第29ターン 名物冒険者の正体

 オルファリアとティスが闇ギルドを出た時点で、太陽は沈み切っていた。オークション開始まで、それほど時間は残されていない……。

 全力で教会へ駆け戻った二人は、息を整える間も惜しんで献身の女神へ祈りを捧げる。


 我らが主へ

 偉大なる献身と慈愛の女神・ナートリエル様へ求め訴えます

 御身を照らすご威光を

 僅かばかりわたしたちにお分け下さい……


「――《光あれホーリーライト》!」「ホ、《光あれホーリーライト》ッ!」

 オルファリアとティスを中心に灯った魔法の明かりが、女神像の座す礼拝堂を照らし出す。

「……マリクさんは居ないみたいね……」

「服も乾いたから、知り合いの人にお仕事を紹介してもらえないか頼んでくるって、出掛けていったの。多分、それからまだ帰っていないんだわ……」

 マリクも頑張っている――それを再確認したオルファリアとティスは腕まくりをし、魔法の光を頼りに教会のあちらこちらをひっくり返し始めた。

「ティスちゃん! 問題の名物冒険者のこと、何か知らない!?」

「……そういえば、ちらっと聞いたことがあるわ。〝献身教ナートリズムの……打者バッター〟とか? 〝パコーンパコーン天使〟? そんな風に呼ばれていたとか何とか……?」

「……魔物モンスターをメイスとかの鈍器で殴り飛ばす人だったのかな……?」

 筋肉ムキムキの巨漢が鋼の棍棒でゴブリンやマンティコアを撲殺する場面を想像しながら、捜索を続けること暫し――

「あ……あったー!!」

 ――件の名物冒険者のものと思われる、革の装丁の厚い本をオルファリアは発見したのだ。

 ……実のところ、捜索開始から三時間以上過ぎている。オークション会場への移動も考えると、切羽詰まってきていた。そんな中、まさかと思って屋根裏へ潜り込んでみれば……そこにあった埃塗れの木箱の中に、その本が収められていたのである。

「お、大きな蜘蛛がカサカサしてたけど……頑張って探して良かった……!!」

 真っ青な顔で、所々を埃で白く汚し、オルファリアは天井裏を後にする。今は空き部屋だという室内へ華麗に着地を決め、改めて成果に視線を落とした。

「『Diary』……日記帳ね」

 この本は、彼の名物冒険者が日々の出来事を綴ったものであるらしい。

「……他の人の日記を読むとか、あまつさえ売るとか、趣味が悪いけど……ごめんなさいっ。これも献身教ナートリズムの同胞を救う為と、堪忍して下さい……!」

 この日記が名物冒険者のものとは確定しておらず、実はマリクの日記とかだったら目も当てられない。本来は鍵が掛かるタイプだが、一〇年以上の歳月で錠は朽ちていた。オルファリアは持ち主に詫びつつ、確認の為に表紙をめくる。

「……あれ……? この字、何だか見覚えが……? え……? ――ああっ!」

 記されている文章を追う内、オルファリアの既視感は確信へ変わった――


■華竜歴二〇七年 兎跳ねる月 一四日

 アママナ村の西の森に棲み付いた巨人を退治して、やっとカダーウィンに帰還……。

 でも、『サイクロプス』――巨人の中でも特に巨大で、パワーもタフネスも桁違いの相手とは聞いてなかったわ。

 おかげで倒すのにサ■■■■(うっかり書いてしまったものを慌てて消したようにインクで塗り潰されている)奥の手を使う羽目になっちゃったもの。要反省……。


「――この日記…………!!」

 コトネリアの字は、娘としてずっと見てきたのだ。オルファリアが見誤るはずがない。

「名物冒険者って、お母さん……!? 確かに献身教ナートリズム僧侶クレリックだし、一〇年前っていうのも、お母さんがこの街に居たのは一三年くらい前までのはずだから、間違いじゃないし……」

 状況証拠的に、オルファリアたちが縁の品を探していた名物冒険者=コトネリアなのは確実だろう。奇妙な因果に、オルファリアは感慨深く日記帳を見詰める。

「……この日記はお母さんのもの……だけど、今夜にも手離さないといけない……」

 名残惜しさがオルファリアの胸を刺すが、そこを違えれば状況はふりだしだ。……せめて、もう少し母の過去を知りたいと、オルファリアはコトネリアの日記をめくる――

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