第26ターン 闇ギルドのルール

 階段の下の粗末な木の扉の前で、ティスは一旦立ち止まった。

「この向こうがこの街の闇ギルドよ。オルファリアさん、気を引き締めて……!」

 ――ティスとオルファリアが扉を潜ると、中に居た者たちの視線が二人へ殺到する。

 冒険者ギルドと同じく、入ってすぐの所は酒場が併設されていた。そこには瘦せぎすの人間マンカインドの男も居れば、下着同然の衣装のハーフエルフの女も居る。普通の町人のようなドワーフの男も居れば、フード付きローブで全身を覆う人物も居た。……ただ一つ、共通点がある。不躾に、或いはさりげなく、オルファリアとティスの一挙手一投足を観察していること……。

「……おい、ガキの遊び場じゃねえぞ、ここは」

 何処からか威嚇する如き声が上がる。ティスが言い返そうと口を開き掛けるが――それより早く、怯える心を叱咤して、オルファリアは一歩前へと踏み出した。

「――ガ、ガストムさんの紹介で来ました! お仕事の話をさせて下さい!!」

 ……「顔が利く」という話は真実だったらしい。ガストムの名を出した途端、その場の人々の空気が変わる。隙あらば取って喰おうと狙っていた気配が一気に霧散した。

「……ちっ、ガストムの紹介かよ……」「なら、手は出せないわね……」「…………」

「――そういうことだな。お嬢さん方、話は奥で聞かせてもらうから付いてきなよ♪」

「「…………!?」」

 後ろから肩を叩かれ、オルファリアもティスも震え上がった。慌てて振り返れば、すぐ後ろにマリクよりやや年上と思しき男性の姿。闇ギルドへと入って以降、オルファリアとティスの背後へ回り込んだ者は居なかったし、確実に閉めたはずの闇ギルドの入口の扉が開閉する音もしていない。その男がいつオルファリアとティスの後方へ現れたのか、彼女たちはもちろん、他の闇ギルドの所属者たちも解ってはいなかった。

 長身瘦躯のその男は、一〇代や二〇代の頃は相当モテていたと想像させる……同時に、頬の刀傷で適度な凄みを感じさせる容貌に、人懐っこい笑みを浮かべる。

「俺っちはバオー。この闇ギルドの幹部さ。よろしくな、オルファリア・アシュターちゃん☆ ティスちゃんとも会うのは初めてだな。よろしく頼むよ♪」

 名乗ってもいない自分たちの名前を言い当てたバオーに、オルファリアもティスも頬が引き攣るのを止められなかった……。


 酒場のスペースから奥の個室に移って、オルファリアとティスは改めてバオーと対面する。片付いた机を挟んで椅子に座る彼の両脇には、屈強な男が二人、仁王立ちしていた。

 オルファリアたちの後方、この部屋の唯一の出入口の左右にも、同様に屈強な男たちが立つ。……いざという時、彼女たちを逃がさない為に、だろう。

(そういう『いざという時』が訪れませんように……!)

 ナートリエルへ声無く祈るオルファリアへ、バオーが悟った顔で口火を切った。

「それじゃ、前置き抜きで始めようか。――に関する話し合いを」

「違います違います!?」

 初っ端から物騒な方向へ進み掛けた話を、オルファリアは全力で喰い止める。

「……え? ……違うの?」

「何で残念そうなんですか!?」

 しょんぼりするバオーに、オルファリアはここに到るまでの事情を説明する――

「――そういうわけで、明日中に借金を返済出来るお仕事を紹介して頂きたいんです」

 伝えるべきことは全てバオーに伝えたオルファリアは、彼からの返答を待つ。

「……そうだな。まず、この闇ギルドのルールを説明しなきゃならないかな」

 バオーは、オルファリアに向けて右手の人差し指を立てた。

「情報は武器だ。知ることが多い奴ほど上手く立ち回り、利益を得る。それは解るね?」

(……今日一日で痛感しました……)

 オルファリアは頷く。カダーウィン到着以降、オルファリアは翻弄され続けてきた。それらは彼女の世間知らずさに端を発したこと。もっと情報があれば、オルファリアももう少しマシに立ち回れていたはずである。

「だからこそ、闇ギルドにとっても保有する情報は貴重な武器であり財産なのさ。それを開示してほしいなら――、オルファリアちゃん?」

「…………!?」

 バオーの言葉に、今度もオルファリアは自分の甘さを痛感する。闇ギルドでは、仕事の情報を開示、仲介してもらうことにも代価を支払う必要があるのだ。

「もう解ると思うけど、支払う代価が大きいほど、より有益な情報を得られるよ」

(逆を言えば、代価が足りなければ、最低限の情報すら得られないということ……)

 だが、ここで重く圧し掛かるのはオルファリアの懐具合だ。故郷を旅立つ時に財布へ詰めた全財産は、最早かなり乏しくなっているのだから……。

(それを全部使ったとして……こちらが望む情報の開示に、足りるかな……? 足りなかったら、その分を何処から捻出すれば……? ああ、お金を稼ぐ為にお仕事を探してるのに、そのお仕事を探すこと自体にお金が掛かるなんて、矛盾してる――)

 ――そこまで思考が及んだところで、オルファリアは重要なことを閃いた。

「……あの……情報の代価って、?」

 オルファリアの質問に、バオーの唇の端が吊り上がる。

! それが闇ギルドこちらにとって価値があるものならね」

(……! そういう、ことなんだ……!!)

 ここで、オルファリアも闇ギルドの在り方を真に理解する。今の局面で、代価を素直に金銭で賄う者では、闇ギルドでは食い物にされるだけ。金銭以外の代価で、事実上自分の損失無く闇ギルドから必要な情報を入手出来る者だけが、この油断ならぬ組織と関わってゆけるのだ。

(わたしは……思えばボルドントさんとの時、同じ部分を履き違えたんだ。マリクさんたちを助けることで頭がいっぱいで、わたし自身の損失は度外視してた……)

 そこをボルドントに付け込まれたのである。オルファリアも献身教ナートリズム僧侶クレリック、己を犠牲に誰かを助ける行為を否定はしない。ただ、オルファリアがあの時に行ったのはそんな自己犠牲ではなかった。迂闊さから自分自身を蔑ろにしただけ……。

(ここで同じ失敗をしたら、何も変わらない。運良く今回の件を切り抜けても、冒険者としてやってけるはずがない! わたし自身の力で、情報を摑み取らなきゃ……!!)

 その為に、闇ギルドに何を代価として差し出すのか? 脳を焼き切れそうなほど回転させたオルファリアは、辿り着いたを口にする――


「――わ、わたしのスカートをめくって、下着を見せます! それにそれだけの価値があると思ったら、お仕事の情報を下さいっっ!!」

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