦めてなどいなかったのである。

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