シナリオ3 メイリン~秘め事の多いエルフ

第35ターン とある夜の一幕

「――クラッド……イェーガー?」

「……そうだ……」

 白い靄が立ち込めた空間で、オルファリアはガストムからその名前を聞いた。

 胡坐を搔き、半目で舟を漕ぐガストムの横に、一八〇cmを大きく上回る人影が滲み出る。

「この人が、クラッド・イェーガーさん……」

 呟くオルファリアの視線の先、跳ね気味の黒髪を背中にまで伸ばした美男子が不敵に嗤っていた。金色の眼光は猫科の猛獣のように鋭い。ねじれた太い木の枝の先に原石のままの宝石が付いた杖を持ち、そこから後衛の魔法職と推理出来るが……羽織る袖の無い外套の内、胸元が大きく開いたシャツから覗く胸筋は充分に厚い。長い腕と脚にも、しなやかな筋肉を感じられる。

「冒険者としての等級レベルは【ⅩⅣ】……カダーウィン支部うちの現役で最も高い……職業は魔術師ウィザードで……本来は接近戦が苦手な魔法使いだが……クラッドは並以上の戦士ファイターにも勝てるほど接近戦も巧みだ……ただ……性格は傍若無人……平然と他人を見下す……そのせいで人望は無く……本人も仲間は邪魔と言って憚らない……付いた仇名は〝辺境の暴君〟……」

 クラッドを解説するガストムへ、オルファリアは最も訊きたかった質問を投げる。

「この人が――、なんですか?」

「俺はそう予想する……」

 ガストムは深く頷いた。

「コトネリアが……カダーウィンを去る直前までの数ヶ月間……冒険者になったばかりの……一四歳の頃のクラッドを……気に掛けて……頻繁に行動を共にしていた……恐らくは……肉体関係もあったはず……可能性として一番自然だ……」

「解りました。ありがとうございます」

 ガストムに礼を述べて、オルファリアは背の黒翼を広げた。頬を染め、下着姿同然の肢体を仁王立ちさせる。金属で補強された革製のブラジャーとショーツすら透かし、彼女の全身の肌の上で、幾何学的な紋様が脈打つように輝いた。

「このの中での記憶は、目が覚めれば残らず消え失せます。決して甦りません」

「……重々……承知した……」

「それではガストムさん、改めて……おやすみなさい……」

 靄が濃くなり、オルファリアの山羊のような角も、鏃の如き尻尾も覆い隠す――


 ……《夢で逢えたら……ドリームダイバー》……。


「……っ。良かった……上手くいったみたい……」

 ――瞼を開いたオルファリアは、石壁の部屋の大きい窓、そのカーテンの隙間から射す月光に安堵の息を漏らした。

 微かな月明かりで窺える室内のベッドの上、ガストムが寝息を立てている。目覚める気配は無いが……それでもその数歩先でサキュバスの本性を晒すのは、オルファリアにとって危険な賭けであった。

「だけど……これ以上ないほど成果はあった……!」

 夢の中と同じ格好、零れ落ちそうなFカップの前で、オルファリアは両手を握り合わせる。

 サキュバスは他者の夢に干渉する力も持つ。夢を介し、その者の記憶を探ることも出来た。オルファリアはそれを用い、コトネリアの日記を参考に、自分の父親の可能性がある男性たちの記憶を一人ずつ探っていたのである。カダーウィンに来てから、ずっと……。

 そして今夜、ガストムから有益な情報を手に入れたのだった。

(ガストムさん、ずっと警戒が強かったから……。でも、こんなチャンスが来るなんて)

 コトネリアなら、数km先の相手の夢にも干渉出来たらしいが、サキュバスとしての能力も母に遠く及ばないオルファリアでは、目の前の相手の夢に干渉するのが関の山であった。

(なのに……ガストムさん、何処に住んでるのか全然解らなくて。わたしの下手な追跡じゃ、すぐに気付かれちゃうし……)

 厳格なガストムは、職場の冒険者ギルドで居眠りなどしない。その夢へ干渉するには、彼が睡眠を取る自宅を突き止め、忍び込むしかなかった。けれど、オルファリアはガストムの自宅を長らく突き止められず、彼の調査は後回しになっていたのである。が――

(今夜、ガストムさんは急な仕事で冒険者ギルドに泊まり込むって話してたから。仮眠くらいは取るんじゃないかって。完全に徹夜されたらアウトだったけど……)

 オルファリアの願いはナートリエルに聞き届けられて、彼女はガストムの記憶を探る機会を得たのであった。その上、入手した情報も上々と言える。

(後は、気付かれない内に立ち去るだけ。今夜はもう遅いし、わたしも眠いもん……)

 オルファリアが冒険者ギルド・カダーウィン支部の仮眠室から去ろうとした、瞬間――

「――うぅん……♪」

 ……オルファリアでもガストムでもない、の寝息が響いた。オルファリアは思わず、本当に思わず足を止めてしまう。それは致し方がなかった。

 オルファリアがガストムの眠るベッドへ視線を向ける。……正確に言おう、ガストム眠るベッドだ。彼の横にはが居たのである。

 金糸の如き長髪がシーツの上に広がり、その間から長く鋭い特有の耳が見えた。

(……メ――メイリンさぁぁああああああああああ~~~~~~~~~~~~んっっ!?)

 顔馴染みの冒険者ギルド職員の名を叫ぶのを、オルファリアは何とか胸の内だけで留めた。とはいえ、もう、この仮眠室に入ってからずっと抱いていた疑問から目を逸らせない。

(な、何でメイリンさんとガストムさんが一緒に寝てるの!?)

 しかも、掛け布の下の二人の身体は、何も身に着けてはいないようであり……。

(……すぐそこのサイドテーブルに、ガストムさんのものと思しき冒険者ギルドの男性制服と、メイリンさんのものと思しき女性制服も綺麗に畳まれて置いてあるし! ……下着も含めて。こ、これはどう見ても……、そのまま寝ちゃったパターン……?)

 脳内で要点を並べていくだけで、オルファリアの頬は温度を急上昇させる。

(脱いだ服が綺麗に畳まれてるし、どちらかが無理矢理って感じでもなさそう……)

 そもそも、ガストムは寝ていてなお硬い表情で寝相も真っ直ぐだが……メイリンは表情筋を緩ませ、ガストムに身を寄せていた。望まぬ関係には到底見えない。

(メイリンさんとガストムさんて……そういう関係!? 普段の態度はそれを隠す為の偽装フェイク!? どうしよう……翌朝メイリンさんと会ったら、普通に振る舞える自信が無いよぅ……)

 奥深いオトナの世界を垣間見て、オルファリアは身悶えるのであった……。

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