第41ターン 寝台が軋む音

 冒険者ギルド・カダーウィン支部の裏口からメイリンは外に出る。空に月と星々が踊る時間になっても、この地方の空気は若干生温い。

「……よしっ!」

 自らの両頬を両手で叩いて気合いを入れ、メイリンは目的地へ向けて歩き出した――


 その屋敷は、カダーウィンのスラム街区にやや近い場所にあった。

 元は貴族の別荘として想定されたもので、数多の緑が植えられた庭は広く、屋敷自体も上品な色合いの石材を組み合わせ、随所に手の込んだ透かし彫りがされた、この街一番の豪商たるボルドントの屋敷にも負けぬ物件なのだが……生憎立地が悪過ぎる。

 治安の悪いスラム街と目と鼻の先のせいで、長らく買い手が付かなかったのだが――一年半ほど前にが購入して以降、彼の城となっていた。

 スラム街に住む悪漢・悪童たちも、流石にそうなってはこの屋敷に手を出そうとは思わない。たとえ、押し入ることを闇ギルドからは禁止されていなくとも……。

 ――〝辺境の暴君〟クラッド・イェーガーの屋敷に押し入るなど、命がいくつあっても足りはしないのだから……。

 ……そんなクラッドの城の、二階の角部屋。そこが家主の寝室となっている。

 バルコニーに通じる、クラッドの背丈よりも大きな窓からは、冷めた月の光が室内に射していた。それが照らすワインレッドの絨毯の上に……が皺塗れの状態で放り捨てられている……。

 他にも、も落ちていた……。

 部屋の中央に置かれた、大人三人が並んで寝ても充分に余裕があるサイズのベッド――それが絶え間なくギシギシと軋み、揺れている……。

「……っ……ぅ……ぁ……ぅぁっ……!!」

 ベッドの振動に合わせ、女の押し殺した喘ぎ声が響いていた。

 クローバーの刺繍の白いガーターストッキングに包まれた細い脚線が、天井に爪先を向けている。踊るそれの間に、絞られ、鍛えられた肉体を晒すクラッドが割り入っていた。

 クラッドが覆い被さっている為、彼に組み伏せられた女性の姿は、脚とクラッドの背に爪を立てる繊手以外見え難いが……今もまた乱れ、皺を増やしていくシーツの上には、を知る者ならば見間違えようの無い金糸の如きロングヘアが広がっている……。

「……っ……ぅ……くっ……ぅあっ……ああっ……!!」

 とうとう耐えられなくなった様子で、メイリンが湿った悲鳴を上げた。

「……やっと素直に声を上げるようになったかよ。今夜はいつもよりも頑張ったじゃねぇか。おかげでオレもそろそろ……!」

「……!? だ、駄目ぇっ!!」

 クラッドの宣言に、内縁とはいえ人妻のメイリンは拒否の声を上げるが……体格で勝るクラッドに下敷きにされている彼女には逃れる術は無い。

「あ、あ、あっ、あっ! お願っ、許してっ……!!」

 メイリンの声が艶を増す。既婚の女エルフへ、夫ではない男が、破城槌のように何度も激突を繰り返した。

(駄目っ……! ガスでないと絶対、駄目なんだからっ……!!)

 ……しかし、いくら精神が拒もうと、メイリンは非常に若々しい外見とは裏腹に、出産経験さえあるオトナの女性である。男から執拗に攻められれば、肉体の方はそれに応えてしまう。……相手がガストムでなくても……。

「あっ、あっ、やっ、やぁっ……! あんっ、やんっ、ひゃんっ、あぁんっ……!!」

 心とは反対に、己のカラダは容易く愛しい人ガストムを裏切る事実に、彼女の胸中は絶望で浸される。

 その絶望に追い打ちを掛けるように――決定的な瞬間は訪れた。

「うっ――ぐっ……!!」

 クラッドの腰が一際深くメイリンと接触し……そして、彼の腰部が小刻みに震える……。

「ああっ……!? ああああぁぁああああああああああ~~~~~~~~~~~~っっ!!」

 メイリンの悲痛な絶叫が寝室にこだました。

(嫌……ああ……ガス、ごめん……ごめん……!!)

 愛しい夫への罪悪感が渦を巻くメイリンの心中とは逆に、彼女の両脚はクラッドの腰へと絡み付いて痙攣し、両腕はクラッドの背筋へ幾筋も引っ搔き傷を刻みながら、しがみ付く。

「ああぁぁああああぁぁっっ……………………あぁっ……❤」

 哀しげな響きを秘めつつも、メイリンの叫びはやがて甘く蕩けていった……。

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